めんどくせぇことばかり 『敗戦、されど生きよ』 早瀬利之
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『敗戦、されど生きよ』 早瀬利之

1941年3月に予備役に編入されて以降の石原莞爾については、実は何にも知らなかった。

教育や評論・執筆活動、講演活動など、かなり忙しい毎日を送っていたんだな。対米戦の開始に関しては絶対反対で、その最終打開策は、ハルノートの内容に近いものを持っていたそうだ。と言うことは、大陸からの撤退か。

満洲国の放棄。・・・もはや、五族協和の王道楽土を建設しようという理想が打ち砕かれた満洲国は、侵略の方便としか、石原莞爾には写っていなかったかな。

それでも対米戦は始まってしまった。始まり方も、石原莞爾にしてみれば、最悪の形だったろう。伸ばすのは日本軍の補給線ではなくて、米軍の補給線だ。米軍の補給線が伸びきったあたり、そこに縮小した戦線を形成して負けない戦を継続し、その間に支那事変を解決してしまえば、・・・。

さらに、かりにミッドウェー海戦で大敗した後であったとしても、ソロモン群島の防衛陣を強化し真の天王山であるサイパン島を死守できていれば、戦いの帰趨はちがうものになった。

アメリカは、サイパン島を手に入れることが出来なければ、本土爆撃は困難だった。サイパンを取らずにそれを行なおうとすれば、本土とサイパン島から挟み撃ちにされる。日本はサイパン島さえ確実に守りきれば、持久戦に持ち込める可能性があった。その間に、“中国”側の要求をのんで大陸問題を解決してしまえば、違う道が開けた。

ソロモン、ビスマルク、ニューギニア諸島を早々に放棄し、資源地帯防衛に転じ、西はビルマ国境からシンガポール、スマトラ島中心の防衛戦を構築し、中部はフィリピンの線に後退。他方、本土周辺とサイパン、テニアン、グアムの南洋諸島を難攻不落の要塞にし、何年でも頑張りうる体制を取るとともに、外交的には支那事変解決に努力、傾注する。

日本が真にサイパンの防衛に万全を期していたら、米軍の侵入は防ぐことが出来た。そうすれば、五分五分の持久戦となり、負けない体制を敷くことが出来た。

心躍る作戦計画だけど、この時、すでに石原莞爾は予備役に編入されていて、作戦計画に関われる可能性は、1ミリもなかった。



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終戦後、全国を駆け回り、人々を励まし、日本の再建策を提言した石原莞爾
終戦と石原莞爾
戦後の第一声は「言論の自由」
再生日本の道
新日本の建設
迫りくる戦犯容疑
極重軍事裁判 石原が斬る
石原莞爾、戦犯を望む
西山農場と百姓将軍
極東軍事裁判酒田法廷
西山農場に理想郷づくり

死の床で遺言「新日本の進路」と「日蓮教入門」を書く
立ち渡る
付録 敗戦直後の石原莞爾の第一声―「世界文化の達観と心よりの懺悔」


石原莞爾の作戦計画でなくてもいい。

すぐれた作戦を、それがすぐれたものであるとして受け入れるだけの体制がなかったということが、日本敗戦の一番の原因と言うことか。

日本は特高と憲兵によって、言論を封じ込めてしまった。当時の日本共産党というのはコミンテルン日本支部、つまりスターリンの実行部隊に過ぎないから、それは徹底的に取り締まっておけばよかった。

労働の問題、土地問題、貧困の問題は、日本の政治課題として取り組むべき問題だった。そういった不満まで、力によって押さえつけようとするなら、それは傲慢で、強欲だ。

政治家は、そういった問題を解決するために努力すべきだった。国民は、そういった課題を取り上げようとする人を、政治の場に送り出すべきだった。国民も、声を上げるべきだった。新聞は、そういう声を取り上げるべきだった。

それが出来る国だったら日本は、アメリカに負けることはなかっただろう。どんなに難しいことであっても、正面から問題に当たり、突破していこうという気概が必要だ。たとえば、石原莞爾が向かい合った満洲問題において、すでに日本はその姿勢を失っていた。

満洲事変前の満洲は、“中国”側の国権を回復したいという思いと、日本の権益維持の思いが衝突する状況にあった。かりに日本が、満洲に関する政治、経済、軍事諸般にわたる特殊権益をすべて放棄して、この衝突を解決した場合、満洲にはどのようなことが起こったか。

満洲に入っていた半島人を含む邦人は死を覚悟するほどの窮地に追い込まれ、極東に復活しつつあったソ連の満洲進出を招き、満洲は共産主義の策源となり、“中国”そのものの国防まで脅かされることになっただろう。

そのような予測を前提に、日本がソ連のなんかを阻止し、張学良東北軍閥を除いて満洲を“中国”から分離させ、諸民族共存の道を開くことが、東アジアの安定につながるとの考えのもと、満洲事変は実行に移された。

以上のような意味で、満洲国は歴史的所産であると、石原莞爾は述べている。

しかし、荒木貞夫陸軍大臣と政府は、満洲を植民地化する構想を決めており、関東軍の軍司令官はじめ参謀長以下参謀を、一括して満洲から移動させた。ここから満洲は、日本から送り込まれた官僚と関東軍参謀に支配され、植民地化する。

満洲国経営失敗の原因は、荒木貞夫陸軍大臣、林銑十郎教育総監、真崎甚三郎参謀次長の三人にあった。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本






























































































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