『比ぶ者なき』 馳星周
なにも、ここで藤原不比等を読もうと思ったわけではないんです。山の話を書き始めた馳星周さんの本を追っていて、ここにたどり着いちゃっただけなんです。
刊行された順じゃないんですけど、『蒼き山稜』、『神奈備』、『神の涙』と読んできて、たまたまなんです。でも、もとから興味を持ってる範疇ですから、さすがにすぐ分かりましたよ。「『比ぶ者なき』って、もしかして、不比等のことを書いてるの」って。
いやいや、大したもんですねぇ。だって、馳星周さんと言えばハードボイルドっていうんですか。犯罪とか、闇社会とか、んん? 暗黒小説なんて言う分野なんですか? そっちの分野からやってきて、大変難しい日本古代を舞台にして、大方の定説に挑んで、見事に理屈の通った世界を書き上げてるじゃないですか。
やっぱり、“犯罪”、“闇社会”からやってきた馳星周さんですから、その人が、この時代を見れば、大方の定説なんて「歯牙にも引っ掛けない」ってところでしょう。
でも、まともに考えれば、そういうことになるんですよね。だから、本来、畑違いだった人がこの時代に入ってくれば、大方の定説がいかにバカバカしいもんであるかが、世の中に示されることになります。
大津皇子は、鵜野讃良に殺された。
鵜野讃良は草壁を皇位につけるために、不人と悪魔の成約を交わした。
不比等は、日本書紀において、藤原氏の利益のために、この国の歴史を改竄した。
不比等は、藤原氏の利益のために、律令を制定した。
日本書紀は、日本の正史ってことになってます。でも、不比等によって改竄されたお話です。持統天皇と軽皇子の関係になぞらえて、天孫降臨の話が作り上げられて、そこから始まる話です。神話の世界から、ツッコミどころ満載です。
馳星周さんだけじゃなくて、いわゆるミステリーの世界の人に、どんどん突っ込んでいってほしいなぁ。どんどん突っ込んでいって、大方の定説なんてもの、口の出すのも恥ずかしいような感じにしてほしいなぁ。


この本は、藤原不比等の目で進められう話です。
藤原不比等は、悪魔的です。不比等に貶められた者たちの怨嗟に満ちた魂がまとわりついています。その不比等の目で、草壁が死んだところから不比等の生涯が閉じるまでを書き上げています。
不比等は悪すぎますから、読んでいるだけで、苦痛でした。読んでいるだけで苦痛を感じる物語を、よく書き上げたもんだと感心してしまいます。
壬申の乱の敗北で、息を潜めて生きなきゃいけないところまで落ちました。最低のところまで行った不比等が、自分を最低のところまで突き落とした天武の家系の中に寄生虫のように取り付きます。そして天武系の家系の血をすすりながらの仕上がり、やがて宿主に取って代わっていく人生に、馳星周さんは爽快感でも感じたんでしょうか。
祟られそうな不比等の話の中でも、道代とのロマンスの部分だけ、どこか初々しく感じられる部分でしたが、道代との関係においても、不比等は悪魔的だったんじゃないかと思うんです。
“県犬養橘三千代”と、のちに“橘”という姓を賜ります。道代はもとは美努王の妻ですね。宮廷の女性を束ねる才覚を持った人だったようで、不比等はどうしても、道代の能力が必要だったわけです。美努王が大宰府に厄介払いされている間に、道代は不比等のものになります。
私は、道代は不比等に脅されて、美努王を裏切ったんだと思います。美努王や、美努王との間に儲けた子どもたちの命を守るためにです。
そうじゃなければ、美努王との間に儲けた子どもたちは、父を裏切った道代を許せなかったと思うんです。しかし、子供の葛城王と佐為王が、臣籍降下した時に、道代と同じ“橘”を名乗っているのが、説明付きません。橘諸兄は、母の悲しみを知っていたんじゃないかと思うんです。
そして、それでこそ不比等だと、そう思うんです。

