めんどくせぇことばかり 自己実現『未踏の野を過ぎて』 渡辺京二
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自己実現『未踏の野を過ぎて』 渡辺京二

“自分らしく” “自分らしさ”

どれだけの若者が、この言葉に苦しめられているだろう。ありもしないものを言葉にすることを求められても、そりゃなんとも言えるわけがない。本来は、そんなこと言葉にするまでになく、顔も違えば声も違う。背の高さも違うし、好きな食いもんも違う。ものの考え方や行動様式の違いは他人から見て分かるもので、そりゃ、「私はこういうもんでございます」と皿の上にのっけてお出しするようなものではない。

それを、「自分らしさは何?あなたらしさはどこにあるの?」と問うのは、腹に何らかの企みを隠しているからだ。今の世の中がまさにそう。

「子どもたちには無限の可能性がある」

この言葉も罪深い。その可能性を奪ってはいけないと言う。親の仕事を継げなんて、こりゃとんでもないことだ。それを子どもに期待する親は最低と言うことになるな。親の仕事を継いでしまった子どもは、自らの無限の可能性をドブに捨てた愚か者と言うことだ。

だけど、可能性って言うのは、「できるかもしれない」ってことで、出来るという意味ではない。無限の可能性と言った場合、潜在的発展性と言うことで、つまりは「出来ないとは言い切れない」という程度のこととで、そんな蜘蛛の糸をつかんで極楽を目指すようなことに子どもたちを駆り立てるのに、悪巧みがないはずがない。

自分をひけらかすことは恥でした。そういうことを避けて、私たちの世代は生きてきました。そんな私たちが今の若い人たちを見て、あまりの明け透けさに、・・・。

実は最近、実際にそんな場面に出会いました。若い人の結婚式でのことです。近しい人でしたので、二次会まで付き合うことになりました。新郎新婦、両方の友人たちの明け透けなこと。数人いた私たち同様、その親世代は目を白黒させてしまう始末。

「若い人はいいわねぇ」というご婦人の言葉の背景には、そう振る舞うことの出来なかった自分の世代、それを恥として避けてきた世代への悔恨が感じられた。だけどそうか。この若い人たちは、私にはどこか可哀想に、哀れに思われた。




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ことば、生と死、仕事、身分、秩序、教育、環境など現代がかかえる歪みを鋭く分析
無情こそわが友
大国でなければ行けませんか
社会という幻想
老いとは自分になれることだ
文章語という故里
直き心の日本
三島の「意地」
つつましさの喪失
現代人気質について
未踏の野を過ぎて
前口上を一席 不況について一言 不況について再言
「あげる」の氾濫 街路樹エレジー 樹とともに生きる
樹々の嘆き 消え去った含羞 当世流のしゃべりかた
今のしゃべりかた再考 現代の反秩序主義 
覚醒必要な戦後左翼
前近代は不幸だったか
懐古の意味はどこにあるか 江戸時代人にとっての死
身分制は汚点か 主従関係を見直す 家業と家並み
私塾の存立
母校愛はなぜ育ちにくいか
ある大学教師の奮闘
佐藤先生という人


著者の渡辺京二さんが、この本の『現代人気質について』と名付けられたエッセイ、これは精神科医の方々に招かれての講演を、そのままこのエッセイ集に載せたもののようだが、その中で今の社会でその重要性が取り上げられている《自己実現》について発言している。

「欧米人が自己主張、言いかえれば自分を宣伝できない人間を阿呆とみなすことはよく知られて事実ですが」とおっしゃってるけど、まさしく私たちの世代まではそうでした。でも今では、日本でもそれが、つまり自分を宣伝することが、自分を顕示することが美徳になったんだな。

“自分らしさ”を探しに出かけたまま道に迷った若い人は、ただ、人生を棒に振るために生まれた来た愚か者として年老いていきます。無限の可能性を信じて都会を目指した若者が底辺にくすぶってしまったとしても、それは本人が低脳だったと言うだけで、無限の可能性をあおった者にはなんの責任もないわけです。

おお、今まさにラジオのお姉ちゃんが言っている。「LGBT含めすべての人が夢に向かって自分らしさを実現できるように」って、小児性愛嗜好者が自分らしさを実現したらどうするんだ。

渡辺京二さんの言葉を借りれば、《平凡に対する嫌悪》。これは質が悪い。

私のお母さんは恋愛もせずお見合いでお父さんと結婚して、子どもを産んで、それを育てるだけで一生を終えてしまった。このお母さんの一生を娘が”不幸な一生”と考え、そんな一生はいやだと考える。自分らしく生きようと、無限の可能性を追求しようという若い人は、それが自分の傲慢だとは気がつかない。

平凡ながら人としての務めを果たし、二人仲良く子どもを育てた。

これがすべてだ。もしそのあとに、自由になる時間とちょっとした経済力が残されていれば、完璧な人生におまけがついたと言うことだ。

そういう人生を可と出来ず、自分らしく、無限の可能性を追い求める人は哀れだ。イチローはそういう人生を可とした上で、彼方の夢を追い求めるのではなく、今の自分を少しずつ改善して、結果として果てしなく遠くにたどり着いたのだ。




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ジャンル : 本・雑誌

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「沖縄の人は優しい」と皆が口をそろえる中、なぜ、自殺率やいじめ、教員の鬱の問題は他の地域を圧倒しているのか。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本






















































































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