米民主党『世界史の新常識』 文藝春秋編
《砂の器》の和賀英良こと本浦秀雄は、らい病の父と放浪した過去を捨て、戦争の混乱に紛れて戸籍を詐称し、和賀英良として新たな人生を歩んでいました。彼の犯した殺人は、彼の過去を知るものを消すために行われたものでした。
天才ピアニスト和賀英良の役を演じたのは、加藤剛でした。かっこよかったですねぇ。ラストの三〇分、捜査室で事件の顛末を語る捜査員の丹波哲郎、リサイタル会場で自ら作曲したピアノ協奏曲《宿命》を演奏する加藤剛、そして千代吉と秀雄が寄り添うように放浪を重ねる映像が、《宿命》をBGMに場面転換を繰り返します。
掻きむしりたくなるほど、胸に迫りました。
その後、テレビドラマでリメイクされたものを、二回ほど見ました。どちらも、らい病の発病により村を追われて放浪したという前提を、違う理由に置き換えていました。
『砂の器』に関しては、「らい病で村を追われた」という前提を違えては、この物語の本質を描くことなどできないと思います。日本という貧しい国では、村という社会を維持するための犠牲は、時にはやむを得ないものだったのです。それを見つめることが、映画作成当時の日本にできたことが、今は逆にできなくなっているんでしょうか。
ちなみに、差別を助長する恐れがあるという観点から、らい病という言葉は使われなくなってきているそうです。
和賀英良は、本浦秀雄であった自分の過去を完全に捨て去り、違う人間になりすましました。しかし結局、彼の犯した犯罪は暴かれ、本浦秀雄である正体が暴かれることになります。
その点、アメリカの民主党という政権のほうが、自分の過去を捨て去り、違う政党になりすますということにおいて、はるかに巧妙です。
黒人女性のハリス氏は、バイデン氏が過去に人種差別主義の上院議員と協力した問題を追求しているんだそうです。それがどれくらい過去のことか知りませんが、あまり過去に遡ると、人種差別政党であった頃の民主党の過去を、自ら暴き立てることになるんじゃないかと、ちょっと心配です。


なにしろ、南北戦争を前にして、州の権限を抑制してでも連邦政府手動で工業化を進めるべきという北部工業地帯を代表する共和党に対して、民主党は州の権限を尊重すべきだという南部奴隷州を代表する政党だったわけですから。
南部諸州のコットン生産は、当時世界の消費量の三分の一に相当していたそうです。その生産量を支えていたのが奴隷労働です。黒人奴隷の数は一八〇〇年に九〇万人だったものが、一八五〇年には三二〇万人に増えていたそうです。イギリス綿工業に原料を提供する南部諸州は、当然イギリスとの結び付きを強め、イギリスからの工業製品に高い関税をかけて工業を育成しようという北部との対立を深めます。
北部と南部の対立は、本来、経済的なものです。しかし、その対立の過程で北部の新興資本家の利益を代表する共和党のリンカーンが大統領に選出され、南北の対立が先鋭化します。
戦いが始まり、イギリスの南部支援を牽制するため、リンカーンが奴隷解放宣言を出します。イギリスは金縛り状態となり、南部の敗北を容認することになります。
その後も、連邦政府レベルでは、共和党が黒人の法的権利の改善を進めます。ところが、この頃、ほぼ時を同じくして、南部諸州に強い影響力を持つ民主党が、黒人差別政策を進めているんですね。一八六六年にはKKKが結成され、黒人擁護派の白人をターゲットとするテロが行われていきました。さらに民主党は、州議会を通じて黒人隔離を合法とする州法を次々に成立させていきました。
南北戦争後、南部から取り上げた富を源泉にして、北部を中心とする工業化が進められていきました。大陸横断鉄道が開通するとプアーホワイトが西部に押し寄せます。そこでまずは“中国”人移民と、つづいて日本人移民と対立し、これらアジア系の移民を排斥することに積極的だったのも民主党です。
一九一二年の大統領選挙は、長らく敗北を続けた民主党の好機になりました。共和党の分裂につけ込んで、民主党のウッドロー・ウィルソンが勝利するのです。ウィルソンの父は、「奴隷制度は神が作り給うた」と語る長老派の牧師で、ウィルソンはワシントンにも黒人隔離を持ち込みました。
さらに、ヨーロッパの大戦に積極的に参戦し、戦後のパリ講和会議では一四か条を打ち出して戦後世界を混乱させました。国際連盟規約に人種差別撤廃を謳おうという日本の提案をしゃにむに潰しにかかったのもウィルソンです。
