めんどくせぇことばかり 『失礼な日本語』 岩佐義樹
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『失礼な日本語』 岩佐義樹

あっ、そうそう!

そう、その通り。わたしも、同じように思ってた。そういう言葉がたくさん載ってた。特に、《第5章 イラッとする使い方―仲間内だけで結構です》には、そんな言葉がたくさん載っていた。

「~だそう」って言う表現、私もなにか、不自然さを感じてた。百名山を紹介する、小野寺昭さんがナレーションしている民放の番組で、この言い方をしていた。それを皮切りに、さまざまな番組で、この言い方がされているのに気がついた。「~だそうです」、「~だそうだ」までしっかり言ってもらわないと、なんだか収まりが悪い。「~だそうです」、「~だそうだ」という言い方で、相手に、断定的と捉えられるのを恐れてるんだろうか。

そうそう、それもそう。・・・この、「~そう」は良いよね。どれが“それ”かというと、コンビニで弁当を買うと、店員が「温めますか」って聞くの。私は、コンビニで弁当を買ったことはないんだけど、買った人がそう言われているのには、何度も出くわした。「温めますか」と聞かれたら、どう答えるのが正しいかって考えちゃって、・・・「余計なお世話だ」という言葉が浮かんじゃったんだ。私は弁当を買った人の後ろに並んでたんだけど、思わず吹き出してしまってね。弁当を買った人に振り向かれてしまった。

アカウンタビリティー?・・・なんじゃ?それ。・・・説明責任っていう意味なのか。そう言えよ。

ダイバーシティ?・・・なんじゃ?それ。・・・多様性って言う意味なのか。そう言えよ。

なんか、国会でも野党の議員が騒いでたな。イカデンス?タコデンス?ちがう、エビデンスだ。・・・わかんないよ。科学的裏付けっていう意味なのか。最初からそう言えよ。

新聞の校閲を仕事にする、言わば言葉のプロの方にしてみれば、いろいろな場面で引っかかるんだろうな。そう感じるたびに調べてね。生活の中で、言葉に触れないってことはあり得ないから、そのたびに立ち止まって調べるんだろうな。それをやっておかないと、仕事に差し障りがあるだろうからね。

《第6章 第6章 「たが」の外れた文章―書き言葉は丁寧に》、《第7章 失礼ワード20選―誤解必至です》は、大変、勉強になった。曲がりなりにも、ブログでつたない文章を晒しているわけだからね。恥をかくのは承知の上だけど、少しでもね。分かりやすく、読みやすい文章にしたいものだと思う。

ちゃんと、自分の文章を振り返ることが大事なんだな。・・・私は不十分だな。


『失礼な日本語』    岩佐義樹


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うっかりミスが致命的な失態になる。新聞のベテラン校閲者が教える文章マナー
第1章 「綸言汗のごとし」―首相の言葉チェック
第2章 敬語は難しいけれど―畏敬か敬遠か
第3章 固有名詞の怖さ―誤りはこうして防ごう
第4章 いわゆる差別表現―理解と配慮があれば
第5章 イラッとする使い方―仲間内だけで結構です
第6章 「たが」の外れた文章―書き言葉は丁寧に
第7章 失礼ワード20選―誤解必至です


あらたまった場所は、あとは身内の葬式くらいのもんだろう。

公の場での挨拶や、社会的な立場からの発言って言うのは、あらたまった場所だからこその失敗というものがあり、それ故のおかしさが生まれる。その場合、会場のざわざわが収まったあたりで、近くの人がこっそりと耳打ちすれば、それでいい。あとの飲み会の席まで引きずって、本人のいないところで大笑いというのは、人格のいやらしさが透けて見えて、出来れば同席したくない。

「慎んで・・・」は、「謹んで・・・」ですよ。「ご静聴」は、「ご清聴」ですよ。そんな感じだね。

《第1章 「綸言汗のごとし」―首相の言葉チェック》は、ちょっとやり過ぎて、嫌らしい。校閲の仕事とはいえ、毎日新聞の人らしいと言えばいいのか。私たちが毎日使う、大事な日本語に関する、とても面白く、ためになる本なのに、どうしてそこに政治的嗜好を持ち出してしまうのか。権力側を攻めている限り、自分に恥じることはないとでも思っているのか。だけど新聞の人って言うのは、守られた場所にいるからね。そこから反論できない立場の人を責めるのは、やはり卑怯に思える。たしかに、首相官邸から出てくる言葉が間違っているというのは、ちょっと困りもんだけどね。

差別的な表現というのも、たしかに扱いが難しいよね。《第4章 いわゆる差別表現―理解と配慮があれば》で取扱われているけど、言葉をかえると差別がなくなるわけじゃない。

目の見えない人、耳の聞こえない人、口のきけない人が、以前のような呼称がいやだって言うんなら、もう使わない。私は4年前まで片足が悪く、びっこを引いて歩いていた。びっこは歩くときに釣り合いのとれない状態を言うのだから、その人をそれ故に低めているわけじゃない。4年前以前に、私に対して「びっこ野郎」という奴がいたとしても、私が腹を立てるのは、言葉に対してじゃない。言った本人に対してだ。すべて、個々のケースだと思う。

妙齢は、年頃の女性を指す。それが最近、微妙な年齢の女性ととらえる人が増えているらしい。微妙な年齢ってなんだろう。もう若いとは言えないような歳の女性ということになると、元の意味からずいぶん離れてしまう。著者の岩佐さんは、これを扱いにくい言葉で、使う際には注意が必要と言う。

扱いにくい言葉という意味だろうか、「片手落ち」という言葉は、障害者差別の放送禁止用語に入っているそうだ。これは、「片手・落ち」で、一方の手がない人を指す言葉ととらえる人がいるからのようだ。そうではなくこれは、「片・手落ち」で、一方に対しては十分であるが、もう一方に対しては不十分であることを示す。

以前は傷痍軍人がたくさんいたからな。たしかにそういう人の前では、そういう意味合いではないとは言え、「片手落ち」は使いづらい。だからこそ、話題にすべきだと思うよ。

問題のありそうなことを、言葉を、避けちゃうのは、どんなもんかなぁ。まあ、著者の方は、新聞の校閲マンだからね。仕方がないよね。

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ジャンル : 本・雑誌

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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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