列強の脅威『ジャポニスム』 宮崎克己
一八四二年末のフランスの新聞、コンスティテューショネル紙に、「イギリス人たちと日本」と題する記事が載ったそうです。そこには次のように書かれていたそうです。
「中国を開港させ貿易を始めさせるために、イギリス人たちはアヘン売却という口実を見つけた。いまや寧波、厦門、舟山群島、香港の主人となった彼らは、日本の沿海を支配している。日本! この獲物は、彼らが奪い取ったばかりのものに劣らず富んでいる」
一八四二年の記事ということですから、アヘン戦争の直後ですね。ヨーロッパでは、アヘン戦争の結果、寧波、厦門、舟山群島、香港はイギリスのものになったと言ってます。中国は、イギリスが奪い取った獲物だと言ってます。そして、すでに日本の沿海を支配していると言ってます。
ただ、イギリス議会でアヘン戦争を主導したパーマストンと違って、グラッドストンみたいに、これを“不義の戦争”とする考えもありました。それ以上に、これまでの強圧的なパーマストン外交による無理が、あちらこちらで問題を発生させつつあったんですね。実際、それらは、インド大反乱やスーダンで発生したマフディーの乱となって、イギリスはいずれも鎮圧して支配を強化しているものの、それまでの強引なやり方はしだいに影を潜めていきます。反乱が発生する以前から、そういった強引なやり方への反発もあったんでしょう。イギリスが力づくで日本に開港を迫らなかった背景には、そういった外部的な要因もあります。
たしかに、一八世紀までは、ヨーロッパに於いて日本が特別に意識されるということは多くなかったようです。しかし、一八三〇年代のフランスのジャーナリズムには、“中国”とは明確に隔離された日本が意識されているそうです。“中国”と日本の位置関係、政治的関係の認識は、すでに明瞭にされているそうです。
たしかに、関心の第一の対象は“中国”ではあるが、その先にはさらに日本という国があり、“中国”同様に国を閉ざしていると意識されていたようです。
一八一一年から二年余り日本に囚われていたロシア人のワシーリー・ゴローニンが書いた幽囚記は、一八一八年にはフランス語訳されて刊行されます。一八二九年にフランツ・フォン・シーボルトが幕府によって国外追放されたことも、数ヶ月遅れでフランスの新聞に掲載されました。
一八世紀末から、日本周辺では列強の活動が盛んになり、中でもロシアが、日本に対する強い関心を示していました。また、この海域では、ロシア、イギリス、フランス、アメリカが接触することが増え、それが報道されることで、日本が列強の関心の対象であることが、欧米では一般に知られるようになっていきました。


こういう状況で明治維新、富国強兵っていう時代があったんですね。
いわば、日本が世界の舞台に出てくるのを手ぐすね引いて待っているっていう状態ですよ。しかも、明治維新前に不平等条約を押し付けられて、ゼロからのスタートどころの話じゃなくて、マイナスからの、しかもベクトル自体がマイナスに動いている状態からのスタートです。
いきなり天下を取った気分の薩長の連中の中には、女を囲って、国の金を自分のものと勘違いしているやつも少なからずいたようだけど、残念ながら、その時点で、それ以上に、国内問題に時間を費やせる余裕はありませんでした。
問題はあっても、大久保利通という有能なピンポイントに権力が集中されたことも、日本にとっては有益でした。
大久保利通の国家運営は、今風に言えば選択と集中ということだと思います。日本は欧米列強が手ぐすね引く中で開国しました。それらの国の不平等な取り扱いの中であっても、国民の絞り出した力を選択と集中によって効果的に用い、急激に存在感を増していきました。
そのときに選択されなかったものの中には、本当は日本にとって、とっても大事なものがあったはずです。だけど、上記のような欧米列強の日本に関する関心の強さは、まるで草食動物に舌なめずりする肉食動物です。生き残りをかけるのが優先だったという事情は飲み込めます。
ただ、選択されなかったものを失ったことが、第二次世界大戦の日本の敗戦にも、おそらく関与していると私は思います。
結局、日本は欧米列強の支配する世界に挑む形になりました。で、こっぴどく負けました。日本は今でも敗戦国家です。だけど、欧米列強は、美味しく貪ろうとした日本に挑まれて、形としては叩き伏せたものの、それまでの力の源泉である植民地を失いました。今また、美味しく貪ろうとした“中国”に挑まれている始末です。
現在の世界を一〇〇年、二〇〇年のスパンで見るならば、“中国”が好きだきらいだ、アメリカが好きだきらいだということよりも、違う見方があるような気がします。
