めんどくせぇことばかり 南京事件『封印の昭和史』 小室直樹 渡部昇一
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南京事件『封印の昭和史』 小室直樹 渡部昇一

領事森岡正平は、国民革命軍が入城した以上は「十中八九危険は去りたり」と判断した。

また、不測の事態が発生しても防備兵力は少なく、「無抵抗主義」で対処する以外に方法はない。むしろ中国側を刺激しないようにすべきだと考え、荒木大尉に”武装”撤去を求めた。

大尉は承知して、土のう、機銃を撤去して、正門も開いた。

午前七時ごろ、約三十人の国民革命軍兵士が訪ね、敗兵の所在を訪ねたが、不在という返事を訊くと、黙って退去した。

日本人一同がますます安心していると、約三十分後、こんどは五十人ほどの兵士が「疾風の如く」領事館事務所に乱入して、警察署長木村三畩の所持品を奪い、左腕に貫通銃創を負わせた。

同時に、居合わせた陸軍武官根本博少佐も腰を銃床でなぐられ、所長と少佐は領事館の病室に非難した。

二人が逃げると呼笛が吹き鳴らされ、すかさず平服の女性と青年を先頭にした兵士約二百人が、喚声をあげて領事館内になだれ込んだ。

掠奪品運搬のためか、トラック、馬車、人力車までが続行した。

乱入者は、意味のない叫声やかけ声のほかに、スローガンも唱えていた。

「英日帝国主義打倒!」

「華俄(中ソ)一家!」

あるいは、中国人から奪った日本人の財産を取りもどせ、という意味の声も聞こえた。

もっとも、それらスローガンの叫びは、少数の指導者のものらしく、乱入者の大部は、金を出せ、かくすと殺すぞ、といった表現を繰り返しては、館内をわれがちに物色した。

領事森岡正平は、荒木大尉を自室に呼んで頼んだ。

「気の毒乍ら各兵の階級章及帽子の如き標識を一時取り去られ度」

領事の報告によれば、荒木海軍大尉と水兵十人は官邸北側の「ボーイ」室に待避していたが、館内の避難邦人の間から、大尉たちの軍装が中国側を刺激する恐れがある、との意見が出たので、領事も「右は不得已る要求」と判断して、大尉に要請した、という。

荒木大尉は血相を変えた。

国家と国民を外敵から守るのが、軍人の本務である。いまや、準日本領土である領事館と日本国民が襲われている。

それなのに、戦うな、というだけでなく、軍装も解け、と領事は言う。

軍人が軍装を解かれるのは、退官の場合を除けば、「敵の軍門に下る」か、犯罪行為により軍籍を剥奪されるとき以外にはない。

一戦もこころみずにそのような「恭順」姿勢を示すのは、軍人としてはあまりにも不名誉である。

いや、その種の「度を過ごしたる無抵抗主義」は、相手の自制心を誘うどころか、帰って増長心を刺激して暴行を激化させるのではないか・・・。

荒木大尉は、しかし、「在留民の生命が風前の灯火にも比すべき時」だから、と病床に深々と頭をたれる領事を凝視すると、とっさに承知した。

暴兵と暴民は、荒れ狂った。

事務所、職員宿舎、使用人室、物置その他、館内の隅々まで先を争って走り込み、トランクを開け、戸棚を壊して物品を略奪した。

男女の別なく衣服を奪われ、財布、時計、指輪は例外なく奪取されたほか、次々に服を脱がされて身体検査までされた。

女性の場合は、帯、タビは無論のこと下着まで脱がされて、「忍ぶべからざる」検査さえ実施された。

女性の叫喚、悲鳴、子どもの泣き声が暴兵の罵声と騒音を割いてひびき、日本人男性たちの胸をついた。

荒木大尉と水兵たちも、あまりの無念さに気失寸前になったが、ともかくも館内にいる邦人のうち52人が子どもであり、うち十二人が乳児なので、その安全のために我慢をつづけた。

暴兵と暴民は、その子どもたちからもオモチャを奪い、靴をむしりとり、フトン、家具、調度品などとともに馬車、トラックで運び出した。

領事森岡正平の病室にも暴兵が乱入し、室内の品を奪ったあと、領事のフトン、寝間着もはいで行った。

一人の暴兵が領事めがけて威嚇射撃をおこない、居合わせた邦人数人が逃げ、領事のほかに夫人、木村三畩署長、根本博少佐の三人が残った。
(児島襄『日清戦争Ⅰ』文春文庫)


『封印の昭和史』    小室直樹 渡部昇一

徳間書店  ¥ 1,760

知の巨人"と評される小室直樹氏と渡部昇一氏による国民必修の昭和「正史」
第一章 汚染された昭和史
第二章 東京裁判史観を払拭せよ
第三章 戦争への見えざる手
第四章 戦前・戦中・戦後
何が正しく、何が間違っていたか
第五章 新たなる出発(たびだち)のために


暴民はアメリカやイギリスの領事館にも流れ込んだ。そこで米英の砲艦が、アメリカ領事館からの依頼に応じて、城内に艦砲射撃をおこない、事態は好転した。

だが、森岡領事は、決して日本は砲撃に参加してくれるな、そのような「武力的直接行動」を取れば「場内在留民の生命尽く之が犠牲に供せられる」ことになる、との主義の手紙を書き、中国人二人に第二十四駆逐隊司令吉田建介中佐に届けさせている。後にこの二人は、軍艦を訪ねなかったと知れる。

実際、日本は隠忍自重して、米英のように艦砲射撃をしていない。それが当時の外務大臣、幣原喜重郎外相の方針だった。幣原の外交方針とは、対米英協調と対中国内政不干渉というもので、軟弱外交と批判された。

ともあれその方針の下、病臥中の領事森岡正平をかばう夫人は、夫の前で裸体にされ、薪炭庫に連行されて二十七人に輪姦されたとか。三十数名の婦女は、少女にいたるまで陵辱され、駆逐艦に収容されてから治療を受けた者が十数名いたと、佐々木到一中将は、当時の様子を自伝に残しているという。

もちろん一番の大きな責任は蒋介石にある。

蒋介石は外国居留民の安全を保証していたし、国民革命軍の規律は良港とみられていた。兵士や民の暴発の後、事件を知った蒋介石は全責任をおって事件を解決すると領事館に伝えた。当然のことながら、蒋介石にとっての”解決”とは、それを日本側に伝えたことで終了した。おそらく最初から、ある程度のことまでは織り込み済みだったのだろう。

結局、そんな状態で、“度を過ごしたる無抵抗主義”に徹した領事森岡正平、さらにはその上司で、対中国内政不干渉を外交方針とした幣原喜重郎にその責任がある。結局、日本人の間に反“中国”の意識を高まらせ、中国人の間に日本を侮る意識を高まらせていくことになる。

“中国”に対しては、曖昧な態度を取るべきではない。チベット、ウイグルの侵略をやめ、むやみな領土領海の主張を取り下げるよう、はっきり言う。香港の民主勢力弾圧を止め、台湾を国家として承認するよう伝える。

そんなことを求める国とは交流できないというなら、残念だけど、仕方がない。曖昧な姿勢で付き合いをつづけることは、お互いに不幸にしかならない。


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ジャンル : 本・雑誌

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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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