ウィルソンに呆れたアメリカ国民は、その後、共和党大統領を続けましたが、一九二九年の世界恐慌で、民主党のフランクリン・ディラノ・ルーズベルトに政権を奪われます。ミドルネームにもある母方のディラノ家は、“中国”にアヘンを持ち込んで一財産を稼ぎあげた家柄です。日本を戦争に追い込み、日系人だけを強制収容所に追い込みました。
終戦間際に死んだFDRに代わって、副大統領だったトルーマンが大統領になります。もとはKKKのメンバーで、強烈な人種差別意識を持った人物です。ポツダム会談からの帰途の大西洋上、一九四五年八月七日に広島への原爆投下の成功の報告を受け、「艦長、まさに史上最高の瞬間ではないか」と叫んだそうです。
戦後、アメリカは豊かになりました。民主党の主たる支持層であった南部の貧しい白人層は、相対的に豊かになり、あえて黒人を差別しなければならない経済的な理由はなくなりました。民主党は人種差別によって票を集めることができなくなりました。
以後、民主党は、党是を一八〇度回転させ、黒人を含めたマイノリティーの人権を守る政党、弱者に優しい進歩主義の政党にイメージを転換させていきます。この時、過去の自分の行状を隠すための見事なレトリックがあります。それは、人種差別の主体を「アメリカ人すべて」にしたことです。「アメリカという国全体が人種差別的であった」ことにして、黒人や他のマイノリティ人種から圧倒的な支持を集めるようになりました。
*後半は、《第三章 近現代 民主党対共和党 日本人が知らないアメリカ史》の内容を使わせてもらいました。
天才ピアニスト和賀英良の役を演じたのは、加藤剛でした。かっこよかったですねぇ。ラストの三〇分、捜査室で事件の顛末を語る捜査員の丹波哲郎、リサイタル会場で自ら作曲したピアノ協奏曲《宿命》を演奏する加藤剛、そして千代吉と秀雄が寄り添うように放浪を重ねる映像が、《宿命》をBGMに場面転換を繰り返します。
掻きむしりたくなるほど、胸に迫りました。
その後、テレビドラマでリメイクされたものを、二回ほど見ました。どちらも、らい病の発病により村を追われて放浪したという前提を、違う理由に置き換えていました。
『砂の器』に関しては、「らい病で村を追われた」という前提を違えては、この物語の本質を描くことなどできないと思います。日本という貧しい国では、村という社会を維持するための犠牲は、時にはやむを得ないものだったのです。それを見つめることが、映画作成当時の日本にできたことが、今は逆にできなくなっているんでしょうか。
ちなみに、差別を助長する恐れがあるという観点から、らい病という言葉は使われなくなってきているそうです。
和賀英良は、本浦秀雄であった自分の過去を完全に捨て去り、違う人間になりすましました。しかし結局、彼の犯した犯罪は暴かれ、本浦秀雄である正体が暴かれることになります。
その点、アメリカの民主党という政権のほうが、自分の過去を捨て去り、違う政党になりすますということにおいて、はるかに巧妙です。
産経新聞 2019/07/02 米大統領選で民主党女性候補2人の支持率上昇 https://www.sankei.com/world/news/190702/wor1907020017-n1.html (全文) 米CNNテレビは1日、来年11月の大統領選に向けた民主党候補者の最新の世論調査(6月28~30日)を発表し、カマラ・ハリス上院議員(54)と、エリザベス・ウォーレン上院議員(70)の2人の女性候補の支持率がそれぞれ上昇した。依然としてジョー・バイデン前副大統領(76)が支持率首位だが、その差が縮まっている。 CNNの最新世論調査には、6月26~27日に行われた民主党の初のテレビ討論会の結果が反映された。候補者の支持率は、首位のバイデン氏が前回調査(5月28~31日)から10ポイント減の22%。2位はハリス氏で前回比9ポイント増の17%、3位はウォーレン氏で前回比8ポイント増の15%となった。続いてバーニー・サンダース上院議員(77)が前回比4ポイント減の14%だった。支持率を伸ばした女性候補と、減少した男性候補で明暗がくっきり分かれた形だ。 討論会では、黒人女性のハリス氏が、バイデン氏に対し過去に人種差別主義の上院議員と協力した問題などをめぐり厳しく追及。ウォーレン氏は国民に公的医療保険を拡充する急進的な政策を訴え、支持を広げたとみられる。他の世論調査でもバイデン氏が首位を維持しているが、討論会を受けて支持率が減少した結果が出ている。 |
