『デルタ』 杉山隆男
NHKの番組で見た。
若い人たちがどんどん故郷を離れて、もはや墓を管理するものなく、墓じまいするしかない。墓どころじゃなく、地域の人々の信仰を支えてきた寺さえ持ちこたえることができず、廃寺にして、本尊と檀家は一門の大きな寺に配属される。
地域で助け合おうにも、その土台となる信仰すら受けつでないなら、絆などいとも簡単にちぎれていってしまう。そんなことは当たり前で、分かりきっていたこと。
絆などあっては、煩わしい。
誰かが入院でもすればお見舞いをして、回復すれば快気祝いをして。季節が変わるたびに、お互いにご機嫌を伺って。なんのためにということじゃなくて、そのたびごとに顔を合わせておくのが目的みたいな付き合いを続けていく。
お寺や神社の用向きがあれば必ず顔を出して、何かやらなければならないことがあってもなくても、「ぼちぼち」の声がかかるまで一緒に時を過ごして。面倒なだけの付き合いだけど、そんな何か目的のしれない時間をともに過ごすことで維持されてきたものもある。
それが絆でしょう。
日本は強かった。日本の強さの背景にあったのは、絆によって固く結びついた社会だった。マッカーサーは、そんな日本社会を根底からくつがえそうと思った。絆の芯を抜くために様々な手を打った。皇室を除くことはできなかったが、将来に向けて手は打った。
誰もが自由で、平等で、民主的な国を作るよう促した。それまでの日本社会を大切にしようとする勢力は封建的であるとして否定して、社会から排除した。
マッカーサーに促された人々は、こういう国を作りたかったんでしょうね。
《「この国は、最後の最後という土壇場では、結局アメリカにすがるしかないんだ」
吐き捨てるように言う門馬の声は、もはやあきらめを通り越して、悲しみを帯びているようにさえ聞こえる。
「マッカーサーは、日本をこういう国にしたかったんだろうな」
独立国としての矜りも、牙も、魂も・・・
口をついて出かかった言葉を、しかし門馬はすべて呑み込んだ。》
その上で、自発的に「こういう国を作りたかった」って思ってるような日本人を、マッカーサーは作りたかったんでしょうね。


海上保安庁の最新鋭巡視船「うおつり」 を乗っ取った武装勢力は、愛国義勇軍と名乗る反習近平、じゃなくて、反習遠平派の武装集団だった。彼らは、僚船「りゅうきゅう」から応援に差し向けられたヘリを撃墜し、その映像をツイッター上に流した。彼らはそのまま尖閣諸島に上陸し、“腐敗堕落した習遠平政権”を糾弾した。
彼らのリーダー劉勝利の父親は、人民解放軍の伝説の英雄である劉成虎で、瀋陽軍区に身を置き、軍において大きな存在感を放っていた。その劉成虎は、習遠平の始めた反腐敗運動で摘発された。
“中国”では官僚の贈収賄が広くはびこり、桁違いの予算を配分された軍においても、上層部の公私混同は目を覆うものがあった。それは物語の中の話ではなく、実際にそうだったろう。それだけに、習近平の始めた反腐敗運動は世論の強い支持を得た。その支持を背景に、習近平は、相容れない反対勢力を不正撲滅の名のもとに摘発していったのだ。
この反腐敗運動という権力闘争が、“中国”で実際に行われていることだけに、この物語、なんだか真実味を帯びる。
劉成虎はビル屋上から飛び降りて、自ら命を断つ。これも摘発された高級幹部たちによく起こったことだ。自分から死にたいくらいの苦痛を与え続けられたのか。それとも、ビルから突き落とされたのか。
そして彼の子、劉勝利と、彼を支持する友人たちが、習遠平に一泡吹かせて、さらに・・・。
しかし、反習遠平派の反国家的行動は、“中国”に尖閣への出動のきっかけを与えることになる。これを放置すれば、確実に尖閣は“中国”に取られる。
アメリカは、・・・尖閣の防衛を拒絶した。
どこまでも有り得そうな話なんです。ただし、ここで動いた秘密の実働部隊デルタ。日本有事に備える習志野の第一空挺団、佐世保の水陸機動団、対テロ作戦に特化した特殊作戦群、それに続く第四の存在。それが、ギリシャ語で第四を表すデスタ。・・・そういう物語です。
若い人たちがどんどん故郷を離れて、もはや墓を管理するものなく、墓じまいするしかない。墓どころじゃなく、地域の人々の信仰を支えてきた寺さえ持ちこたえることができず、廃寺にして、本尊と檀家は一門の大きな寺に配属される。
