めんどくせぇことばかり 『一生、山に登るための体づくり』 石田良恵
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『一生、山に登るための体づくり』 石田良恵

2016年の10月の終わりに股関節変形症の手術を受けて、**十年も抱えてきた股関節の痛みが消えました。最初は、近くの動物園を歩いて回りました。

「手術をしたら、動物園をまるまる歩いて回ってみたいな」っていうのは、手術を受ける前の願いの一つでした。

動物園を歩いて、次は川原を散歩して、近隣の丘陵地帯を歩いてみて、・・・ちっとも痛くない。市民の森と呼ばれる山道に行ってみて、さらにその周辺まで広げていったあたりで、膝が壊れました。

そりゃそうです。手術前は、歩けなくなるってところまで行ってたんですから。

膝が痛くっても、だましだまし歩きました。そのうち自信もついて来て、1月には越生の高取山周辺、2月には奥武蔵のユガテや日和田山を歩いてみました。「歩けるな」って思ったら、もう我慢できなくて、早朝に出て、昼ぐらいには下山できるところを見つけて、毎週出かけるようになりました。
201703260512393ec_2018121313040297e.png3月下旬、東秩父の奥に車を止めて、大霧山から馬蹄形に続く尾根を定峰峠、堂平山、笠山と歩いて車に戻るコースを歩きました。

ずいぶん時間がかかったし、疲れもしたけど、これで、山登りを続けていけそうだって、自信がつきました。
でも、実際には、体のバランスは、かなり悪かったです。ちょっとした小さな石を変に踏むだけで、足が内側に入り過ぎて、柔道の技で投げられたような大転倒をすることがありました。

5月には左膝のお皿を打ちつけて、ちょっと割れちゃいました。「割れちゃっていいのかなぁ」なんて思ってるうちに良くなったんですが。9月の頭に、今度は奥多摩の海沢渓谷から下りてくる舗装道路で大転倒し、右ひざを強打しました。お皿の下の部分がぱっかりと口を開けてしまいました。

これも時間はかかりましたが、結局、お医者にかからずに治してしまいました。その後も、違和感はだいぶ長く続きましたが、山には日帰り程度で登り続け、身体全体のバランスも、だいぶ整ってきたのでしょう。柔道技で投げられたような大転倒は、年を越すころにはすっかりなくなりました。

今年に入ってからは、なんどかテント泊もしてみましたが、基本的には日帰りを続けています。手術を受けて、**十年ぶりに山登りを再開できました。どうやら、今後も、一生ものの楽しみとして、山登りを続けていけそうです。



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安全に息長く楽しむためには、体と向き合い、トレーニングを続けることが大切です
Chapter1 ストレッチで山登りをもっと楽しめる体づくり
Chapter2 毎日15分 今から始めたい筋トレ
Chapter3 事故・ケガ・高山病を予防するトレーニング
Chapter4 持久力を上げるトレーニング
Chapter5 栄養学と水分補給のテクニック
Chapter6 山の体のQ&A


膝の痛みもほぼなくなって、6月からは、毎日、早朝、走るようになりました。最初はおっかなびっくりで、半分歩き、半分ジョギングみたいな感じでした。

手術を受ける10年くらい前までは、走ってたんです。痛みは二十代から始まって、三十代半ばで山をあきらめたんですが、四六時中痛いわけじゃなくて、筋力を落とさないことが大切という医師のアドバイスもあったんです。それが“ウォーキング”になって、“自転車”になって、“歩き”になって、二日に一度になって、三日に一度になって、そんなふうに動けなくなったんです。

走り始めたころは、「走るのってこんなにつらかったっけ」って思いました。「いいかな」って思ったら、背中に痛みを感じて、一週間ほど休みました。まだまだ、いろいろな運動をしてみると、バランスが完全に回復したわけじゃないことを思い知らされました。

だけど、前との違いは、だんだん走れなくなっていくんじゃなくて、だんだん走れるようになっていくことです。ぜんぜん違うんです。

三十代の半ばで、「もう、山は登れないな」って感じたときは、つらかった。そして、生きて、歳をとる限り、私はもう一度、「もう、山は登れないな」って感じる時がやって来るんでしょう。

その日が来るのを少しでも先に延ばすために、私には、まだまだ、できることがたくさんあることが分かりました。本当に、根っから単純なもので、「走ってりゃ、いいんだろう」くらいにしか考えてなかったんです。

ストレッチと、筋トレと、転倒・膝痛・腰痛の予防、他にも、やることは、いくらでもあります。こりゃ、仕事している場合じゃないな。よし、やめよう。やめて、いよいよ前向きに生きよう。

しっかり体のケアをして山に登ろう。そう思えたのは、この本のおかげです。




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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

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一日遅れですが

今晩は。一日遅れですが、前回の貴記事について書き込ませて頂きます。

高山正之さんは、週刊新潮デジタル版「変見自在」を折に拝読し、穿った所あるも、良い視点で 拙方も好感しております。

白人支配の実態は、高山さんが一番ご存知かも知れませんね。先の大戦、確かに我国には一定の加害責任があったかもですが、
白人勢力の諸国とは、中曽根康弘元総理も触れられた「普通の戦闘行為」をしただけの事でしょう。

伊国が、当初我旧帝国と同じ枢軸国でありながら いち早く降伏したまでは存じていましたが、
終戦間際に 我旧帝国に宣戦布告をしていたとは初耳でした。しかも、スペインやスウェーデンなどの欧州国複数、
果ては「永世中立」を表明したはずのスイスまでが対日宣戦布告とは、最早敗戦を見越した足元を見た動きと言わざるを得ませんね。
やむを得ない面はあったかもですが、それにしても当時の我方も、人が好過ぎる所あったと心得ます。

この「白人勢力優位」の姿勢は、戦後 70年超の今でも、大して変わっていない事でしょう。
国際連合の安保理常任理事国も、未だに当時の戦勝国で占められている事ですし。
それに加え、日米安保の錦の御旗の下、米合衆国が好都合な様に 我国領土を利用しているのも、その一環でしょうか。
膝の方、どうかお大事に。拙方もよく歩く方故、気をつけないとって所です。

HAKASE(jnkt32) さま

戦争と革命の20世紀は、一時期に何人もの化物を歴史に登場させてしまいました。レーニン、スターリン、ヒトラー、毛沢東。中でも一番の化物がフランクリン・D・ルーズベルト。

戦争を避けることさえ許されない状況に、日本は追い込まれていたと、私は思ってます。

戦争に負けて、ずいぶん違う国に作り変えられてしまったけど、なんとか国は残りました。・・・あまりにも犠牲は大きかったけど。

世界の様子も、それまでとはだいぶ変わりました。

本当のことが表に出てくるには、まだまだ時間がかかるんじゃないでしょうか。

ありがとうございました



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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本






















































































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