めんどくせぇことばかり アメリカ『変見自在 中国は2020年で終わる』 髙山正之
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アメリカ『変見自在 中国は2020年で終わる』 髙山正之

今年の冬は例年と違って冬晴れが続かない。先日の19・20・21日の日月火曜日、珍しく気持ちのいい晴れが続いた。日曜日は最初から二日酔い予定だったものの、月火曜日は山に行けるはずだった。事実、月曜日は車で山に出かけた。登山口近くの駐車スペースに車を止め、ザックを肩にかけようとしたら、腰が砕けた。

家を出る前から嫌な予感はあった。にもかかわらず、それを認められず、無意識に否定していた。登山口まで1時間の運転で、腰はすっかり悪化していた。そこからまた1時間かけて家に帰る間に、さらに悪くなった。

もしも“嫌な予感”の段階で自重していれば、おそらく翌日の火曜日には出かけられただろう。それもだめになった。週間予報では、しばらくはっきりしない天気が続くようだ。

晴耕雨読とばかり、天気が悪いときは本でも読んでいればいいわけだけど、腰が痛いとそれも難しい。

年に一度発行される、髙山正之さんの『変見自在』も、ちょうど読み終わってしまった。しばらくぐずついた天気は続くようなので、もう一度頭から読み返してみようかな。京はその中から、アメリカに関することを取り上げてみた。


日露戦争のさなか、地元紙サンフランシスコ・クロニクルはすさまじい反日キャンペーンを張った。日系人は故郷に送金するだけで地元に金を落とさない。写真だけで伴侶を決め、結婚に愛はない。日本人は白人の知恵を盗む。

当時、高峰譲吉が副腎からアドレナリンを抽出し、結晶化に成功した。ところが米国人ジョン・エベールが「高峰は研究を盗んだ」と、勝手にエピネフリンと名付けた。後にエベールのウソはばれるが、米医学界は今もエピネフリンを正式名にする。

日露戦争が終わった頃、サンフランシスコ大地震が起きた。日本人は同情し、今の金で50億円もの見舞金を寄せた。それは他国からの義援金の総額よりも多かったが、このあとサンフランシスコは日系人児童を公立学校から閉め出した。

アメリカ人によるものではないが北里柴三郎も嫌な思いをした。古くからヨーロッパ人たちを苦しめてきたペスト。そのペストが1894年にイギリス支配下の香港ではやった。北里が香港に入ると、到着の二日後にペスト菌を発見し、その二日後にはネズミが媒介するのを確認したという。ネズミを駆除して、ペストはまもなく沈静化した。

白人がたどり着けなかった答えを、日本人が数日で出してしまった。すると、フランス人医学者のアレクサンドル・イェルサンが「私もペスト菌を発見した」と発表した。北里の発見の一週間後である。

欧米医学界はイェルサンの証言を即座に認め、ペスト菌の学名を《キタザト・イェルシニア・ペスティス》とされた。その4年後、北里の名が第1回ノーベル賞候補として上がった。血清療法の功績が評価されたものだが、ノーベル賞は助手のフォン・ベーリングが受賞した。さらにペスト菌の発見から70年後、ペスト菌の長い学名が短く変更された。《イェルシニア・ペスティス》と、北里の名前が削られていた。





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世界の正しい歴史を知り、真実を読み解いて、世に蔓延るまやかしを一刀両断!
第一章 今日も朝日にウソが載る
第二章 世界に蔓延るデタラメの数々
第三章 非道国家はますます健在
第四章 歴史を知れば全てが分かる
第五章 困った隣人とどう向き合っていくか


日清戦争後のしばらくの間、日本と“中国”の関係はまれに見る良好なものだった。満州民族王朝の清は日本に敗れたことの意味を真剣に考え、漢人の学問である四書五経をやめて、日本人がやったように洋学を志してみた。それで京師大学堂、後の北京大学を建て、海外留学を奨励した。

海外留学先で最も多かったのは日本だった。日本側もすぐに各大学が積極的に中国人留学生を受け入れた。魯迅・周恩来・陳独秀も、年に1万もの若者が日本にやってきて学んだ。彼らはそこで世界を知り、秋瑾は女性解放運動に、陳独秀や宋教仁は議会制を叫んだ。中国人が純粋に国を憂え、燃え上がった時期だった。

「日中が提携すれば白人国家がアジアに持つ権益を危うくする」と駐北京ドイツ公使フォン・グレイルが黄禍論をぶち上げた。“中国”進出を至上命令と考えるアメリカも同様だった。彼らは日中提携を阻むため、日本に向かう中国人留学生に目をつけた。アメリカは北京に精華大学を建てて顎足つきで漢人の若者をアメリカ留学に誘った。反日の急先鋒となる顧維鈞、胡適、董顕光などがおり、宋美齢もその一人だった。

親密だった日中の関係は袁世凱の時に暗転した。米国に促された袁世凱は日本食の強い議会を解散し、満州権益の延長申請に過ぎなかった21箇条の要求を政治問題化し、日本を“中国”の的に仕立てた。

アメリカはパリ会議で発言権のない“中国”代表に演説を許し、ジャーナリストの董顕光が反日をあおり、顧維鈞と米公使のポール・ラインシュが学生をたきつけ、それが五・四運動になった。日中の関係はアメリカの思惑通り180度転換した。

あれから100年、習近平は「五・四運動の核心は漢人の愛国主義」と、アメリカ外交の勝利を称えた。

だけど、その習近平が米トランプ大統領に苦しめられている。朝日新聞やリベラルは、どのシーンでも“中国”・北朝鮮・韓国の側に立ってトランプをこき下ろすけど、その分、トランプ大統領の当たり前の目に対する信頼が増す。





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ジャンル : 本・雑誌

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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本






















































































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