『邂逅の森』 熊谷達也
明治生まれの祖父は、最後は寝たきりの状態になって、介護にあたった祖母と母は大変でした。
自宅介護は何年間続いたんだろう。高校生の時にそういう状態になって、大学6年の時に亡くなったんだから、足掛け6年くらいかな。その多くがまったくの寝たきりでしたからね。
祖母は私が山登りすることに反対でした。遭難でもした日には、身上つぶれるくらいに思っていたようです。「見つかりやすいところで遭難しろ」みたいなことを言ってましたから。祖父はそうでもなかったみたいだけど、やっぱり心配はしていたようです。
高校で山岳部に入って本格的に山登りを始めたんですが、大学に入って上京し、いつだったか帰省した時の話です。一番奥にある祖父の部屋に行くと、祖父は以前にはなかったベッドの上に寝てました。その方が介護しやすいからだったみたいです。
祖父に声をかけて顔を覗き込むと、祖父は目を開けていました。再度、声をかけると、「・・・おう、どうした、・・・山は」と祖父が話し始めました。ちょうどその時、祖母がお茶を持って入ってきました。「山は、もうさみいだんべ」という祖父の言葉に、私はてっきり、山に登る私を祖父は心配しているんだと思いました。“大丈夫だよ”と口を開こうとすると、それよりも早く、「鉄砲撃ちが山にへえってるから、穴から出るな」・・・???
「おじいさん、なにゆってるん。**だで、**がけえってきたんだで」と祖母がいうと、祖父は「なんでえ、**けえ、おらあ、たぬきが遊びいきたんだと思ったでえ」と、驚いたような目を私に向けました。
驚いたのは、私の方です。
『邂逅の森』の主人公、松橋冨治は秋田県北部を流れる米代川の支流、阿仁川上流の打当の集落のマタギ。大正3年に25歳だから、私の祖父よりも12歳年上です。まあ、ほぼ同世代ですね。


冨治はマタギという仕事に自信と誇りを抱けるようになった頃、地主の一人娘と恋に落ち、村を追われ、マタギという仕事も失ってしまいます。鉱夫という仕事で生きて行かざるを得なくなる冨治だが、マタギという仕事に自信と誇りを持ってやってきた経験は、鉱夫の世界でも確実に生かされていきます。
鉱夫の世界で悲しい別れや大きな事故を経験し、やがて冨治は、マタギの世界に戻っていきます。そして、村を追われて以来、失われてしまった自分の人生を、取り戻していくことになります。
その冨治も時代の移り変わりの中で、マタギを続けることに疑問を抱くようになります。その問いに答えるように、彼の前に山のヌシである巨大グマが現れます。
一人の人間の仕事人生を考えてみれば、多くの場合、まずは目の前にある仕事を一生懸命にやっていくということだと思うんです。本気でやっていけば、どんな仕事でも誇りを持ってやっていくことができるようになるんだろうと思います。その誇りを持った仕事を生涯通していけるとしたら、これは幸せなことでしょう。
冨治にとってマタギという仕事は、まさにそういう仕事だったわけです。しかし、時代の移り変わりの中で、マタギという仕事も移り変わっていきます。その中で冨治も迷うわけです、迷う冨治を試すように“ヌシ”は現れるわけです。
冨治が村を追われたのは、地主の一人娘と恋に落ちたからですが、冨治が娘に夜這いをかけたんですね。実は、祖父母の話なんですが、祖母は祖父のことが好きで、どうしても一緒になりたかったんだそうです。それが、他の男と一緒にされそうになって、それが嫌で秩父から行田に逃げたんだそうです。
行だと言えば足袋。その頃はとても豊かな街だったんだそうですが、そこに何らかの縁者がいたようです。とにかくよっぽどだったみたいで、無事祖母は祖父に嫁いで、四男三女に恵まれます。
祖母がそこまで祖父にこだわったのは、やっぱり祖父は、祖母に夜這いをかけていたんでしょうか。
自宅介護は何年間続いたんだろう。高校生の時にそういう状態になって、大学6年の時に亡くなったんだから、足掛け6年くらいかな。その多くがまったくの寝たきりでしたからね。
