めんどくせぇことばかり 絆『続・孤独のすすめ』 五木寛之
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絆『続・孤独のすすめ』 五木寛之

本当に、電車の中で本を読んでいる人って少なくなりましたね。

漫画すら、読んでいませんものね。学生の頃ですが、大きな駅で、沢山の人が降りると、一冊や二冊の漫画本が網棚に残されていました。おかげで貧乏な私でも、漫画の本にありつくことができました。三年間、東京で兄と暮らしていましたが、二人して、その日に拾った漫画本を持って帰って、交換して読むのが楽しみの一つでした。今、たまに電車に乗っても、網棚の漫画どころか、本を読んでいる人を見かけるのが稀なことになってしまいました。

スマホで読むのか、新聞すら読んでる人はいません。漫画の本や、新聞を出している会社が、潰れているに違いありません。働いていた人がどうしているのか、心配になります。

スマホですね、皆さん。小・中学生から始まり、高校生や大学生、社会人に至るまで、ラインだのフェイスブックだのツイッターなどのネットワークに費やす時間が、ものすごく多いそうです。どうしてそんなに、寸暇を惜しむようにして、つながっていたいんでしょうか。そんなに仲がいいんでしょうか。

五木寛之さんは、背景にあるのは、孤独であることに対する不安と怖れのようなものではないかと言ってらっしゃいます。“孤独”よりも“孤立”の方が近いような気もしますが、要は“一人ぼっち”でないことを、常に自らが証明していなければ、自分の心の安定が保てないということではないでしょうか。

そんなにも、“つながり”に懸命になっているにもかかわらず、世間ではいじめが跡を絶ちません。あんなにも努力してつながっているにもかかわらずです。

高校の教員でしたから、いじめにも関わりましたよ。よく、いじめを苦にした自殺とかがあって、学校は気が付かなかったのかなんてことが問題になったりしますね。「いじめを見抜けませんでした」とか、学校が謝罪したりしますが、あれが信じられません。

いじめが行われている教室というのは、空気が淀みます。臭うんです。・・・嗅覚さえあれば、感じます。まあ、いじめを炙り出せたとしても、解決なんてありません。高校なんてたったの三年間です。いじめるにしても、いじめられるにしても、ずっと彼ら、彼女らは抱えていくしかないんです。

「ああ、高校生の時の自分は・・・」って思うまでね。もしかしたら、一生、それを抱えたまま、つながりに汲々としていくのかもしれません。



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本来、孤独を恐れるべきものだろうか。あるいは、孤独はただ避けるほうがいいのか
第一章 孤独に怯える人びと
第二章 「和して同ぜず」という思想
第三章 生物としての孤独とは
第四章 老いるヒントについて
第五章 孤独を愉しむ
終 章 孤独は永遠の荒野ではない


五木さんが、その“つながり”を求める思いに関連して、東日本大震災を機に澎湃して沸き起こった“絆”を求める声を取り上げてます。

「それに対して、私はしばしば天の邪鬼的に応じてきました」

そう五木さんは言ってます。そんな五木さんが“天の邪鬼”ならば、私もまさに、“天の邪鬼”でありました。

小さい頃からなんとなく感じていたのですが、私の家は、どこか他と違うところがあったんです。土地の習わしとも絡んだ問題でもあったのですが、それにともなう重さみたいなものがありました。祖父母は落ちぶれた家を盛り返すのに生涯をかけてきました。父は家のためにいろいろなことをあきらめ、母はそんな父を支えました。それぞれに懸命だったんだと思いますが、一個人の思惑なんかでは、どうにもならない問題があったんです。

私が高校の頃、それが表面化したらしく、といっても私にはその本質が何だったのか分からなかったんですが、明らかに家の雰囲気が変わってしまいました。私は三人兄弟の三番目なんですが、二人の兄が就職や進学で家を出て、私一人が取り残されてしまうような焦燥感にとらわれていました。

自分がこの家を継ぐのかななんて考えた時期もあったのに、私は大学進学と同時に、父母や祖父母の思いを引きちぎるようにして家を出ました。父母も祖父母は私の進学をきっと喜んでいてくれたはずなのに、私は勝手に家族の思いを引きちぎっていたのです。

家の絆、親族の絆、地域の絆、その絆っていうのは、言い換えれば“しがらみ”ですよね。鎖のような重さを持った“しがらみ”から解放されることは、若かった私にとって、どうしたって必要なことだったんです。

『青春の門』ですよね。五木さん。

“しがらみ”が必要な時代を、祖父母も父母も生き抜いてきたわけです。私にしたって、今は分かります。自分で引きちぎった“しがらみ”だけど、それには大きな意味があって、もう一度、結び直さなきゃならないところもあるってことです。

ただそれは、孤立を恐れてむやみに繋がりだけを求めるような、安易なものじゃないと思うんだけどな。




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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































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