めんどくせぇことばかり 『忘れない味』 平松洋子
FC2ブログ

『忘れない味』 平松洋子

“味”そのものをテーマにした話は少ないです。いや、ほとんどないかな。

書かれているのは、食べ物にまつわる思い出だったり、食に関わるエピソードだったりですね。それはそれでいいと思います。いろいろな話が集まりますしね。

それに誰にだって一つや二つ、いやいや、三つ、四つ、五つに六つ、七、八、九、・・・・、いくらだってあるでしょう。一生懸命食ってきた人ならなおさらね。だから、読んでいても、なんとなくですが、共感できるものが少なくありませんでした。

一番最初の、《天井からぶら下がっていたそば》とはちょっと違いますが、ご飯を食べている最中に、上から落ちてきた奴がいました。ずいぶん小さい頃の記憶ですが、あまりにも強烈な出来事だったので、今でも鮮明に思い出すことができます。その頃のうちは、天井がなく梁がむき出しになってました。その梁から、朝ごはんの最中に、アオダイショウが落ちてきたんです。

記憶に残るのはそのシーンだけで、前後のことは覚えていません。ただ、生きとし生けるものの生殺与奪の権を握ったつもりになって、かと言って、弱いものばかりをいたぶっていた私にとって、アオダイショウは弱者。庭先に出てきたアオダイショウに手を出そうとする私に、祖母がよく、「うちの守り神だから手え出すんじゃねーで」と言ってました。ですからその時も、アオダイショウはしっかりねぐらに帰れたに違いありません。

世に《冷や汁》という食べ物があります。夏、すり鉢で胡麻と味噌をよくすって、水を注いで味噌を溶きます。塩もみしたきゅうり、大葉、みょうがを浮かべて出来上がり。ご飯にかけたり、素麺のお下地にしたりしますね。

私の生家、秩父なんですが、よく似た食べ物があります。炒った胡麻をすり鉢ですり、味噌と混ぜるのは同じです。その後、小口切りにしたきゅうりを大量に投入して、味噌と一緒にひたすらもみます。きゅうりから水分が出きって、きゅうりが形を留めなくなるくらいまでもみ続けます。最終的には、かりにきゅうりを噛まずに飲み込んでしまったとしても、何ら問題にならないくらいまでもみます。

《きゅうりもみ》という食い物です。

夏場、これをご飯に引っ掛けて、そうですね。三杯くらいは楽に喉に流し込みます。秩父から熊谷に出た叔父が帰省したおり、小学校低学年くらいの従兄弟を連れてきたことがありました。私は高校に入った頃だと思います。昼ごはんはきゅうりもみご飯です。

秩父からしてみれば、熊谷は大都会です。その大都会からやって来た従兄弟は、このきゅうりもみが食えませんでした。平然と三杯目をかき込む私を前に、叔父から食べるように促されながら手を付けられない従兄弟の困った顔が、今でも思い出されます。

あの時、母が助け舟を出して、なんか従兄弟の食えるものを出してやったんだけど、それが何かは覚えていない。思い浮かぶのは、きゅうりもみを前に進退窮まって泣きそうな従兄弟の顔ばかりです。


『忘れない味』    平松洋子

講談社  ¥ 1,944

「食」の面白さ・奥深さを探り、個々の作品の魅力を届ける食文学アンソロジー
・佐野洋子「天井からぶら下がっていたそば」
・伊藤比呂美「歪ませないように」
・旦敬介「初めてのフェイジョアーダ」
・野呂邦暢「白桃」
・林芙美子「風琴と魚の町」
・町田康「半ラーメンへの憎悪」
・深沢七郎「カタギの舌で味わう」
・鏑木清方「胡瓜」
・江國香織「すいかの匂い」
・野見山暁治「チャカホイと軍人と女 ――“林芙美子”」
・間村俊一 「ぞろり――食にまつはる十一句」
・堀江敏幸「珈琲と馬鈴薯」
・中島京子「妻が椎茸だったころ」
・益田ミリ 『マリコ、うまくいくよ』より「会社では、なんだか宙ぶらりん」
・吉村昭「白い御飯」
・山崎佳代子「ジェネリカの青い実」
・友川カズキ「眼と舌の転戦」
・平松洋子「黒曜石」
・石牟礼道子『椿の海の記』「第八章 雪河原」より
・美濃部美津子「菊正をこよなく愛した」
・南伸坊「うな重はコマル」
・高橋久美子「仲間」
・川上弘美「少し曇った朝」
・山田太一「食べることの羞恥」
・石垣りん「鬼の食事」
・吉本隆明「梅色吐息」
・ハルノ宵子「最後の晩餐」


中学校あたりから、どうも私は、一つ上の学年の人たちから疎んじられておりました。そのまた一つ上には、真ん中の兄がいて、その年代の人からは目をかけてもらうことが多かったんですが、逆にそれが原因だったかもしれません。

だけど、兄の影響の少ないはずの高校でも同じ傾向があったので、私自身に、一つ年上から見て我慢ならないなにかがあったのかもしれません。

中学校のころ、校内球技大会を前にして、上の学年のチームとサッカーの練習試合をしました。その練習試合のあと、所属していたサッカー部の先輩に呼ばれて校舎裏に行ってみると、上の学年のチームの人達が勢揃いしていました。私のラフプレーを指摘して、「あやまれ」というのです。「そっちが先にやったんじゃねーか。あやまってほしければ、そっちが先にあやまれ」と、私は抵抗しました。

結末は、よくありがちなものでした。

高校では山岳部に入りましたが、ここでも一つ上の先輩に目をつけられました。良かれと思って、面倒な食当を買って出たのが災いしたかもしれません。

起き抜けの朝ごはんが食べられなかった先輩が、行動中に腹が減ったといい出して、私に「ご飯炊いて」というのです。行動中の休憩は、大休止でもなければせいぜい一〇分。誰も止めてくれないので、ラジウスを出して、コッヘルに米をセットして炊き始めました。もちろん一〇分では炊けませんから、置いてけぼりです。「炊けたら持ってきてねー」とかって、その先輩も出かけていきました。ずいぶん経ってから、炊きあがったご飯をおむすびにして、みんなを追いかけました。

もう、悔しくて、悔しくて、重いザックを担いで走りながら、涙が頬をつたいました。

その日の夕食はカレーだったのですが、私は先輩たちのカレーを、鍋を分けて作りました。そのカレーには、カレーに良く似たあるものを、隠し味に入れておきました。たくさん入れるとバレてしまうので、ほんの少しです。

それ以来、私はいつも食当です。誰かに作ってもらうのは、とても恐ろしいことですから。それから、絶対に後輩をいじめるようなことはしないことにしました。




関連記事

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

コメントの投稿

非公開コメント

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」
よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
カウンター
カテゴリ
こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事