『天才と発達障害』 岩波明
田中角栄は異才の持ち主だったのか。
ものすごい記憶力の持ち主だったんだそうです。配下の官僚たちの学歴、入省年次から家族関係に至るまで事細かに記憶し、野党の政治家たちの選挙区事情まで把握していたんだそうです。相手が困っていることを敏感に察知し、手を差し伸べた。だからこそ、弱冠五四歳で総理大臣に就任し、「庶民宰相」と呼ばれるようになったんだそうです。
彼はロッキード事件でアメリカにはめられますが、その後も闇将軍、キングメーカーとして整形への影響力を維持し続けましたが、結局古文だった政治家に裏切られて酒に溺れました。
それによって彼の人生がどれだけ変わったか分かりませんが、かつての上司にも異常な記憶力の方がおられました。その人は、過去の職場におけるできごとを、事細かに記憶しているんです。定年までに、少ない人でも三~四ヶ所、多い人だと八ヶ所くらいの職場を回る人がいます。多ければ、八〇人強の職場です。
「*年度には、誰々が〇〇から△△に転勤し、・・・・な仕事を担当した」なんてことを、信じられないくらい覚えているんですよ。私なんかにしてみれば、「ええ、そんな人いたっけ」ってくらいで、びっくりポンです。残念ながら、その記憶力、彼は持ち腐れにしてしまっているようにしか見えませんでした。
少なくとも、自分の出世のため、あるいは財力を蓄えることに活用されている様子は見られませんでした。
ああ、源義経ね。子供の頃は好きでしたよ。抜群な軍事的才能を持ちながら、あまりにも政治的な感覚が稚拙であるがために頼朝ににより遠ざけられ、あるいはあまりにもうまく利用されて、滅ぼされてしまいます。
敗れ去った者に過剰なまでの憐憫を寄せるのは、日本人的な心情の特徴と言っていいですよね。それは判官びいきとも言われて、頼朝よりも、頼朝に滅ぼされた義経に心を寄せることを代表的な例に上げることができます。敗れたものに思い入れするのは、日本人の心に染み付いた怨霊信仰の為せる技でしょう。
その義経ですが、その抜群の軍事的才能は、まさに異才と呼ぶにふさわしいものでした。まさに、当時、誰も考えつかないような方法で敵を打ち負かしてしまうんですから。一の谷の合戦では、山の斜面を騎馬で駆け下り敵の背後を取りました。屋島の合戦では、嵐に乗じて海を渡り敵の意表を突きました。壇ノ浦の合戦においては、戦闘要員ではない船の漕手を射殺すという禁じ手を使いました。
田中角栄も源義経も、それまでの世の中で当たり前だった政治の世界を、いくさの世界を、完全に変えてしまいました。しかし、彼らのよって新しくなった世の中に拒絶されて、彼らは滅びるのです。


この本すごいな。
野口英世の例があげられているんですが、子供の頃に読んだ野口英世の伝記のイメージは、完全に吹っ飛びますよ。まあ、野口英世のことに関しては、これまでに他の本でも読みましたけど。
南方熊楠も、この本で取り上げられるにふさわしい人物ですね。この人も、野口英世同様、異常なまでの集中力を発揮することがあったそうです。その傍ら、自分が興味関心を持てないものには見向きもしなかったそうです。
昔読んだ本の記憶ですが、南方熊楠は、自由自在にゲロを吐くことができたそうです。暴力的な窮地に陥った時、相手にゲロを引っ掛けて逃げたという話を聞いたことがあります。異才もここまで来ると、呆れるしかありません。
日本人で取り上げられているのは、伊藤野枝、黒柳徹子、水木しげる、山下清、大村益次郎、島倉伊之助、江戸川乱歩、斎藤道三、夏目漱石、芥川龍之介、中島らも、石田昇、島田清次郎、中原中也と言った面々です。
どうです?上記の名前を連ねただけでも、結構すごいでしょう。
「真の天才とは優等生ではなく、世の中にとっては不穏分子」だと書かれています。たしかにそうですね。彼らを不穏分子とする世の中にしてみれば、彼らの本質は発達障害と言わざるをえないのです。彼らの言動は常識からかけ離れていることが多く、世の中はそれを危険なものと見なしがちです。でも、彼らの天才性によって新たに創造された世界こそが、今の世の中なんですね。
最期になりますが、《第四章 うつに愛された才能》に、ウィンストン・チャーチルと、フランクリン・ディラノ・ルーズベルトの二人が取り上げらています。二人は世界の半分をスターリンに売り渡し、この世を地獄に変えてしまいました。
どうしてもっと早く、排除できなかったんでしょう。
