めんどくせぇことばかり 西行の死『ひとりの覚悟』 山折哲雄
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西行の死『ひとりの覚悟』 山折哲雄

一〇連休も終わり、両親やおじいちゃん・おばあちゃんを徹底的に疲れさせた孫たちは、今日は元気に保育園に行っただろうか。

西行が自分で死ぬと決めた日に死んだのは、本当に偶然なのか、それとも山折さんが言う通り、自分の意志でその日に死んだんだろうか。

確かに、藤原俊成や定家、慈円など、当時の京都の第一級の人たちが、西行の最期の迎え方を称賛しているというのは、他の本でも読んだことがある。そして山折さんは、それはできることだと言っている。自分もそうして死にたいと。

《ねがはくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃》

花はもちろん気になるところだけど、“きさらぎの望月の頃”は旧暦の二月一五日。今で言えば三月のお彼岸のあたりだという。西行の頃はソメイヨシノはないから、山桜だろうという。

「温暖化危機が叫ばれる今とは違う」とか、「ソメイヨシノならともかく、山桜がそんな時期に咲くか」とか言われるのをよく聞く。現在の地球が本当に温暖化しているのかどうか知らないが、温暖化しているならありがたい。なぜ、温暖化をそんなにも恐ろしいものと考えるのか、私には訳がわからない。歴史を見れば、本当に私たちが恐れるべきは寒冷化。温暖化をゴジラか何かのように恐れる人の気が知れない。

それはそうと、西行が生きたのは平安時代後半。一〇世紀から一四世紀っていうのは、中世温暖期と呼ばれる時期で、だいぶ暖かい時期だった。もしかしたら、“きさらぎの望月の頃”、山桜は、ハラハラと花を散らし始める頃だったかもしれない。

同時に、“きさらぎの望月”は釈迦が入滅した日に当たる。二重の意味で西行は、強くこの日に自分の人生の幕を閉じたいと考えたのかもしれない。



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人生の幕引きは自分で決める。安楽死、臓器移植などのテーマへの緊急提言
はじめに――理想の逝き方について考える
序章 緊急提言 いまこそ「死の規制緩和」を
第1章 告知の文化、気配の文化
第2章 未知なる死への向き合い方
第3章 人生100年時代とオキナの価値観
第4章 日本人と無常観
第5章 私が「これからの世」について語るなら


西行は七三歳でなくなったという。この歌は、西行が五〇歳くらいのときには、すでに詠まれていたと、何かの本で読んだ記憶がある。五〇歳でこの歌を詠んだ時から、それを強く思っていたとは思わない。五〇歳を平均寿命と考えても、七三歳でなくなった西行なら、まだ死を意識する状態にはないだろう。

それでも、少しずつ死を意識するようになっていく中、いったん自分が歌にした自らの思いに、時とともに強く囚われていったんじゃないかという想像は、さほど無理のあるもののようには思われない。

それでなくても、西行は花のある人物。釈迦が入滅した“きさらぎの望月”のその翌日に、一日だけお釈迦様に遠慮して、ハラハラと山桜の舞い散る中に往生を遂げるなんて、やっぱり絵になるじゃないか。

かつての高僧たちは、自分の死期が間違に迫ったのを悟ると、その多くは断食行に入り、その後七日目あたりになると、仏の来迎を見たり、仏の呼びかけを聞いて息絶えたんだそうだ。

山折さんがよれば、西行はある時期から精進と断食を繰り返して自分の死期を密かに調整したのではないかという。記録では、西行はたまたまその日に死んだ。自然にその日に死んだことになっている。誰にも気づかれずに、家族にも悟られずに自分の最期を演出しきったとしたら、確かに「死に方の達人」だな。

山折さんは、「西行の死は、私の理想です。そう逝きたいものです」というが、私は違うな。そんな花のある人間じゃないからな。なんだかジタバタしながら死んでいくのが、自分には似合っているような気がするな。

ジタバタ死ぬ、そんな死に方を演出してみるか。




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ジャンル : 本・雑誌

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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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