めんどくせぇことばかり 創世記『謎解き 聖書物語』 長谷川修一
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創世記『謎解き 聖書物語』 長谷川修一

『旧約聖書』は、イスラエルの人たちがある時代に征服したといわれる都市の名を列挙してるけど、それらの都市の遺跡を発掘したという。ある都市では確かに破壊された痕跡があったけど、多くの都市では破壊の痕跡はまったく見つからなかったそうだ。ときには、その時代には、そこには人が住んでいなかった場所もあったそうだ。つまり、聖書に書かれたことは、必ずしも過去に実際に起ったことではないということ。

聖書に書かれた史実ではないできごとは、史実ではなくても、書いた人にとっては、そこに書いておくことが必要だった。聖書の研究っていうのは、そういう見地でやっていくもんなんですね。

旧約聖書においては、まず“創世記”が冒頭にある。私たちは、そこで神によって創造された世界の成り立ちをしり、まるで歴史を追いかけるようにして、人類がこの世界に広がっていく様子を見る。

でも、本当はそうじゃない。旧約聖書のなかで創世記が最古の書物であるわけではない。そんなことを言われると困ってしまう。いったん、旧約聖書の物語を歴史を追いかけるように理解してしまうと、「最初の話はあとから書かれた」なんて言われると、「“最初”がなければ“あと”が生じるはずがない」なんて、頭が混乱してしまう。

つまりは、「出エジプト記」が古い時代に書かれていて、新しい時代、なんかしらイスラエルの人々に大きな出来事があって、その出エジプト記よりも前に、出エジプト記以降の内容に食い違いが出ないように、創世記を付け足すことになった。・・・そういうことか。
この世界と人間は神様が作ったんだよ。

でも、人間は悪いことばっかりやってたので、神様は一度、ノアの家族以外の人間を滅ぼしたんだ。

かつて人間は広く世界に広がらず、協力してバベルの塔を作ろうとしたが、神様が人々の言葉を乱し、お互いの言葉が通じないようにしたので、広く世界に広がることになったんだよ。

人々の中でもずっと神への信仰を忘れなかったアブラハムから、また新しい神と人との関係が作られていったんだよ。

そして、イサク、ヤコブ、ヨセフと神と人との物語が続けられていったんだよ。
・・・とした上で、第二章《出エジプト記》に続くってことになるんだけど、実は上記の創世記は、出エジプト記やその後の話に矛盾を来さないように、あとから書かれて一番最初に置かれたと。


『謎解き 聖書物語』   長谷川修一

ちくまプリマー新書  ¥ 929

旧約聖書につづられた物語は史実なのか、それともフィクションなのか?
第1章 アダムとイブ―人類誕生の謎
第2章 ノアの方舟―試行錯誤する神
第3章 バベルの塔―文明へのまなざし
第4章 出エジプト―それは本当に起こったのか?
第5章 ダビデとゴリアテ―永遠のヒーロー誕生


なんでそんな、めんどくさいことになったのか。その景気になったのは、《バビロン捕囚》っていう出来事のようですね。

紀元前五八六、強国新バビロニアのネブカドネザル二世によりエルサレムを破壊され、支配層は軒並み新バビロニアの首都バビロニアに連行された。幽囚生活は紀元前五三九にアケメネス朝ペルシャが新バビロニアを滅ぼすまで続くんだけど、バビロニアで幽囚生活を送るユダヤ人はビックリしちゃったわけだ。なにしろそこは、メソポタミア文明の中心地だからね。

自分たちは異なる、思いもよらない高度な文明が、そこには展開されているわけだ。自分たちの故郷であるエルサレムなんか比べ物にならないくらい物にあふれている。人々は都会人で、立ち居振る舞い、物の考え方もスマートで、いかにも自分たちがみすぼらしい。宗教だってそう。自分たちの信仰が煤けて見えてくる。

あまりに高度な文明に圧倒されて、すっかりバビロニアの色に染められて、ユダヤ人がユダヤ人でなくなっていく。どうやら一部の人たちが、そのことを恐れたようだ。

これまでユダ王国の人々が信仰してきたのは、自分たちの民族の神。昔から自分たちの神だったヤハウェという神。この時点で、ヤハウェは唯一神ではない。ユダ王国の、イスラエル人の神であるに過ぎない。

国が負けて滅びるというのは、神の敗北も意味した。ヤハウェという神を消滅させないためには、ヤハウェは自分たち民族だけの神ではなく民族を超えた神と昇華させなければならない。そうすればヤハウェへの信仰を守れるし、ヤハウェがバビロニアの神であるマルドゥクに負けたと考えなくても済むようになる。

ただそれだと、ヤハウェへの信仰を維持しているイスラエル人の国が異教の神を信仰するバビロニア人に負けたのか、説明がつかない。そこで導き出されたのが、自分たちがヤハウェの教えを守らなかったから罰を下した。バビロン捕囚の苦難は、これを乗り越えて本来に信仰を取り戻すまで、イスラエル人にヤハウェから与えられた試練である。そういう考えだな。

神に選ばれて、祝福されるが、未熟ゆえに神の教えに背き罰を与えられる。《これまでもそうだった》って話が、創世記として、前に付け加えられたわけだ。「今度の試練も、選ばれた民だからこそ、ヤハウェから与えられた」ってね。





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ジャンル : 本・雑誌

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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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