ものすごい記憶力の持ち主だったんだそうです。配下の官僚たちの学歴、入省年次から家族関係に至るまで事細かに記憶し、野党の政治家たちの選挙区事情まで把握していたんだそうです。相手が困っていることを敏感に察知し、手を差し伸べた。だからこそ、弱冠五四歳で総理大臣に就任し、「庶民宰相」と呼ばれるようになったんだそうです。
彼はロッキード事件でアメリカにはめられますが、その後も闇将軍、キングメーカーとして整形への影響力を維持し続けましたが、結局古文だった政治家に裏切られて酒に溺れました。
それによって彼の人生がどれだけ変わったか分かりませんが、かつての上司にも異常な記憶力の方がおられました。その人は、過去の職場におけるできごとを、事細かに記憶しているんです。定年までに、少ない人でも三~四ヶ所、多い人だと八ヶ所くらいの職場を回る人がいます。多ければ、八〇人強の職場です。
「*年度には、誰々が〇〇から△△に転勤し、・・・・な仕事を担当した」なんてことを、信じられないくらい覚えているんですよ。私なんかにしてみれば、「ええ、そんな人いたっけ」ってくらいで、びっくりポンです。残念ながら、その記憶力、彼は持ち腐れにしてしまっているようにしか見えませんでした。
少なくとも、自分の出世のため、あるいは財力を蓄えることに活用されている様子は見られませんでした。
ああ、源義経ね。子供の頃は好きでしたよ。抜群な軍事的才能を持ちながら、あまりにも政治的な感覚が稚拙であるがために頼朝ににより遠ざけられ、あるいはあまりにもうまく利用されて、滅ぼされてしまいます。
敗れ去った者に過剰なまでの憐憫を寄せるのは、日本人的な心情の特徴と言っていいですよね。それは判官びいきとも言われて、頼朝よりも、頼朝に滅ぼされた義経に心を寄せることを代表的な例に上げることができます。敗れたものに思い入れするのは、日本人の心に染み付いた怨霊信仰の為せる技でしょう。
その義経ですが、その抜群の軍事的才能は、まさに異才と呼ぶにふさわしいものでした。まさに、当時、誰も考えつかないような方法で敵を打ち負かしてしまうんですから。一の谷の合戦では、山の斜面を騎馬で駆け下り敵の背後を取りました。屋島の合戦では、嵐に乗じて海を渡り敵の意表を突きました。壇ノ浦の合戦においては、戦闘要員ではない船の漕手を射殺すという禁じ手を使いました。
田中角栄も源義経も、それまでの世の中で当たり前だった政治の世界を、いくさの世界を、完全に変えてしまいました。しかし、彼らのよって新しくなった世の中に拒絶されて、彼らは滅びるのです。
『天才と発達障害』 岩波明 文春新書 ¥ 886 超天才たちの精神病理を解析すると、発達障害の存在が独創のファクターだったことが見えてくる |
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この本すごいな。
野口英世の例があげられているんですが、子供の頃に読んだ野口英世の伝記のイメージは、完全に吹っ飛びますよ。まあ、野口英世のことに関しては、これまでに他の本でも読みましたけど。
南方熊楠も、この本で取り上げられるにふさわしい人物ですね。この人も、野口英世同様、異常なまでの集中力を発揮することがあったそうです。その傍ら、自分が興味関心を持てないものには見向きもしなかったそうです。
昔読んだ本の記憶ですが、南方熊楠は、自由自在にゲロを吐くことができたそうです。暴力的な窮地に陥った時、相手にゲロを引っ掛けて逃げたという話を聞いたことがあります。異才もここまで来ると、呆れるしかありません。
日本人で取り上げられているのは、伊藤野枝、黒柳徹子、水木しげる、山下清、大村益次郎、島倉伊之助、江戸川乱歩、斎藤道三、夏目漱石、芥川龍之介、中島らも、石田昇、島田清次郎、中原中也と言った面々です。
どうです?上記の名前を連ねただけでも、結構すごいでしょう。
「真の天才とは優等生ではなく、世の中にとっては不穏分子」だと書かれています。たしかにそうですね。彼らを不穏分子とする世の中にしてみれば、彼らの本質は発達障害と言わざるをえないのです。彼らの言動は常識からかけ離れていることが多く、世の中はそれを危険なものと見なしがちです。でも、彼らの天才性によって新たに創造された世界こそが、今の世の中なんですね。
最期になりますが、《第四章 うつに愛された才能》に、ウィンストン・チャーチルと、フランクリン・ディラノ・ルーズベルトの二人が取り上げらています。二人は世界の半分をスターリンに売り渡し、この世を地獄に変えてしまいました。
どうしてもっと早く、排除できなかったんでしょう。

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