民族主義『日本の敵』 宮宅邦彦
共産主義という悪魔を、チャーチルやFDRが、少しでも深く理解していたら、もう少しマシな世界になったいただろうに。
FDRなんか、共産主義を、あるいはスターリンを制御できると踏んで、逆にうまく利用され、第二次世界大戦の戦果の多く、世界の半分をソ連にただでくれてやることになった。なにしろ、アジアで共産主義の拡散を封じ込めていた日本を、ぐうの音も出ないほど叩きのめしちゃったんだからな。日本の代わりにアメリカがアジアに出張って、・・・それ以降は失敗ばかり。
ともあれ、第二次世界大戦後の世界は、米ソを軸とする冷たい戦争、冷戦の時代に入った。第二次世界大戦以前の民族主義の高まりを原因とする対立は、共産主義と自由民主主義という二つのイデオロギーの対立に吸収された。第二次大戦前のナショナリズムは、冷戦時代のインターナショナリズムに、強引にねじ伏せられる形となった。
しかし、1989年にベルリンの壁が崩壊し、1991年には共産主義の母国ソビエト社会主義共和国連邦が地上から消えた。これは、共産主義に対する自由民主主義の勝利を意味した。同時に、インターナショナリズムにねじ伏せられていたナショナリズムを解き放つことを意味していた。共産主義に勝利した以上、もはや自由民主主義は民族主義を封じ込めておく大義名分を失った。
1945年以前の民族主義は、再び野に放たれることになったのだ。
東欧では、ソ連の傀儡だった独裁者たちが追い詰められていく。ユーゴスラビアで高まった民族主義なんて、1991年の6月には始まって、六つの民族共和国が七つに分裂するという混乱を生み出した。
同様に、ソ連崩壊後、“唯一の超大国”となったアメリカ合衆国の力を試すように、中東に問題が発生していく。この本の著者、宮宅邦彦さんは、現在のイラクやシリアをおおう大混乱は、実は第一次世界大戦後始まったオスマン帝国崩壊の新段階ではないかと言う仮説を立てている。
この本は2015年に出された本で、残念ながらすでに時価になってしまっている本である。だけど、国際世界が関心を向けなくなったために報道される機会が減少したかも知れないが、その時の混乱は、何ら解決されたわけではない。
その問題の根源に、冷戦の終了によって民族主義が解き放たれたことにあるのではないかという宮宅さんの仮説は、大変興味深く思われたので、紹介してみたいと思う。
トルコは可哀想だった。ケマル・アタチュルク以来、民主化、西欧化を進めたトルコは、1960年代から欧州の一員となることを切望していたそうだ。
冷戦時代、ソ連を封じ込めるため、トルコはNATOに歓迎され、その一員としての役割を果たしてきた。同時に、冷戦後EUが設立された当初からトルコが加盟を切望していたにもかかわらず、EUはそれを拒否している。
どうも、現在のエルドアン大統領は、利用されるばかりのEU加盟をめざすことをやめて、中東における影響力拡大に舵を切ったようだ。エルドアン大統領が、徐々にイスラム化を進めているのは、トルコ民族の原点回帰、民族主義の現れではないかという。トルコには軍部主導の伝統的世俗主義があって、エルドアン大統領のイスラム化に危機感を抱いてクーデターを起こしたのは2016年だった。
世俗主義からのイスラム化が、民族主義の一形態であるなら、その先駆けとも言える1979年のイラン・イスラム革命はどうか。宮宅さんは、そのイスラム過激主義の政権掌握を、欧米世俗主義に迎合した専制君主を倒してペルシャ人シーア派独立国家をめざす、ペルシャ民族主義の復活ではないかという。
その直後に発生したイラン・イラク戦争で湾岸アラブ諸国がイラクを財政支援したのは、アラブに対するペルシャ帝国の逆襲と考えたからではないかという。民族主義が背景にあったということだ。
オスマン朝の滅亡後、イラク、シリア、ヨルダンなど、英仏が勝手に定めた国境線は、アラブの王政や独裁政権によって維持されてきた。大きな変化のきっかけは2001年のアメリカ同時多発テロと、それに続く報復戦争、そのままイラク戦争へと流れ込み、フセイン政権を打倒した。
イラク独裁制の崩壊の影響はチュニジア、エジプト、シリア、リビア、イエメン、ヨルダンにも及び、一連の動きは「アラブの春」と呼ばれたが、これで幸せになった国は一つもない。しかも、一連の戦いの中で、カリフ制の復活をめざすイスラミック・ステイツという過激派が力を持ち、混乱に拍車をかけた。
イラクに今残された残されたものはなにか。イラク北部のスンニー派アラブ、イラク北東部のクルド、イラク南部のシーア派アラブという三つの民族主義であるという。
2001年~2003年のアメリカによる軍事介入のあと、オバマ大統領は非介入主義に切り替えた。これが大きな変わり目だった。王政、君主制、独裁共和制による強権主義が悪と決めつけるのは簡単だが、それを倒して議会制民主主義に置き換えても、中東は収まらない。力の空白が生まれて過激派の聖域となるばかり。
この時、宮家さんは、「2016年の大統領選挙次第」と言っていた。
私は、当時よりも、少しはマシな大統領になったと思っている。
