めんどくせぇことばかり 『名山の文化史』 髙橋千劔破
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『名山の文化史』 髙橋千劔破

お金がかかるからね、山に行くのは。高校で山岳部に入って、夏山までにこういう装備を揃えろって言われて頭を抱えたのが始まり。結局、OBを紹介してもらって、お古をいただいた。登山靴までだからね。遠征は、何回かの山小屋の歩荷とアルバイトをつぎ込んだけど、それでも東北だの関西だのってわけにはいかないし、北アルプスだって、富山や岐阜から入山だとお金がかかる。

高校一年のときの夏山合宿が、富山からの入山だった。折立から薬師に上がって、黒部五郎、双六、槍ヶ岳と歩い て、上高地に下りるコース。夢のようだったな。装備はOBから頂いたものの、合宿費は兄に頼んでもらって親に出してもらった。

そんな山の始まりだったせいか、どうも私の登山歴は貧乏くさい。まず、金計算から始まって、「だったらいいや」ってのもしばしば。登ろうと思えばどんな山だって登れたはずなんだけどね。もったいないことをした。

高校山岳部に入ってからの最初の登山は、子どもの頃から何度も登った、かつ、家の目の前にそびえる武甲山だった。入部を申し込んだ、その週末の日曜の朝、一年先輩の青野さんが、いきなりうちに迎えに来た。そして母にこう告げだ。「お母さん、おむすび五つお願いします。大きめのやつ」

私は弁当のむすびと水と汗拭き程度のものを、中学のクラブ活動で使った手提げに入れて、その手提げ部分を肩に背負って外に出た。外に出ると、同じく山岳部に入部したての二人ほどが、青野さんと一緒に待っていた。お互いに、ちょっとはにかみ気味に、手を上げて「よっ」って感じ。

いきなりの登山なのに、けっこう厳しいコースで、家は武甲山の北斜面(今では完全に崩されてしまった斜面)の麓にあるんだけど、北からの登りはきついんだ。さらに武甲山から小持山、大持山と歩いて、大持からはいったん妻坂峠に下って、武川岳に登り返し。そこから焼山を経由して二子山へ。最後は芦ヶ久保駅に下りるというコース。

今の私なら二回に分けるコース。どんな登山だったかって、今では記憶に残ってない。だけど、そのあとの高校生活の中で、《薪割り、飯炊き、小屋掃除》を一緒のやった友人との最初の登山、バテバテになりながらも、互いに励まし合って、なんとか芦ヶ久保駅にたどり着いて笑顔を交わす。そんな物語にして胸にしまっている私です。


『名山の文化史』     高橋千劔破

河出書房新社  ¥ 時価

日本の山々の文化と歴史を、山男であり歴史・文芸評論家である著者が、渾身の名文で綴る
第1章 東北の名山
恐山―本州最果ての死者の山
太平山―おいだら山の山鬼
安達太良山―噴火と鬼女伝説
飯豊山―伝説と信仰の深山
第2章 関東の名山
谷川岳―歴史を秘めた魔の山
武尊山―日本武尊伝説の山妙義山―奇岩怪石の山塊
両神山―仏法僧の鳴く秩父の霊山
金峰山―巨石立つ奥秩父の名峰
第3章 中部・北陸の名山
甲斐駒ヶ岳―黒駒伝説の白き山
北岳―歌枕の山甲斐の白根
鳳凰三山―岩峰と女帝伝説
天城山―踊子の峠と森林の山
笠ヶ岳―静かなる飛騨の名峰
八海山―甦った修験の名山
妙高山―失われた仏教浄土
剱岳―本邦随一の岩の殿堂
薬師岳―水没した信仰の村
第4章 信濃の名山
飯縄山―秘法と忍法の山
蓼科山―牧歌の山麓と伝説
霧ヶ峰―古代遺跡と神事の高原
木曾駒ヶ岳―木曾山脈の最高峰
穂高岳―安曇族と穂高の神
常念岳―安曇野から望む伝説の山
有明山―失われた寺院と謎の神社
第5章 近畿以西の名山
金剛山―役行者と楠木一族
高野山―弘法大使の聖地
英彦山―彦山派修験の一大道場
九重山―山名争いと失われた寺
祖母山―神話のふるさとの山


東北の山は、こん中では安達太良、飯豊だけ。関東は全部。中部・北陸の中では、八海山は登ってない。信濃は有明山は登ってないや。近畿以西は全滅。結局、行きやすいところしか行ってないわけだな。

私は、興味を持てないことはてんでだめなんだけど、興味を持てることになら、かなりのめり込んでしまう方。自分で制御しないと人に迷惑をかけてしまう恐れがある程度。興味を持てることには、ある意味では律儀なんだな。だけどその律儀さは、「百名山を端から全部登ってみよう」っていう律儀さとはまた違うんだな。まだ登ってない山への興味はあるにはあるけど、そこに登るのがめんどくさかったりすると、「う~ん、格さんや、もういいでしょう」と、もうよくなっちゃうんだな。

それよりも、ただひたすら、山の中に身をおくことができれば、それで満足してしまう、そういう私なんだな。

日本百名山の深田久弥さんとか、この本の著者の高橋千劔破さんなんかは、その両方なんでしょうね。つまりは、欲張りな人たちなんだ。私は、そんなに欲張りではないということだ。

そんな欲張りな高橋千劔破さんのこの本を読めばわかる。日本人は山に神を感じてきたんだ。“神”というのは安直すぎるか。山は山。山に山を感じてきた。「そんなことは決まっとる」(砂の器 丹波哲郎風)。山というだけで、神に対すると同じような崇敬の対象だったんじゃないか。役行者がそこに蔵王権現を感得する前から、山というだけで、畏れていたんじゃないか。人は、死ねば山に帰ったんじゃないかな。

だからかな。山に対する日本人の思いは強かった。今でも時々、その片鱗を感じることはある。毛呂山の奥、阿諏訪から山に入ってしばらくのところに《苔地蔵》と呼ばれるお地蔵さまがある。ああいうのを見ると、山は生活の場でもあって、人がそこへ入っていけば、

今は、私にしてみれば、死んだら山に帰ろうにも、帰るべき山がない。

とっても素敵な本でした。・・・時価だけど。




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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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