めんどくせぇことばかり 外務省『世界を震撼させた歴史の国日本』 高山正之 宮崎正弘
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外務省『世界を震撼させた歴史の国日本』 高山正之 宮崎正弘

昭和20(1945)年9月2日、ミズーリ号で降伏文書への署名が終わり、その日の午後、占領軍は無条件降伏を前提として、「日本国民に米軍票を使用させ、日本の裁判所を閉鎖し、米国軍事法廷で一切の裁判を行なう」という布告をすると通告してきた。軍政を敷いて、直接染料をすると言うことだ。

ポツダム宣言に反するないようであり、重光葵がマッカーサーに直談判で抗議をし、占領軍の占領政策はいったん日本政府に発し、日本政府がその支持の元に占領政策を実施するという間接統治に落ち着いた。しかし、無条件降伏であるという前提もいったんは引っ込めたものの、日本軍の武装解除が終了した段階で、占領軍は再び無条件降伏を前提とした占領政策へと移行していった。

しかし、間接統治はそのまま実施されたことで、外務省は占領軍と日本政府をつなぐ窓口として、解体されずに存続することになった。外務省は以後、占領軍に忠実な犬となっていく。

日米開戦時に宣戦布告を時間通り手交できなかったことの責任者井口貞夫は、昭和26(1951)年の講和条約締結の際の事務次官になっている。前の晩の内にタイプを打たないで出かけてしまった奥村勝蔵は、占領解除後にやはり外務事務次官になっている。彼らはアメリカの犬になって、戦後も外務省に巣くっていった。

外務省のキャリアは、親も外務省のキャリアであるという人が多い。そうでない場合は、優秀な人物であれば大使経験者の娘を妻として結婚する。だから外務省の上の方は、学問でも門閥でもなく、閨閥でつながっている。

1973年3月、PLOテロ組織「黒い九月」がスーダンで、サウジアラビア大使主催のパーティを襲った。彼らはイスラエルでとらえられた仲間の釈放を要求してパーティに参加していた外交官を処刑していった。米大使クリオ・ノエルは、処刑前に妻に別れを告げ、息子には母を大事にするように告げて、裏庭に向かった。しばらくして銃声が聞こえたという。

その翌年、クエートの日本大使館が、PFLPと日本赤軍が襲った。日本赤軍兵士の釈放を求めての襲撃だった。その時の大使は石川良孝で、助成の更衣室に逃げ込んでいるところを連れ出され、外務省に電話して「助けてくれ、殺される、殺される」と命乞いをした。結局、日本は、テロリストの要求をのんで、彼は助かった。石川良孝は戻ってきた出世した。縁故がものを言うのが外務省。





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該博な歴史知識が次々に繰り出されるエクサイティングな知的格闘の書
第1部 古代から明治維新まで
本当はすごかった日本外交
情報に裏打ちされた聖徳太子の外交
日本文化を花開かせた菅原道真の「遣唐使」廃止 ほか
第2部 明治維新から大東亜戦争まで
マリア・ルス号事件に国際法で戦った榎本武揚
五箇条の御誓文が明治をつくった
朝鮮半島の混乱に引きずり込まれた日清戦争 ほか
第3部 戦後政治と歴代首相
アメリカの言いなりになった外務省
国より閨閥が大切な外交官たち
外務省の目にあまるノンキャリ虐め ほか



平成14(2002)年、瀋陽の日本領事館に脱北者の家族が亡命のため逃げ込んでくる事件が起きた。“中国”の武装警官が領事館内に立ち入り脱北者家族を引きずり出す際に、領事館員は一切関わろうとしなかった。あまつさえ、武装警官が落とした帽子を広って手渡す領事館員もいた。特命全権大使の阿南惟茂は、亡命者が大使館に入ってきた場合は追い返すよう指示を出していた。外務省では事が起こった際、「逃げろ」「対応するな」「抗議はあとでする」というマニュアルがあるという。ちなみに、阿南惟茂は、終戦時に陸軍大臣を務め、割腹自殺をした阿南惟幾の第6子。

平成4(1992)年、モロッコの首都ラバトで岡本治男公使が酔っ払って自動車を運転し、タクシーに衝突して現地の住民を死なせた。処分は停職一ヶ月。最後はドミニカ共和国の特命全権大使になっている。

昭和61(1986)年に、朝日新聞が原書房の高校歴史教科書に、「南京大虐殺をしっかり記述せよ」と難癖をつけた。“中国”外務省がそれに乗って非難声明を出した。この時外務省は、「戦後40年、“中国”とアジアで重ねてきた外交努力が水泡に帰す」から検定審製を取り下げるように、原書房に圧力をかけた。原書房が断ると、外務省は文部省に圧力をかけ、文部相が原書房に修正を指示した。この時、外務省には、検定不合格を画策するための検討チームが作られていたそうだ。

朝日新聞が、吉田清治のデタラメを取り上げて慰安婦問題に火をつけたのが、昭和57(1982)年のこと。平成26(2014)年に朝日新聞が間違いを認めるまでの32年間、慰安婦の嘘は世界を一人歩きしてきた。この間、嘘が世界を駆け回って日本が貶められているとき、外務省は何もしなかった。外務省は、慰安婦問題の間違った情報を糺すために、なんの行動も取らなかった。

“中国”が、南京大虐殺の資料だとして、関係文書をユネスコの世界記憶遺産に登録申請した.当時のユネスコの事務局長はブルガリアのイリナ・ボコバは、ブルガリア共産党の党員。平成27(2015)年9月に北京で開かれた抗日戦争勝利70年の記念式典に出席し、天安門の上で習近平と一緒に写っていた。その直後の10月、南京大虐殺資料は、世界記憶遺産として登録された。外務省が状況を自民党執行部に連絡したのは承認の寸前で、もはや手の打ちようがなかった。

外務省も、ノンキャリにはたくさん優秀な人がいるのにね。・・・一旦つぶすしかない一旦つぶすしかないな。立て直すまでの外交は、自衛隊にまかそう。


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ジャンル : 本・雑誌

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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本


















































































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