一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。
刊行された順じゃないんですけど、『蒼き山稜』、『神奈備』、『神の涙』と読んできて、たまたまなんです。でも、もとから興味を持ってる範疇ですから、さすがにすぐ分かりましたよ。「『比ぶ者なき』って、もしかして、不比等のことを書いてるの」って。
いやいや、大したもんですねぇ。だって、馳星周さんと言えばハードボイルドっていうんですか。犯罪とか、闇社会とか、んん? 暗黒小説なんて言う分野なんですか? そっちの分野からやってきて、大変難しい日本古代を舞台にして、大方の定説に挑んで、見事に理屈の通った世界を書き上げてるじゃないですか。
やっぱり、“犯罪”、“闇社会”からやってきた馳星周さんですから、その人が、この時代を見れば、大方の定説なんて「歯牙にも引っ掛けない」ってところでしょう。
でも、まともに考えれば、そういうことになるんですよね。だから、本来、畑違いだった人がこの時代に入ってくれば、大方の定説がいかにバカバカしいもんであるかが、世の中に示されることになります。
大津皇子は、鵜野讃良に殺された。
鵜野讃良は草壁を皇位につけるために、不人と悪魔の成約を交わした。
不比等は、日本書紀において、藤原氏の利益のために、この国の歴史を改竄した。
不比等は、藤原氏の利益のために、律令を制定した。
日本書紀は、日本の正史ってことになってます。でも、不比等によって改竄されたお話です。持統天皇と軽皇子の関係になぞらえて、天孫降臨の話が作り上げられて、そこから始まる話です。神話の世界から、ツッコミどころ満載です。
馳星周さんだけじゃなくて、いわゆるミステリーの世界の人に、どんどん突っ込んでいってほしいなぁ。どんどん突っ込んでいって、大方の定説なんてもの、口の出すのも恥ずかしいような感じにしてほしいなぁ。
『比ぶ者なき』 馳星周 中央公論新社 ¥ 1,836 万世一系、天孫降臨、聖徳太子――すべてはこの男がつくり出した |
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この本は、藤原不比等の目で進められう話です。
藤原不比等は、悪魔的です。不比等に貶められた者たちの怨嗟に満ちた魂がまとわりついています。その不比等の目で、草壁が死んだところから不比等の生涯が閉じるまでを書き上げています。
不比等は悪すぎますから、読んでいるだけで、苦痛でした。読んでいるだけで苦痛を感じる物語を、よく書き上げたもんだと感心してしまいます。
壬申の乱の敗北で、息を潜めて生きなきゃいけないところまで落ちました。最低のところまで行った不比等が、自分を最低のところまで突き落とした天武の家系の中に寄生虫のように取り付きます。そして天武系の家系の血をすすりながらの仕上がり、やがて宿主に取って代わっていく人生に、馳星周さんは爽快感でも感じたんでしょうか。
祟られそうな不比等の話の中でも、道代とのロマンスの部分だけ、どこか初々しく感じられる部分でしたが、道代との関係においても、不比等は悪魔的だったんじゃないかと思うんです。
“県犬養橘三千代”と、のちに“橘”という姓を賜ります。道代はもとは美努王の妻ですね。宮廷の女性を束ねる才覚を持った人だったようで、不比等はどうしても、道代の能力が必要だったわけです。美努王が大宰府に厄介払いされている間に、道代は不比等のものになります。
私は、道代は不比等に脅されて、美努王を裏切ったんだと思います。美努王や、美努王との間に儲けた子どもたちの命を守るためにです。
そうじゃなければ、美努王との間に儲けた子どもたちは、父を裏切った道代を許せなかったと思うんです。しかし、子供の葛城王と佐為王が、臣籍降下した時に、道代と同じ“橘”を名乗っているのが、説明付きません。橘諸兄は、母の悲しみを知っていたんじゃないかと思うんです。
そして、それでこそ不比等だと、そう思うんです。


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