めんどくせぇことばかり 『ココまで変わった学校の教科書』 コンデックス情報研究所
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『ココまで変わった学校の教科書』 コンデックス情報研究所

子どもの段階までは、教科書見てたけどね。

その段階でもずいぶん変わってたけど、本当に学校教育っていうのは、上の方針、文科省ね。上の方針によって、それが生徒児童に下ろされるときには、ずいぶん大きな変化になるんだよね。

息子はゆとり教育世代だけど、円周率は3だったからね。その頃は、小学校の歴史の教科書は、弥生時代から始まったそうだ。

だけど全体としては、教科書は面白くなりつつあるような印象があったな。その後は、どうだろう。実は、孫が小学校に入学した。武漢ウイルスのせいで、入学式もなく始まっちゃったけど。そう言えば先日、娘のうちに行ったとき、孫の教科書を見せてもらったんだ。

内容を検討するなんていうのではなく、ペラペラめくって見ただけだけど、面白そうだった。なにしろ色つきできれいだったしね。そう言えば、道徳の教科書があったな。あれも評価するんだよね。道徳で評価って、何を考えてるんだろうね。採用されている話自体は、とても良いものだったけどね。

私は歴史の教員だったんだけど、新たな発見があればね。それは、しっかり直していかないといけないね。歴史に関して心配なことといえば、旧態依然とした東京裁判史観が今でも幅をきかせているところだな。

鎌倉幕府の成立は1185年になっちゃったそうだ。1185年には平家を滅亡させ、頼朝が諸国に守護地頭を置く権限を握った都市だな。まえ、武士政権が誕生したわけだ。

だけど、これは幕府じゃない。

幕府っていうのは、征夷大将軍が派遣された地方に設置した、軍政における前線本部。「天皇によって征夷大将軍に任命される」ということが、日本の歴史を理解する上で非常に大事なんだな。

どうやら、“1185年”を主張する人々は、天皇という存在が日本の歴史に常に関与してきたという事実を、軽く扱いたいか、人の目をそらしておきたいと考えているように思える。

それから、あと歴史に関して不満なのは、人名や地名を、現地の発音に合わせようとしすぎること。リンカーンがリンカンくらいは良いよ。ルーズベルトがローズベルト。所詮Rの発音なんか日本語にないんだから、ローズベルトの方がちがいって言ったって、“ロ”と書いた途端に嘘になる。

英語のマゼランが、ポルトガル語のマガリャンイスも阿呆らしい。だったらどうして、ラテン語のコロンブスは、スペイン語のコロン、またはイタリア語のコロンボにしないのか。

ベネチアで良いじゃん。なんでヴェネツィア? ベネチアの方が、はるかに雰囲気を持っている。



『ココまで変わった学校の教科書』    コンデックス情報研究所


成美堂出版  ¥ 1,430

昭和~平成~令和で驚くほど変わった小・中・高の「今」の教科書を紹介
1章 歴史の時間
2章 社会の時間
3章 算数・理科の時間
4章 英語・国語の時間
5章 音楽・家庭科・体育などその他の時間
6章 学校生活の時間


文科省っていうのは、なにかと変えたがる。

学者もそうだな。なによりも大切なのは、それが正しいかどうかと言うことよりも、“変える”っていうことなんだな。前任者とは違うことを打ち出さなければ、功績にも何もならない。どうも、そういう意識が強いらしい。

東京大学の教育を専門とする教授あたりがアメリカに行って、流行の教育理論だかなんだかを仕入れてきて、それを文科省に持ち込む。文科省はそれを日本の学校に導入できるものに仕上げて、予算をつける。

予算がつくと、それに合わせて受け入れていかないと、予算配分から漏れてしまう。お金が動くことで、一気に態勢が動き始めるんだな。各都道府県教委、自治体教委を通してそれが現場に下りてくると、現場である学校の方にも目ざとい教員がいて、そこに出世の糸口なり、現場における主導権なりを見いだして、まるで魚が餌に飛びつくようにして釣られていく。

なんど、そういう光景を見たことか。高校の教員だったもんでね。

一時期、普通科の高校に、コース制というのを導入するのが流行ったことがある。外国語コースとか、体育コースとか、情報コースとか、中には観光コースなんて言うのもあった。体育コースを導入した学校では、新たにプールを建設した。数千万円かかったという。その学校は、その頃から定員割れが止まらない。観光コースを導入した学校では、修学旅行がヨーロッパ旅行だったとか。負担の増える親にしてみれば、迷惑だったろうな。ちなみにその学校は、今は跡形もない。

最近のはやり、私は仕事を辞めて1年少し経ったが、仕事している頃の最後の流行は、アクティブ・ラーニングっていうやつだった。下記のような授業展開だな。

1)「自律的に行動し、自ら考え、省察する力」
2)「言語や機器を使って表現・発信する力」
3)「他者との関わりを作り、協働して問題解決に向かう力」

そんなこと言われなくても、時と場合に合わせて適当にやってたけど、上から型どおり下ろされると、盲目的に実戦しちゃう奴がいるからね。そうすると迷惑するのは、気の弱い、あるいは物事を真剣に捉えるタイプの生徒さん。きっと、学校行かなくなっちゃう人も多いと思うよ。特に、中程度から下の学校ではね。

本当に、教科書っていろいろ変わってるんだな。帰るべきところは果敢に変えるべきだね。全般的には面白くなってると思うしね。歴史教科書が一番遅れているかな。



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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本
























































































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