地域で助け合おうにも、その土台となる信仰すら受けつでないなら、絆などいとも簡単にちぎれていってしまう。そんなことは当たり前で、分かりきっていたこと。
絆などあっては、煩わしい。
誰かが入院でもすればお見舞いをして、回復すれば快気祝いをして。季節が変わるたびに、お互いにご機嫌を伺って。なんのためにということじゃなくて、そのたびごとに顔を合わせておくのが目的みたいな付き合いを続けていく。
お寺や神社の用向きがあれば必ず顔を出して、何かやらなければならないことがあってもなくても、「ぼちぼち」の声がかかるまで一緒に時を過ごして。面倒なだけの付き合いだけど、そんな何か目的のしれない時間をともに過ごすことで維持されてきたものもある。
それが絆でしょう。
日本は強かった。日本の強さの背景にあったのは、絆によって固く結びついた社会だった。マッカーサーは、そんな日本社会を根底からくつがえそうと思った。絆の芯を抜くために様々な手を打った。皇室を除くことはできなかったが、将来に向けて手は打った。
誰もが自由で、平等で、民主的な国を作るよう促した。それまでの日本社会を大切にしようとする勢力は封建的であるとして否定して、社会から排除した。
マッカーサーに促された人々は、こういう国を作りたかったんでしょうね。
《「この国は、最後の最後という土壇場では、結局アメリカにすがるしかないんだ」
吐き捨てるように言う門馬の声は、もはやあきらめを通り越して、悲しみを帯びているようにさえ聞こえる。
「マッカーサーは、日本をこういう国にしたかったんだろうな」
独立国としての矜りも、牙も、魂も・・・
口をついて出かかった言葉を、しかし門馬はすべて呑み込んだ。》
その上で、自発的に「こういう国を作りたかった」って思ってるような日本人を、マッカーサーは作りたかったんでしょうね。
『デルタ』 杉山隆男 新潮社 ¥ 2,376 中国武装組織vs.陸自秘密部隊。これはもはや、フィクションの世界ではない! |
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海上保安庁の最新鋭巡視船「うおつり」 を乗っ取った武装勢力は、愛国義勇軍と名乗る反習近平、じゃなくて、反習遠平派の武装集団だった。彼らは、僚船「りゅうきゅう」から応援に差し向けられたヘリを撃墜し、その映像をツイッター上に流した。彼らはそのまま尖閣諸島に上陸し、“腐敗堕落した習遠平政権”を糾弾した。
彼らのリーダー劉勝利の父親は、人民解放軍の伝説の英雄である劉成虎で、瀋陽軍区に身を置き、軍において大きな存在感を放っていた。その劉成虎は、習遠平の始めた反腐敗運動で摘発された。
“中国”では官僚の贈収賄が広くはびこり、桁違いの予算を配分された軍においても、上層部の公私混同は目を覆うものがあった。それは物語の中の話ではなく、実際にそうだったろう。それだけに、習近平の始めた反腐敗運動は世論の強い支持を得た。その支持を背景に、習近平は、相容れない反対勢力を不正撲滅の名のもとに摘発していったのだ。
この反腐敗運動という権力闘争が、“中国”で実際に行われていることだけに、この物語、なんだか真実味を帯びる。
劉成虎はビル屋上から飛び降りて、自ら命を断つ。これも摘発された高級幹部たちによく起こったことだ。自分から死にたいくらいの苦痛を与え続けられたのか。それとも、ビルから突き落とされたのか。
そして彼の子、劉勝利と、彼を支持する友人たちが、習遠平に一泡吹かせて、さらに・・・。
しかし、反習遠平派の反国家的行動は、“中国”に尖閣への出動のきっかけを与えることになる。これを放置すれば、確実に尖閣は“中国”に取られる。
アメリカは、・・・尖閣の防衛を拒絶した。
どこまでも有り得そうな話なんです。ただし、ここで動いた秘密の実働部隊デルタ。日本有事に備える習志野の第一空挺団、佐世保の水陸機動団、対テロ作戦に特化した特殊作戦群、それに続く第四の存在。それが、ギリシャ語で第四を表すデスタ。・・・そういう物語です。

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