「中国を開港させ貿易を始めさせるために、イギリス人たちはアヘン売却という口実を見つけた。いまや寧波、厦門、舟山群島、香港の主人となった彼らは、日本の沿海を支配している。日本! この獲物は、彼らが奪い取ったばかりのものに劣らず富んでいる」
一八四二年の記事ということですから、アヘン戦争の直後ですね。ヨーロッパでは、アヘン戦争の結果、寧波、厦門、舟山群島、香港はイギリスのものになったと言ってます。中国は、イギリスが奪い取った獲物だと言ってます。そして、すでに日本の沿海を支配していると言ってます。
ただ、イギリス議会でアヘン戦争を主導したパーマストンと違って、グラッドストンみたいに、これを“不義の戦争”とする考えもありました。それ以上に、これまでの強圧的なパーマストン外交による無理が、あちらこちらで問題を発生させつつあったんですね。実際、それらは、インド大反乱やスーダンで発生したマフディーの乱となって、イギリスはいずれも鎮圧して支配を強化しているものの、それまでの強引なやり方はしだいに影を潜めていきます。反乱が発生する以前から、そういった強引なやり方への反発もあったんでしょう。イギリスが力づくで日本に開港を迫らなかった背景には、そういった外部的な要因もあります。
たしかに、一八世紀までは、ヨーロッパに於いて日本が特別に意識されるということは多くなかったようです。しかし、一八三〇年代のフランスのジャーナリズムには、“中国”とは明確に隔離された日本が意識されているそうです。“中国”と日本の位置関係、政治的関係の認識は、すでに明瞭にされているそうです。
たしかに、関心の第一の対象は“中国”ではあるが、その先にはさらに日本という国があり、“中国”同様に国を閉ざしていると意識されていたようです。
一八一一年から二年余り日本に囚われていたロシア人のワシーリー・ゴローニンが書いた幽囚記は、一八一八年にはフランス語訳されて刊行されます。一八二九年にフランツ・フォン・シーボルトが幕府によって国外追放されたことも、数ヶ月遅れでフランスの新聞に掲載されました。
一八世紀末から、日本周辺では列強の活動が盛んになり、中でもロシアが、日本に対する強い関心を示していました。また、この海域では、ロシア、イギリス、フランス、アメリカが接触することが増え、それが報道されることで、日本が列強の関心の対象であることが、欧米では一般に知られるようになっていきました。
『ジャポニスム』 宮崎克己 講談社現代新書 ¥ 994 「近代」の感性を生み出した源流の一つとして、「日本」の存在を再評価 |
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こういう状況で明治維新、富国強兵っていう時代があったんですね。
いわば、日本が世界の舞台に出てくるのを手ぐすね引いて待っているっていう状態ですよ。しかも、明治維新前に不平等条約を押し付けられて、ゼロからのスタートどころの話じゃなくて、マイナスからの、しかもベクトル自体がマイナスに動いている状態からのスタートです。
いきなり天下を取った気分の薩長の連中の中には、女を囲って、国の金を自分のものと勘違いしているやつも少なからずいたようだけど、残念ながら、その時点で、それ以上に、国内問題に時間を費やせる余裕はありませんでした。
問題はあっても、大久保利通という有能なピンポイントに権力が集中されたことも、日本にとっては有益でした。
大久保利通の国家運営は、今風に言えば選択と集中ということだと思います。日本は欧米列強が手ぐすね引く中で開国しました。それらの国の不平等な取り扱いの中であっても、国民の絞り出した力を選択と集中によって効果的に用い、急激に存在感を増していきました。
そのときに選択されなかったものの中には、本当は日本にとって、とっても大事なものがあったはずです。だけど、上記のような欧米列強の日本に関する関心の強さは、まるで草食動物に舌なめずりする肉食動物です。生き残りをかけるのが優先だったという事情は飲み込めます。
ただ、選択されなかったものを失ったことが、第二次世界大戦の日本の敗戦にも、おそらく関与していると私は思います。
結局、日本は欧米列強の支配する世界に挑む形になりました。で、こっぴどく負けました。日本は今でも敗戦国家です。だけど、欧米列強は、美味しく貪ろうとした日本に挑まれて、形としては叩き伏せたものの、それまでの力の源泉である植民地を失いました。今また、美味しく貪ろうとした“中国”に挑まれている始末です。
現在の世界を一〇〇年、二〇〇年のスパンで見るならば、“中国”が好きだきらいだ、アメリカが好きだきらいだということよりも、違う見方があるような気がします。

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