めんどくせぇことばかり 『鬼とはなにか』 戸矢学
FC2ブログ

『鬼とはなにか』 戸矢学

祇園祭のひと月が終わります。

正式名称は、祇園御霊会。その始まりは八六三年、貞観五年です。貞観と言えば、二〇一一年三月一一日の東日本大震災と同じ場所、同じ原理で、この貞観年間に地震が起きてましたよね。その時も、沿岸を津波が襲い、さらには川をさかのぼりました。現在の神社の多くも、その貞観年間の地震の際にも、津波の難を免れた場所に建てられていたって話を聞きました。

その千年以上前の八六三年、すでに藤原氏は権力基盤を固めた時代ではありますが、そこまでには数多くの人々を追い詰めて滅ぼし、まさにその権力は、恨みの上に恨みを積み重ねるようにして築き上げたものでした。折から都には疫病が蔓延し、その被害は猖獗を極めていたそうで、怨霊の祟りではないかという恐怖が広がっていたそうです。

事実、この御霊会は、早良親王、伊予親王、藤原夫人、橘逸勢、文室宮田麻呂、藤原広嗣らの怨霊を鎮魂するってのが具体的な理由として行われています。

どうやらそれでもことは収まらず、八六四年には富士山がドカーンと大噴火、八六九年には陸奥国三陸沖大地震ですからね。「怨霊の力が強くてどうも鎮魂できそうもありません」で尻尾を巻くわけに行きませんから、意地になっても、毎年ハデハデしく鎮魂にかかっているうちに、祇園祭として定着していったんでしょうか。

そう言えば、富士山に関わる面白い考察がありました。日本の古くからの信仰は、森羅万象を神とする思想で貫かれるものです。中でも山は、代表的な神奈備で、神霊が宿る依代です。さらにその中でも最大の神奈備が富士山であることは言を俟ちません。その富士山を依代とする神様が、ドッカーンと噴火して、溶岩で周辺を焼き尽くす富士山の神様がコノハナノサクヤヒメでは、誰が納得するでしょうってことですね。たしかに、縄文の雄々しい神が、この山を依代としていたと考えたほうが良さそうです。

編纂を主導した藤原不比等がいくら消し去ろうとしても、実在する富士山を消せないように、その神も消せなかったって言うんです。その神は、然るべき名前で日本書紀に登場していると言うことなんです。こんな文章があります。

「山も川もことごとく鳴動し、国土すべてが震動した」

まさに富士山の噴火、あるいはそれにともなう地震を思わせるような文章じゃありませんか。これ、アマテラスに合うために高天原に向かうスサノオの様子を表すものです。そう、著者の戸矢学さんは、スサノオこそ富士山の神というんです。魅力的な話です。


『鬼とはなにか』    戸矢学


河出書房新社  ¥ 1,998

日本人の精神史の中で気にされてきた鬼 まつろわぬ民か、縄文の神か
第1章 鬼のクーデター あずまえびす、ヤマトに叛逆す
第2章 音量は鬼か 鬼となる怨霊、ならぬ怨霊
第3章 鬼を祀る神社 温羅伝説と国家統一
第4章 女が鬼になる時 舞い踊る夜叉
第5章 ヒミコの鬼道 神の道と鬼の道
第6章 鬼門という信仰 都人の祟り好き
第7章 異世界のまつろわぬ民 山人・海人・平地人
第8章 鬼の栖 縄文神への追憶


祇園祭は八坂神社の祭礼ですが、その八坂神社に祀られれるのが牛頭天王です。京都を開いた人々は、この牛頭天王を信仰する渡来系だそうです。この渡来系の人々が、政争を繰り返し、権力をめぐる攻防から人を追いつめ、滅ぼして恨みを残しました。折からの流行病に天変地異。これを祟りと恐れたわけですね。著者は、祟を恐れる習俗・気質は、百済人特有のもので、和人はそこまで人を追いつめないと言います。

「和人は人を追い詰めない」という点に関しては、そのとおりだと納得できます。しかし、祟を恐れる習俗・気質に関してはどうでしょうか。

日本列島は災害の多い、同時にここでなら十分生きていける、なおかつここからの移動は難しい場所です。ここで行きていくべき場所だと思うんです。それだけに、逃れがたい災害に対処した生き方が求められます。そのためにも、自分だけでなく、人のことを考えて生きる術を身につけてきたんじゃないでしょうか。逃れがたい災害に対処した生き方こそが、「和を尊ぶ」という生きる姿勢を生んだんだと思うんです。

その「和を尊ぶ」という生きる姿勢が、人を追い詰める渡来人のやり方に遭遇した時、それをことさら強く戒める物語として怨霊信仰を生んだんじゃないでしょうか。

縄文から弥生への移り変わりの中には、いろいろな物語があったんでしょう。現代の日本人は、平均的に一五%ほど、縄文の血を引いているんだそうです。そして、政治的には大和政権によって、縄文人は駆逐されてきました。そのなかで、鬼の伝説が生まれたんでしょう。鬼は、まつろわぬ縄文人ということですね。

だけど、弥生の血をより濃く引く私たち日本人ですが、精神的な部分では「和を尊ぶ」縄文人の気質が受け継がれているようです。それを考えると、著者の、「この事実を明瞭に解くのは、人種・民族の入れ替わり以外にないのではないか」って言う単純な話でもなさそうな気がします。

いろいろ考えさせられる、面白い本でした。




関連記事

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

コメントの投稿

非公開コメント

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」
よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


人生に必要なもの、一人の女性、一人の親友、一つの思い出、一冊の本。
その一冊。
カウンター
カテゴリ
こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本


















































































リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事