『ひとりで生きる 大人の流儀9』 伊集院静
6月に猫が死んだ。
娘が高校3年の時、学校帰りに拾ってきてしまった。生き物の好きな娘で、死にかけた雀の子や、巣から落ちた燕の子を拾ってきたこともあった。雀の子はまもなく死んだが、巣立ち間近を巣から落ちたらしく、燕の子はベランダに出してやったら、親が迎えに来て、一緒に飛んでいった。
存命だった連れ合いの母親が、生き物がダメだったので、捨てられていても拾ってきてはいけないと言ってあったのに、入れられていて袋から這い出して道の真ん中にいた。次にここを走る車に轢かれて死んでしまうと、拾わずにはいられなかったらしい。ポスターを作ったりして、誰かにもらってもらう努力をしたものの、そのまま家で飼うことになった。
以来、12年間、家にいた。いろいろと難しい時期もあったんだけど、猫はいつも私を必要としていた。必要とされる以上、しっかり応えてやることに喜びを感じている間に、難しいことも乗り越えられた。
4月下旬、準備した水が足りなくなることが気になった。連れ合いが、水を大量に飲むようになったら病気で、もう長く持たないなんて話をどこかから聞いたきた。案の定、5月に入ってしばらくしたら、ごはんの食いが急に落ちた。心配しているうちに食べなくなった。医者に行ったり、ご飯を変えたりして、一喜一憂することはあったものの、結局食べなくなった。水もほとんど飲まなかった。
それを受け入れて、夫婦で看取ると医者には告げた。そこから猫は、ひと月近く生きた。猫はその不快を敵の接近と直感し、誰の目にもつかないところで死ぬという話を聞いたことがある。だけど、違った。猫は、私たち夫婦の近くで、徐々に力を失っていった。
その時が近いこと思われた夜、朝まで一緒にいようと話をしてまもなく、猫は全力を振り絞って身体を起こし、喉の奥から吹き出すように血のようなものを吐いた。すぐに抱きかかえると、猫はハーと、これまでに聞いたことのない太い息を三度吐き、そのまま絶命した。すべては私の腕の中で、連れ合いが頭を両手で支えている中でのことだった。
翌朝、庭の片隅に大きめの穴を掘り、猫は今でもそこに眠っている。私たちが一日のうちで一番長く時間を過ごす居間から、ほんの3mほどの場所である。
《大人の流儀》では、伊集院さんの愛犬、バカ犬のノボの話がたびたび出てくる。伊集院さんは、去年が限界だと予測していたと言っている。


「そうじゃねえよ」と思うことはいくらでもある。
伊集院さんの話の中に、天気予報士のことがたびたび出てくる。これも確かに、「そうじゃねえよ」の一つだ。天気予報に関わるなら命がけでやれ。相撲の行司と同じように、腰に短刀を差せ。間違えたら腹を切るつもりでやれ。その気持ちで予報するなら、多少なりとも確率は上がるだろう。コンピューターの計算したものを読み上げるだけなら、バカでもできる。せめて、予報を外したコンピューターは叩き壊せ。
温暖化がどうのこうのなんて、裏がある話に決まってる。IPCCの予測がイカサマなのは、もう決着がついている。あとは政治の話。国籍をこえて、世界の若者たちが動き始めていると言うが、若い奴らのほうが未熟なのだ。いちいちニュースで偉そうに取り上げるな。
でかい台風なら昔もあった。大雨被害に苦しめられたから、それなりの名前をつけて、そこが水の出る場所であることを後の人に伝えた。ところがそこは今、住宅地になっている。水の出る場所であることが分かっては売れないので、あかね台とか、旭ヶ丘とか、歴史や土地性になんの関係もないキラキラネームになっている。
でかい台風や大雨被害も温暖化のせいだと平然と言う。だからパリ協定だと言う人がいるが、今起こっていることに対策するのが、人間にせいぜいできるところだ。
だけど、勤め人という立場だと思ったとおりには行動できないし、口に出すこともできない場合もある。「そうじゃねえよ」と否定している流れに乗っかんなきゃならないことだってあった。この戦いは、きわめて孤独なものだった。これ以上、仕事を続けていると、もうバカに取り込まれざるを得ない。それもあって、仕事はやめた。
やめた仕事は教員だった。優秀な人が多かった。ただ素直すぎる。彼らは受け入れる。自分の頭で考えたとは思われないのに、それでも容易に受け入れる。新人なのに老成しているかのような者もいた。あの人たちは、その方が楽なんだろうか。
仕事をやめた今、勝負はこれからだと思う。
うちの各部屋のドアは、猫が通るので完全には締めてない。朝、暗いうちに起きると、猫は気配を感じて下りてきた。下りてきてご飯をねだった。朝、暗いうちに起きると、時々、今でも何故か締めてないドアが、ギィといって開くことがある。
娘が高校3年の時、学校帰りに拾ってきてしまった。生き物の好きな娘で、死にかけた雀の子や、巣から落ちた燕の子を拾ってきたこともあった。雀の子はまもなく死んだが、巣立ち間近を巣から落ちたらしく、燕の子はベランダに出してやったら、親が迎えに来て、一緒に飛んでいった。
