めんどくせぇことばかり 『蛍の唄』 早乙女勝元
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『蛍の唄』 早乙女勝元

もとは、早乙女勝元さんの書いた『戦争と青春』という小説だそうだ。

それを、同じ名前で早乙女さん自身か脚本化して、1991年に映画化したんだそうだ。文庫になったのは、ずいぶん遅れて、2016年のことだという。

物語の舞台は、戦後45年目の下町ということになる。高校2年生の花房ゆかりは夏休みの課題、《身近な人たちの戦争体験》をまとめるために奔走していた。彼女が取り組んだのは、今は認知症の進行しつつある伯母の、東京大空襲の時の体験を調べること。もっぱら取材の対象は、その時一緒に行動していた伯母の弟であるゆかりの父になるが、なぜか父は、それを語りたがらない。

思い過去が隠されていたわけだな。映画化に当たっては、工藤夕貴が現代っ子のゆかりと若き日の伯母花房咲子の二役を務めたそうだ。さぞ可愛らしかったことだろう。

戦後45年目といえば1990年、私は30歳で歴史の教員、高校生に同じような課題を出す立場にあった。伯母の咲子さんは65歳か。・・・実は、私の連れ合いの両親は、義父も義母も、あの3月10日を逃げ惑い、生き残った人だった。物語の中の咲子さんよりも義父は2歳、義母は1歳下と言うだけの同年配だった。

義父は何度か話をしてくれた。橋を渡って逃げようとすると、人に死体が山のようになってるんだって。それを踏んづけて、手でかい分けて進んだって。だけど火に巻かれて、もうダメかというところで、清澄庭園の池に飛び込んで難を逃れたって。

義母は最後まで話してくれなかった。何度目か、聞いたとき、「歴史の先生だから話してやりたいけど、思い出そうとしただけで、あの時の匂いが、本当に鼻の奥に残っているようで、気持ち悪くて立っていられなくなるの。ごめんなさいね」と言われた。

焼夷弾の油の匂い、火事の匂い、なにより人が焼けていく匂い。・・・それきり、義母に聞くのはあきらめた。

そうだ。1990年なら、終戦前に人格形成を終えていた人たちも、まだ生きてたんだ。今は2020年、あれからさらに30年も経ってしまった。1990年ですら、「昔むかしその昔」、「大昔のことだよ、時代モノ」、「時代モノと言ったら、まるでチョンまげよ」とゆかりの友人たちが言っている。ゆかりはじめ、その友人たちも、取材を進めるうちに、それが“今”を生きている人の人生の一コマであったことに気づいていく。

今はどうだろう。義父も、義母も、もう何年も前に亡くなった。




『蛍の唄』    早乙女勝元


新潮文庫  ¥ 時価

昭和20年3月10日、炎の中で何があったのか。思い過去を背負い続けた父は
第一章 蛍こいの唄
第二章 勇太の回想
第三章 謎は火中にあり
第四章 三月十日のこと(勇太の手記)
第五章 チマ・チョゴリの人


30年近く前に書かれたものだけど、この文庫版に早乙女勝元さんが“あとがき”をつけたのは2015年11月。

《「いつか来た道」と重なるこんにちの不穏な状況》とは、いったい何をさして言っていることであるのか。

早乙女さんが書いたこの物語は、いくつもの対照が行なわれて物語が進行していく。いくつもの対照が行なわれて、二つに分けられていく。早乙女さんたちの側と、そうではない側。

幼いときに小児麻痺を患い右足が不自由になった末ちゃんのお母さんと、隣組長の黒川金次。

戦闘帽を目深にかぶって身体の弱い子どもをなじる教師と、負けるが勝ちと励ましてくれる温和な教師。

微笑ましい姉とその思う人の様子と、姉と歩いていた兄をわけも聞かずに殴った上官。

兄の戦死の弔問に、戦死は名誉という隣組長と、親身になってやりとりを交わす姉の思い人。

女は人間としての権利がゼロ日かかった昔と、今。

夕張炭鉱と朝鮮人徴用工。

小林多喜二と特高。

憲兵隊と非国民。

天皇制軍国主義と、中国人。

日本と、日本の植民地だった朝鮮。

朝鮮人を半島人と呼んで差別する戦時中の日本人と、チマチョゴリを着て歩く在日の娘たちに見とれてしまった現代に生きているゆかり。

人にはそれぞれ、複雑な事情ってものがあるから、そうきれいに分けちゃうと、物語が嘘っぽくなる。分けたくなるけど、本当は分けられない。そこに物語が生まれる。・・・はずなんだけどなぁ。

ゆかりの父、伯母の咲子と3月10日を逃げまわった父は、“暗黒の時代”と言い切る。早乙女さんは12歳で東京大空襲に遭ってるけど、12歳までの早乙女さんは、やはり同じように“暗黒の12年間”を過ごしたのか。

東京大空襲を題材にしながら、早乙女さんが攻めるのは、米軍だったり、カーチス・ルメイだったりするわけではなく、その矛先はひたすら“天皇制軍国主義”とやらに向けられている。

「一般市民への無差別爆撃は、日中戦争の初期に日本軍が先にやっているということも忘れちゃいけないことなんだね。すべて天皇制軍国主義の責任だが、たとえば中国の重慶なんていう町は、日本軍により200回以上も爆撃されて、散々な目に遭っている」と、東京大空襲という民間人大量虐殺という世紀の戦争犯罪を、重慶爆撃を持ち出して相対化してしまっている。

だいたい重慶の責任なら、日本よりも蒋介石に取らせるべき問題だ。それに、ここで持ち出すなら、銃後を直接攻撃するというやり方はアメリカがインディアンを絶滅させたときに使った手であったことの方がふさわしい。

戦後75年、この物語からでも30年近く、早乙女勝元さんの中では何も変わってないのかな。・・・それが不思議。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本












































































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