FDRなんか、共産主義を、あるいはスターリンを制御できると踏んで、逆にうまく利用され、第二次世界大戦の戦果の多く、世界の半分をソ連にただでくれてやることになった。なにしろ、アジアで共産主義の拡散を封じ込めていた日本を、ぐうの音も出ないほど叩きのめしちゃったんだからな。日本の代わりにアメリカがアジアに出張って、・・・それ以降は失敗ばかり。
ともあれ、第二次世界大戦後の世界は、米ソを軸とする冷たい戦争、冷戦の時代に入った。第二次世界大戦以前の民族主義の高まりを原因とする対立は、共産主義と自由民主主義という二つのイデオロギーの対立に吸収された。第二次大戦前のナショナリズムは、冷戦時代のインターナショナリズムに、強引にねじ伏せられる形となった。
しかし、1989年にベルリンの壁が崩壊し、1991年には共産主義の母国ソビエト社会主義共和国連邦が地上から消えた。これは、共産主義に対する自由民主主義の勝利を意味した。同時に、インターナショナリズムにねじ伏せられていたナショナリズムを解き放つことを意味していた。共産主義に勝利した以上、もはや自由民主主義は民族主義を封じ込めておく大義名分を失った。
1945年以前の民族主義は、再び野に放たれることになったのだ。
東欧では、ソ連の傀儡だった独裁者たちが追い詰められていく。ユーゴスラビアで高まった民族主義なんて、1991年の6月には始まって、六つの民族共和国が七つに分裂するという混乱を生み出した。
同様に、ソ連崩壊後、“唯一の超大国”となったアメリカ合衆国の力を試すように、中東に問題が発生していく。この本の著者、宮宅邦彦さんは、現在のイラクやシリアをおおう大混乱は、実は第一次世界大戦後始まったオスマン帝国崩壊の新段階ではないかと言う仮説を立てている。
この本は2015年に出された本で、残念ながらすでに時価になってしまっている本である。だけど、国際世界が関心を向けなくなったために報道される機会が減少したかも知れないが、その時の混乱は、何ら解決されたわけではない。
その問題の根源に、冷戦の終了によって民族主義が解き放たれたことにあるのではないかという宮宅さんの仮説は、大変興味深く思われたので、紹介してみたいと思う。
『日本の敵』 宮宅邦彦 文春新書 ¥ 時価 安倍晋三が信頼を寄せる「本物のインテリジェンス」が冷徹な眼で分析した戦略論 |
|
トルコは可哀想だった。ケマル・アタチュルク以来、民主化、西欧化を進めたトルコは、1960年代から欧州の一員となることを切望していたそうだ。
冷戦時代、ソ連を封じ込めるため、トルコはNATOに歓迎され、その一員としての役割を果たしてきた。同時に、冷戦後EUが設立された当初からトルコが加盟を切望していたにもかかわらず、EUはそれを拒否している。
どうも、現在のエルドアン大統領は、利用されるばかりのEU加盟をめざすことをやめて、中東における影響力拡大に舵を切ったようだ。エルドアン大統領が、徐々にイスラム化を進めているのは、トルコ民族の原点回帰、民族主義の現れではないかという。トルコには軍部主導の伝統的世俗主義があって、エルドアン大統領のイスラム化に危機感を抱いてクーデターを起こしたのは2016年だった。
世俗主義からのイスラム化が、民族主義の一形態であるなら、その先駆けとも言える1979年のイラン・イスラム革命はどうか。宮宅さんは、そのイスラム過激主義の政権掌握を、欧米世俗主義に迎合した専制君主を倒してペルシャ人シーア派独立国家をめざす、ペルシャ民族主義の復活ではないかという。
その直後に発生したイラン・イラク戦争で湾岸アラブ諸国がイラクを財政支援したのは、アラブに対するペルシャ帝国の逆襲と考えたからではないかという。民族主義が背景にあったということだ。
オスマン朝の滅亡後、イラク、シリア、ヨルダンなど、英仏が勝手に定めた国境線は、アラブの王政や独裁政権によって維持されてきた。大きな変化のきっかけは2001年のアメリカ同時多発テロと、それに続く報復戦争、そのままイラク戦争へと流れ込み、フセイン政権を打倒した。
イラク独裁制の崩壊の影響はチュニジア、エジプト、シリア、リビア、イエメン、ヨルダンにも及び、一連の動きは「アラブの春」と呼ばれたが、これで幸せになった国は一つもない。しかも、一連の戦いの中で、カリフ制の復活をめざすイスラミック・ステイツという過激派が力を持ち、混乱に拍車をかけた。
イラクに今残された残されたものはなにか。イラク北部のスンニー派アラブ、イラク北東部のクルド、イラク南部のシーア派アラブという三つの民族主義であるという。
2001年~2003年のアメリカによる軍事介入のあと、オバマ大統領は非介入主義に切り替えた。これが大きな変わり目だった。王政、君主制、独裁共和制による強権主義が悪と決めつけるのは簡単だが、それを倒して議会制民主主義に置き換えても、中東は収まらない。力の空白が生まれて過激派の聖域となるばかり。
この時、宮家さんは、「2016年の大統領選挙次第」と言っていた。
私は、当時よりも、少しはマシな大統領になったと思っている。
- 関連記事
-
- 『新・戦争論』 佐藤優 池上彰 (2020/06/08)
- エボラ『新・戦争論』 佐藤優 池上彰 (2020/05/20)
- 民族主義『日本の敵』 宮宅邦彦 (2020/05/17)
- ユーゴ紛争『反日プロパガンダの近現代史』 倉山満 (2020/05/09)
- ナチスの原爆『ナチスの発明』 武田知弘 (2020/04/27)