祖母は私が山登りすることに反対でした。遭難でもした日には、身上つぶれるくらいに思っていたようです。「見つかりやすいところで遭難しろ」みたいなことを言ってましたから。祖父はそうでもなかったみたいだけど、やっぱり心配はしていたようです。
高校で山岳部に入って本格的に山登りを始めたんですが、大学に入って上京し、いつだったか帰省した時の話です。一番奥にある祖父の部屋に行くと、祖父は以前にはなかったベッドの上に寝てました。その方が介護しやすいからだったみたいです。
祖父に声をかけて顔を覗き込むと、祖父は目を開けていました。再度、声をかけると、「・・・おう、どうした、・・・山は」と祖父が話し始めました。ちょうどその時、祖母がお茶を持って入ってきました。「山は、もうさみいだんべ」という祖父の言葉に、私はてっきり、山に登る私を祖父は心配しているんだと思いました。“大丈夫だよ”と口を開こうとすると、それよりも早く、「鉄砲撃ちが山にへえってるから、穴から出るな」・・・???
「おじいさん、なにゆってるん。**だで、**がけえってきたんだで」と祖母がいうと、祖父は「なんでえ、**けえ、おらあ、たぬきが遊びいきたんだと思ったでえ」と、驚いたような目を私に向けました。
驚いたのは、私の方です。
『邂逅の森』の主人公、松橋冨治は秋田県北部を流れる米代川の支流、阿仁川上流の打当の集落のマタギ。大正3年に25歳だから、私の祖父よりも12歳年上です。まあ、ほぼ同世代ですね。
『邂逅の森』 熊谷達也 文春文庫 ¥ 902 マタギとして成長する冨治は地主の一人娘と恋に落ち、村を追われる。直木賞の感動巨編 |
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冨治はマタギという仕事に自信と誇りを抱けるようになった頃、地主の一人娘と恋に落ち、村を追われ、マタギという仕事も失ってしまいます。鉱夫という仕事で生きて行かざるを得なくなる冨治だが、マタギという仕事に自信と誇りを持ってやってきた経験は、鉱夫の世界でも確実に生かされていきます。
鉱夫の世界で悲しい別れや大きな事故を経験し、やがて冨治は、マタギの世界に戻っていきます。そして、村を追われて以来、失われてしまった自分の人生を、取り戻していくことになります。
その冨治も時代の移り変わりの中で、マタギを続けることに疑問を抱くようになります。その問いに答えるように、彼の前に山のヌシである巨大グマが現れます。
一人の人間の仕事人生を考えてみれば、多くの場合、まずは目の前にある仕事を一生懸命にやっていくということだと思うんです。本気でやっていけば、どんな仕事でも誇りを持ってやっていくことができるようになるんだろうと思います。その誇りを持った仕事を生涯通していけるとしたら、これは幸せなことでしょう。
冨治にとってマタギという仕事は、まさにそういう仕事だったわけです。しかし、時代の移り変わりの中で、マタギという仕事も移り変わっていきます。その中で冨治も迷うわけです、迷う冨治を試すように“ヌシ”は現れるわけです。
冨治が村を追われたのは、地主の一人娘と恋に落ちたからですが、冨治が娘に夜這いをかけたんですね。実は、祖父母の話なんですが、祖母は祖父のことが好きで、どうしても一緒になりたかったんだそうです。それが、他の男と一緒にされそうになって、それが嫌で秩父から行田に逃げたんだそうです。
行だと言えば足袋。その頃はとても豊かな街だったんだそうですが、そこに何らかの縁者がいたようです。とにかくよっぽどだったみたいで、無事祖母は祖父に嫁いで、四男三女に恵まれます。
祖母がそこまで祖父にこだわったのは、やっぱり祖父は、祖母に夜這いをかけていたんでしょうか。

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