めんどくせぇことばかり 『高天原-厩戸皇子の神話』 周防柳
FC2ブログ

『高天原-厩戸皇子の神話』 周防柳

『国記』は、おそらく本当に書かれただろう。

隋王朝という超大国の出現に、中央集権化された国家体制を整えなければならないのは当然のことだったでしょう。国の成り立ちを一つの物語として筋を当すことは、そのための欠くことの出来ない一大事業だったはずです。

厩戸皇子の事業とされるいくつかのできごとも、実際にそちらの方向を向いていますよね。当然、馬子がそれに無関心であったはずがありません。おそらく政治家としてのその生涯は、すべてがそれに向けられていたのではないでしょうか。おそらくは、物部守屋との確執も含めて・・・。

「歴史は勝者が記すもの」

この原則は普遍のものですから、それは当然、蘇我氏の立場で書かれた歴史だったことでしょう。ただし、ここにはいくつもの問題があったはずで、中央集権化が急務であったはずの当時、力づく一手の強引な政治がどこまで可能だったでしょうか。

律令制の導入を進めていくなら、すべての豪族の協力が必要だったはずです。天下大乱の勝者となった天武天皇の時とは、また事情も違ったはずです。

そう考えると、蘇我氏の正統性ばかりが言い立てられるような『国記』が、当時作り得たでしょうか。それは考えにくいように思います。おそらくこの本の中で厩戸皇子が行っているような、各豪族から、一族の中で伝えられてきた伝承の聞き取りが行われていったんでしょう。

かつて功績を残した豪族であっても、この当時に力を失っていれば、その伝承は取り上げられなかったかもしれません。しかし、蘇我氏ではなくても、この当時に力を持って居る豪族に伝わる話であれば、それを無視することは難しかったんではないでしょうか。

それは、蘇我総本家の滅亡時に焼失し、燃え残ったものは天智天皇に献上されたそうですが、写本はなかったんでしょうか。木簡でしょうからすごいものになったでしょうが、編纂の意図からすれば、当然ですが、あったんじゃないかと思うんです。

いずれにしても、『日本書紀』が書かれた段階で、それに反する歴史のすべては闇に葬られることになります。そこでも当然ですが、「歴史は勝者が記すもの」という普遍の原則は、つらぬかれるわけです。

しかも『日本書紀』は、天下大乱の勝者となった天武天皇によってその編纂が始められています。公地公民だって強引に推し進められるだけの力を持った政権です。そこに書かれたことが、歴史になるのです。ただし、それが完成したときの権力者は、藤原不比等でしたけど。



集英社  ¥ 1,782

厩戸皇子は大臣の馬子から、成文化された国史をつくるという話を持ち込まれた
アマテラスオホヒルメ
おのごろ島のいざない神
日出ずるところ磐余の天子
葛城の高木の神


ヤマトは纒向の古名だそうです。各勢力が纒向に入ることで政権が誕生し、《ヤマト》と名のったんですね。それがその地域全体の呼称となり、さらには東アジアの国際関係の中で、この国全体を《ヤマト》と呼ぶようになったわけです。なんだか、一地方ポリスだったローマが半島全体をローマと呼ぶようになり、ヨーロッパの大半をローマと呼ぶようになったのと似てますね。ちょっと、規模は小さいけど。

その纒向を守る神の山が三輪山ですね。

この物語は、『国記』を編纂を馬子から持ち掛けられた厩戸皇子が、《ヤマト》建国から推古朝までのいくつもの出来事、さらにその先にある神々の世界を、伝承として伝える各氏族から聞き取り、この国に住むものすべてにとって共通する歴史を紡ぎあげようとするお話です。

日本書紀がとっても怪しい藤原氏物語ですから、この時代に挑戦して物語を作ることはとても大変だと思います。だけど、どんどん書いて欲しいですね。世の中の人たちの目が、もっと、どんどんこの時代に注がれるようになってほしいです。

面白かったですよ。日本古代史も、近年の発掘調査の進展で、どんどん新しい事実が確かめられていってます。そういうものをもとにして物語を作ることは、誰にとっても自由です。いっくらでも面白い物語ができると思うんです。それを、歴史的事実がどうのこうのではなく、物語として、私は読みたいです。

この国の歴史の中でいくどかあったであろう一族滅亡の事実と錯綜して、厩戸皇子の夢の中に、ときどき現れる無残な虐殺の場面が上宮王家滅亡を予感させて、この物語は終わります。

のちの聖徳太子と呼ばれる人物は、本当にいたのかどうか。その活躍を記しているのが藤原氏物語ですから、彼を活躍させることが藤原氏にとって都合が良かったのは確かですね。




にほんブログ村 政治ブログへ 一喜一憂。ぜひポンとひと押しお願いします。
関連記事

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

コメントの投稿

非公開コメント

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」
よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
カウンター
カテゴリ
こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事