めんどくせぇことばかり 道徳の頽廃『敗戦、されど生きよ』 早瀬利之
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道徳の頽廃『敗戦、されど生きよ』 早瀬利之

こっちにはこっちの都合ってもんがあってさ、日教組にいたこともある。

その日教組から喧嘩別れしたはいいけど、とっくの昔に改心していた私は、最後は心から尊敬する友人を失う覚悟で大喧嘩。東武東上線の、最終駅近くの居酒屋だった。いつまでも、嘘をついたまま仲間の真似していても仕方がないからね。喧嘩の果ては歴史論争になり、その核心は満洲事変。

友人は私よりも4歳下、年下ながら尊敬に値する人物で、肝も据わっている。事に当たって彼が身近にいれば、これほど頼もしいことはない。そんな友人と喧嘩しなければならないことは悲しかったが、嘘をつき続けるわけにもいかない。

喧嘩の果てが歴史論争に行き着くのは、お互いに真っ当にやってきた証拠みたいなもの。そういうことになれば、引き下がるわけにはいかず、満洲事変に関する持論をぶつけ合った。

やり合うところまでいってしまえば、10年をはるかに超えて、さまざまな場面を共有してきたもの同士。お互いの都合を理解した。もちろん、そうなるだろうと思ったからこそ、喧嘩に及んだ。

あれからは、仲間たちとの付き合いも、ずいぶん楽になった。

《今、われらのなすべきことは何か、まず第一に敗戦の原因を直視することである。恥じらいつつ他人に裸身にされる前に自ら自己欺瞞の衣服を脱ぎ、身の皮をはいで敗戦の癌をつかみ出さねばならぬ。私が信じ、国民また等しく直視するところの敗戦の最大原因は、一に「国民道徳の頽廃」にあった。政治、生産、国民生活の各方面にわたって道義の低調ぶりがいかに戦力を自殺せしめ挙国一致を阻害したか、その一々の例は敢えてここに示さなくとも国民すべて身近に無数に経験したところである。ましてその害毒が戦争遂行の中心たる軍隊にまで波及せんとして事態は決定的な様相を呈したのである。》

以上は、この本の最後に、付録として収録されている『敗戦直後の石原莞爾の第一声』とされるもので、昭和20年8月28日の毎日新聞への談話から取り上げられたものの冒頭だ。

“直視しなければならない敗戦の原因の第一”と言われれば、さまざまなものが頭に浮かぶ。でも、石原莞爾から表明されたものは実に意外にも、“国民道徳の頽廃”であるという。しかも、具体例は挙げなくても、“国民すべて身近に無数に経験したところ”だという。“軍隊まで波及”した、その“国民道徳の頽廃”とはいったいなにか。

その当時の国民は、みんな言わなくても分かったかも知れないが、私には分からない。なにしろ当時の日本国民よりも、今の国民の方が、よっぽど頽廃している。



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終戦後、全国を駆け回り、人々を励まし、日本の再建策を提言した石原莞爾
終戦と石原莞爾
戦後の第一声は「言論の自由」
再生日本の道
新日本の建設
迫りくる戦犯容疑
極重軍事裁判 石原が斬る
石原莞爾、戦犯を望む
西山農場と百姓将軍
極東軍事裁判酒田法廷
西山農場に理想郷づくり

死の床で遺言「新日本の進路」と「日蓮教入門」を書く
立ち渡る
付録 敗戦直後の石原莞爾の第一声―「世界文化の達観と心よりの懺悔」


石橋湛山は、戦前のだいぶ早い時点で、満洲、朝鮮、台湾をすべて手放した方がいいという論を展開した。

そうすれば、インドやエジプトなどの西欧列強の植民地の人々が発奮して立ち上がるだろうと言うものだ。たしかに、そうすることで日本は、国際関係において道義的に優位を確立し、各地の独立運動を支援することで、西欧列強に攻勢に出ることも考えられる。

ただし、机上の空論の域を出ない。それに、日清戦争以来10万の兵士の血を吸った満洲を手放すというのは、日本人の怨霊信仰からいっても、あまりにも厳しい。満洲を手放して、それでも10万の英霊を悲しませないためには、手放した満洲がそこに住む者たちの手によって政治的に安定し、日本との協力を受け入れて、ともに発展する道を歩めるようになってくれればいい。

だけど、蒋介石と手を組み、しかもおそらく共産主義に通じていた張学良が力を持つ満洲で、そこに親日的で穏健な“中国”の政権が育ち、ともに手を携えてやっていけるなど、到底考えられない。そもそも、当時の中国に近代国家を作り上げることは難しい。石原莞爾はそう判断した。

だから、満洲事変というわけだ。

石原莞爾は、その決断を正当化するために、五族協和の王道楽土建設の道を進んだ。これをもって石原莞爾は不拡大方針に入る。関東軍が独自に進めようとしている内蒙古の分離独立工作に、中央の方針に従うよう説得に出かけた石原莞爾に、現地参謀の武藤章は、「石原閣下が満州事変当時にされた行動を見習っている」と答えたという。目途もなく、やる気満々だ。目先の立身しか考えてないんだろう。

石原莞爾が考えていたのとは違う理屈が、軍を動かすようになっていた。1937年に支那事変が勃発して以降も、武藤彰等の強攻策の前に、石原莞爾は不拡大で軍をまとめきることが出来なかった。南京陥落後、トラウトマン工作にも関与したが、これも成功しなかった。

満洲国の運営をめぐって東條英機と対立し、結局、彼によって左遷され、アメリカとの戦争が始まる年の3月には予備役に編入されてしまう。満洲国の理想は、残念ながら、夢と消えた。

さて、石原莞爾が“直視しなければならない敗戦の原因の第一”としてあげた“国民道徳の頽廃”とは、具体的にはいったいどんなことを指すのか。結局、その具体的な状況は例示されていない。ただ、この“第一声”の最後の方に、それを思わせる一文を残している。

《我執、我欲、自尊、中傷、嫉妬、縄張り根性など、日本的悪徳を葬ることなくして日本の甦りはあり得ぬ》

当時の日本において、“国民すべて身近に無数に経験したところ”の“国民道徳の頽廃”とは、そういうものとして考えるしかないか。そして、石原莞爾にしてみれば、軍こそ国民道徳の最後の砦であるはずだったんだろう。しかし、その最後の砦である軍までが、“我執、我欲、自尊、中傷、嫉妬、縄張り根性など、日本的悪徳”にどっぷりになってしまったと。

彼に、そう思わせたものは、なんだったか。

石原莞爾は、思想信条を自由に議論せず、むやみに恐れて強権により取り締まるようなやり方こそ、国を誤るものと言っている。その頂点にいたのが、東條英機だからな。東條英機は憲兵を最大限利用した。憲兵と言えば本来、軍隊内の警察だけど、実際、その監視の目は民間人にも向けられた。しかも、石原莞爾は、東條に満洲の理想まで踏みにじられる。武藤章は、その東條英機にひっついた。

石原莞爾には、東條英機や武藤章が、“我執、我欲、自尊、中傷、嫉妬、縄張り根性”の権化に見えていたかな。


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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
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