黒人女性のハリス氏は、バイデン氏が過去に人種差別主義の上院議員と協力した問題を追求しているんだそうです。それがどれくらい過去のことか知りませんが、あまり過去に遡ると、人種差別政党であった頃の民主党の過去を、自ら暴き立てることになるんじゃないかと、ちょっと心配です。
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なにしろ、南北戦争を前にして、州の権限を抑制してでも連邦政府手動で工業化を進めるべきという北部工業地帯を代表する共和党に対して、民主党は州の権限を尊重すべきだという南部奴隷州を代表する政党だったわけですから。
南部諸州のコットン生産は、当時世界の消費量の三分の一に相当していたそうです。その生産量を支えていたのが奴隷労働です。黒人奴隷の数は一八〇〇年に九〇万人だったものが、一八五〇年には三二〇万人に増えていたそうです。イギリス綿工業に原料を提供する南部諸州は、当然イギリスとの結び付きを強め、イギリスからの工業製品に高い関税をかけて工業を育成しようという北部との対立を深めます。
北部と南部の対立は、本来、経済的なものです。しかし、その対立の過程で北部の新興資本家の利益を代表する共和党のリンカーンが大統領に選出され、南北の対立が先鋭化します。
戦いが始まり、イギリスの南部支援を牽制するため、リンカーンが奴隷解放宣言を出します。イギリスは金縛り状態となり、南部の敗北を容認することになります。
その後も、連邦政府レベルでは、共和党が黒人の法的権利の改善を進めます。ところが、この頃、ほぼ時を同じくして、南部諸州に強い影響力を持つ民主党が、黒人差別政策を進めているんですね。一八六六年にはKKKが結成され、黒人擁護派の白人をターゲットとするテロが行われていきました。さらに民主党は、州議会を通じて黒人隔離を合法とする州法を次々に成立させていきました。
南北戦争後、南部から取り上げた富を源泉にして、北部を中心とする工業化が進められていきました。大陸横断鉄道が開通するとプアーホワイトが西部に押し寄せます。そこでまずは“中国”人移民と、つづいて日本人移民と対立し、これらアジア系の移民を排斥することに積極的だったのも民主党です。
一九一二年の大統領選挙は、長らく敗北を続けた民主党の好機になりました。共和党の分裂につけ込んで、民主党のウッドロー・ウィルソンが勝利するのです。ウィルソンの父は、「奴隷制度は神が作り給うた」と語る長老派の牧師で、ウィルソンはワシントンにも黒人隔離を持ち込みました。
さらに、ヨーロッパの大戦に積極的に参戦し、戦後のパリ講和会議では一四か条を打ち出して戦後世界を混乱させました。国際連盟規約に人種差別撤廃を謳おうという日本の提案をしゃにむに潰しにかかったのもウィルソンです。
ウィルソンに呆れたアメリカ国民は、その後、共和党大統領を続けましたが、一九二九年の世界恐慌で、民主党のフランクリン・ディラノ・ルーズベルトに政権を奪われます。ミドルネームにもある母方のディラノ家は、“中国”にアヘンを持ち込んで一財産を稼ぎあげた家柄です。日本を戦争に追い込み、日系人だけを強制収容所に追い込みました。
終戦間際に死んだFDRに代わって、副大統領だったトルーマンが大統領になります。もとはKKKのメンバーで、強烈な人種差別意識を持った人物です。ポツダム会談からの帰途の大西洋上、一九四五年八月七日に広島への原爆投下の成功の報告を受け、「艦長、まさに史上最高の瞬間ではないか」と叫んだそうです。
戦後、アメリカは豊かになりました。民主党の主たる支持層であった南部の貧しい白人層は、相対的に豊かになり、あえて黒人を差別しなければならない経済的な理由はなくなりました。民主党は人種差別によって票を集めることができなくなりました。
以後、民主党は、党是を一八〇度回転させ、黒人を含めたマイノリティーの人権を守る政党、弱者に優しい進歩主義の政党にイメージを転換させていきます。この時、過去の自分の行状を隠すための見事なレトリックがあります。それは、人種差別の主体を「アメリカ人すべて」にしたことです。「アメリカという国全体が人種差別的であった」ことにして、黒人や他のマイノリティ人種から圧倒的な支持を集めるようになりました。
*後半は、《第三章 近現代 民主党対共和党 日本人が知らないアメリカ史》の内容を使わせてもらいました。

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