存命だった連れ合いの母親が、生き物がダメだったので、捨てられていても拾ってきてはいけないと言ってあったのに、入れられていて袋から這い出して道の真ん中にいた。次にここを走る車に轢かれて死んでしまうと、拾わずにはいられなかったらしい。ポスターを作ったりして、誰かにもらってもらう努力をしたものの、そのまま家で飼うことになった。
以来、12年間、家にいた。いろいろと難しい時期もあったんだけど、猫はいつも私を必要としていた。必要とされる以上、しっかり応えてやることに喜びを感じている間に、難しいことも乗り越えられた。
4月下旬、準備した水が足りなくなることが気になった。連れ合いが、水を大量に飲むようになったら病気で、もう長く持たないなんて話をどこかから聞いたきた。案の定、5月に入ってしばらくしたら、ごはんの食いが急に落ちた。心配しているうちに食べなくなった。医者に行ったり、ご飯を変えたりして、一喜一憂することはあったものの、結局食べなくなった。水もほとんど飲まなかった。
それを受け入れて、夫婦で看取ると医者には告げた。そこから猫は、ひと月近く生きた。猫はその不快を敵の接近と直感し、誰の目にもつかないところで死ぬという話を聞いたことがある。だけど、違った。猫は、私たち夫婦の近くで、徐々に力を失っていった。
その時が近いこと思われた夜、朝まで一緒にいようと話をしてまもなく、猫は全力を振り絞って身体を起こし、喉の奥から吹き出すように血のようなものを吐いた。すぐに抱きかかえると、猫はハーと、これまでに聞いたことのない太い息を三度吐き、そのまま絶命した。すべては私の腕の中で、連れ合いが頭を両手で支えている中でのことだった。
翌朝、庭の片隅に大きめの穴を掘り、猫は今でもそこに眠っている。私たちが一日のうちで一番長く時間を過ごす居間から、ほんの3mほどの場所である。
《大人の流儀》では、伊集院さんの愛犬、バカ犬のノボの話がたびたび出てくる。伊集院さんは、去年が限界だと予測していたと言っている。
『ひとりで生きる 大人の流儀9』 伊集院静 講談社 ¥ 1,000 ひとりで生きることは、一見淋しいものに思えるが、実は美しい人間の姿であるのかもしれない |
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「そうじゃねえよ」と思うことはいくらでもある。
伊集院さんの話の中に、天気予報士のことがたびたび出てくる。これも確かに、「そうじゃねえよ」の一つだ。天気予報に関わるなら命がけでやれ。相撲の行司と同じように、腰に短刀を差せ。間違えたら腹を切るつもりでやれ。その気持ちで予報するなら、多少なりとも確率は上がるだろう。コンピューターの計算したものを読み上げるだけなら、バカでもできる。せめて、予報を外したコンピューターは叩き壊せ。
温暖化がどうのこうのなんて、裏がある話に決まってる。IPCCの予測がイカサマなのは、もう決着がついている。あとは政治の話。国籍をこえて、世界の若者たちが動き始めていると言うが、若い奴らのほうが未熟なのだ。いちいちニュースで偉そうに取り上げるな。
でかい台風なら昔もあった。大雨被害に苦しめられたから、それなりの名前をつけて、そこが水の出る場所であることを後の人に伝えた。ところがそこは今、住宅地になっている。水の出る場所であることが分かっては売れないので、あかね台とか、旭ヶ丘とか、歴史や土地性になんの関係もないキラキラネームになっている。
でかい台風や大雨被害も温暖化のせいだと平然と言う。だからパリ協定だと言う人がいるが、今起こっていることに対策するのが、人間にせいぜいできるところだ。
だけど、勤め人という立場だと思ったとおりには行動できないし、口に出すこともできない場合もある。「そうじゃねえよ」と否定している流れに乗っかんなきゃならないことだってあった。この戦いは、きわめて孤独なものだった。これ以上、仕事を続けていると、もうバカに取り込まれざるを得ない。それもあって、仕事はやめた。
やめた仕事は教員だった。優秀な人が多かった。ただ素直すぎる。彼らは受け入れる。自分の頭で考えたとは思われないのに、それでも容易に受け入れる。新人なのに老成しているかのような者もいた。あの人たちは、その方が楽なんだろうか。
仕事をやめた今、勝負はこれからだと思う。
うちの各部屋のドアは、猫が通るので完全には締めてない。朝、暗いうちに起きると、猫は気配を感じて下りてきた。下りてきてご飯をねだった。朝、暗いうちに起きると、時々、今でも何故か締めてないドアが、ギィといって開くことがある。

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