めんどくせぇことばかり 『「あの世」と「この世」のあいだ』 谷川ゆに
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『「あの世」と「この世」のあいだ』 谷川ゆに

「これほどに怪しい天地の中にある、自分自身の不思議ささえ、知覚することのできない者」――江戸後期の思想家・平田篤胤は、不思議な体験を否定する人々を指してこう言った。

合理主義と科学全盛のもとで日本人が失いつつある霊性、その一方で、言いがたく身体に宿る無意識の古層……

琉球弧の島々から北海道まで、土地と人と自然の中にある神々や死者を想い、古代から現代に連なるたましいの水脈を探す。

カバーの折返しの部分に書かれていたこの本の紹介文です。平田篤胤という人は、そういう人だったんですね。”そういう人”っていうのは、生きるものに関わってくる「あの世」であるとか、自然に宿る神々の世界に関心の高い人っていうことです。彼の国学っていうのは、神代の世界を、そのまま自分の生きる時代につなげるもんだったんですね。

ただ、それを“霊性”って言葉で表現されると、私はとたんに分からなくなってしまいます。何なんだろう、“霊性”って。ただ、平田篤胤のような、あちらとの関わり方を言うんでしょうか。

ただ、なんとなく“霊性”っていうと、口の中からボワッって魂が抜け出していくような、幽体離脱であるとか、昔よくテレビに出ていた、ユリ・ゲラーであるとか、宜保愛子さんであるとか、ああいう人を思い浮かべてしまうんです。

合理主義と科学全盛のもとで日本人はその“霊性”を失いつつある一方で、身体の中には無意識の古層が宿っているとおっしゃいます。いまだにそれが色濃く残る、いわば“辺境”の地を訪ねて、平田篤胤がそうしたように、「あの世」であるとか、神々の世界を、そのまま自分の生きる世界につなげてみようという試みをつづった本ということのようですね。


新潮新書  ¥ 821

土地と人と自然の中にある神々や死者を想い、古代から現代に連なるたましいの水脈を探す
序  旅のはじまり
一  魂のふるさとに「かえりたい」……鹿島
二  「生まれ変わり」が救う個我と孤独……日野
三  生者を見守る風葬墓……与論島
四  聖地 御嶽で子供にかえる……宮古島(一)
五  「神と人間と自然の交渉」……宮古島(二)
六  湧き上がる水の力……伯父・谷川健一への手紙/水俣(一)
七  古代を宿した身体を軸に……伯父・谷川健一への手紙/水俣(二)
八  平田篤胤「幽冥界」と緑の中に滲み出す境界……秋田
九  古層の水脈につながる実践の旅……遠野
十  死者との踊りに満ちる愛……徳之島
十一  岩石も島も生き物……伊豆
十二  アイヌ「梟の神様」への手紙……北海道(一)
十三  生と死の連環する洞穴「アフンルパロ」……北海道(二)
十四  半島に吹きわたる「あゆの風」……能登
十五  「私の母様の橋」での共鳴を求めて……八丈島
後序  旅のあと


なんだか険のある物言いになってしまったかもしれません。

私の家は、埼玉県の真ん中辺にあるんですが、近くを関越自動車道が通っています。東京から30分も走ると鶴ヶ島インターチェンジ。続く東松山インターチェンジ、さらに嵐山、花園とインターチェンジが続きます。そのあたり、関越自動車道の西側は、ちょうど関東平野の終わるところなんです。まずは丘陵地帯から、奥武蔵の山塊、そして秩父の山々につながっていくあたりです。

このあたりの丘陵や低山は、もともと地元の人の生活圏で、山は人々の生活を支えるとともに、祈りの場でもあったはずです。そこは何かしら大切なものが存在する、神聖は場所だったはずです。

小椋佳さんの『俺たちの旅』っていう歌がありますね。
夢の坂道は 枯れ葉模様の石畳 まばゆく白い長い壁 足跡も影も残さないで たどり着けない山の中へ 続いているものなのです

夢の夕日は コバルト色の空と海 交わってただ遠いはて 輝いたという記憶だけで ほんの小さな一番星に 追われて消えるものなのです

背中の夢に 浮かぶ小舟に あなたが今も手をふるようだ 背中の夢に 浮かぶ小舟に あなたが今も手をふるようだ

なんのことはありません。このあたりの丘陵や低山において、夢の坂道の枯れ葉模様の石段を登ればその向こうには、・・・立入禁止の看板があって、金網の向こうにはゴルフ場が広がるばかりです。

私は、もう取り返しがつかないと思います。“霊性”という言葉には引っかかりがありますが、それが「あの世」であるとか、神々の世界とのつながりだとして、それは失いつつあるのではなく、失われたものだと思います。失われてしまった以上、かりに無意識の古層に何ものかが眠っているとしても、もはや「あの世」であるとか、神々の世界につなげることはできないと思います。

私の家には連れ合いの家のご先祖の霊のに手を合わせるための仏壇があります。連れ合いが毎日手を合わせるのを、子どもたちは見ながら大人になりました。私の実家に変えれば、私の方のご先祖に手を合わせる姿を見てきたはずです。

そういう姿を見て、何がしかを感じてくれていればと思います。

とかく、個人が大事にされる世の中です。親に攻め殺された娘さんは、あまりにも哀れです。夫からの暴力に苦しむ女の人たちもとても可愛そうです。貧困でご飯さえ満足に食べられない子どもたちは、なんとかしなきゃと思います。

いつも思います。おじいちゃんやおばあちゃんはどうしたんだって。おじさんやおばさんが面倒を見てくれたっていいじゃないかって。そんなにひどけりゃ、地域の人だって黙っちゃいないはずだって。ご先祖様がたたって出るぞって。

考えてみりゃ、全部ぶっ壊した成れの果てなんですね。

著者の谷川ゆにさんは、琉球弧の島々から北海道までをまわり、土地と人と自然の中にある神々や死者を想い、そのつながりに古代から現代にまでつながるその水脈を感じておられました。残念ながら、辺境以外では失われたものです。それは、辺境だからこそ残ったんだろ思います。その辺境にも私たちの社会の経済原則が当てはめられるなら、やはりそれも失われていくものだと思います。

・・・今日は仕事を休んで山に行くはずだったんですが、急な仕事で休みがご破産になりました。なぜか記事が投げやりになりがちなのは、そのためかもしれません。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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