めんどくせぇことばかり 『神霊の国日本』 井沢元彦
FC2ブログ

『神霊の国日本』 井沢元彦

悔しいなあ。

「日本がアメリカに負けるのは当然なのである」なんて言われちゃあなぁ。でも、しかたがないなぁ。たしかにその通りだもんなぁ。

日本には、言霊信仰があります。言葉は神聖なものであり、言葉には力があるという考えです。口に出したことは現実化するという意識が、頭で考えていなくても、どこかにあるんです。そのため次のようなことが起こります。四個大体なければ戦えないところに三個大体しかないにもかかわらず、帳簿には四個大体として足りない分は「欠一」と呼んで、存在しないことを明らかにしないんです。

これを評論家の山本七平さんは員数主義といったそうです。帳簿の上で数があっていれば、その数が存在することにしてしまうんです。それを追求されると、精神主義を持ち出すわけです。4対3なんですから、最初から勝てるはずがないのに、それで戦争をしてしまうんです。

しかも、その言霊信仰に加えて、怨霊信仰があります。

大東亜戦争においては、戦没者を“英霊”と呼んでいます。井沢さんは、この“英霊”を、怨霊の候補と言っています。昭和16(1941)年、アメリカが提示した日米交渉の覚書「ハル・ノート」では、日本は“中国”から一切手を引くことを要求してきました。“今”ではなく、“当時”を基準にすれば、これは非常識な要求でした。米大統領FDRにも、この「ハル・ノート」で、日本を対米戦争に踏み切らせようという意図があったのは、まず間違いありません。

FDRは、あまりにも大きな譲歩を日本に求めることで、日本を追い込もうとしたんでしょう。しかし、日本が対米戦争を覚悟したのは、迫られた譲歩の多少によるものではありませんでした。たしかに、日本は当時、“中国”に抜き差しならない権益を持っていました。・・・もちろんそれが関係するんですが、その“多少”そのものではないということです。

それらの権益は、当時で言えば、戦争を含む正当な国際関係の中で日本が手に入れたもので、そのために日本は多くの兵を失っていました。それを放棄することは、それら戦没者の犠牲を無にすることになります。戦没者の霊は怨霊となり、災いをもたらすことになります。

かつて国のために死んだ人たちを勝手に見捨てるのは、日本人の考えからすれば、一番やってはならないことです。英霊が怨霊になってしまうからです。

日本においては、人間は死んでも無にならないんです。


秀和システム  ¥ 1,540

令和の時代にあらためて読みたい。日本人の行動原理を歴史に学ぶ
第1章 日本人と神と霊
第2章 日本人と独裁者
第3章 日本人と英雄と名将


「死んで護国の鬼になる」と言って、本当に死んでいった人たちがいたわけです。せっかく護国の鬼になってもらったって言うのに、その人を裏切れますか?

楠木正成は、足利尊氏に追い詰められて自刃するに当たり、「何度でも生まれ変わって国のために尽くす」と言い残したと言います。「七生報国」って言葉がそうですね。そう書いた鉢巻を頭に巻いて、特攻隊として突っ込んでいった兵もいたわけです。

怨霊信仰が朱子学の大義名分論に補強されてしまってますね。

元寇が神風によって打ち払われたという伝説は、そうして死んでいった者たちの霊によって日本は守られているという考えと相まって、《神風特別攻撃隊》を生み出していくわけです。

たしかに、そんな考えを持ってたら、アメリカに負けますよね。明治維新から日露戦争までは、その考えを封印して富国強兵に邁進した日本でした。そういう時代もあったんです。ただ、それで油断したら、もともとの日本人を隠しきれなくなっちゃったんですね。

まったく、日本人はやっかいな信仰心を持っているもんです。

だけど、日本人の信仰心は、相手を許せない、他宗教の神の存在を認められない一神教が多数を占め、争い合う世界に、矛を収めさせるヒントを提示できるかも知れないと、井沢さんは書いています。

「天皇制を含む多神教を受け入れる日本のフレキシブルな思想需要構造は、もっと評価されていいし、特有の文化としてあぴーるしていい」って。

先日の天皇の即位正殿の儀における今上陛下のお言葉も、十分そんなヒントを提示しているように、私には思えたんですけどね。





関連記事

テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

コメントの投稿

非公開コメント

ありがとうございました



「《めんどくせぇことばかり》は、Amazon.co.jpを宣伝しリンクすることによってサイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定されたアフィリエイト宣伝プログラムである、Amazonアソシエイト・プログラムの参加者です。」
よくお越し下さいました

イーグルス16

Author:イーグルス16

息も絶え絶えです、ぜひ応援してください


現代とはなぜこんなにも棲みにくいのか。
前近代から近現代へと変貌し続ける世相の本質をつかみ生き方の支柱を示す。
カウンター
カテゴリ
こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本








































































リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
最新記事