幼なじみ『秩父の地名の謎 99を解く』 髙田哲郎
小学校の時の同級生に、大浜君という子がいた。
苗字の通り、身体の大きな子で、性格の上でも小さいことにこだわらない、まさに、大きな海を思わせるような子だった。ところが、この大浜姓、どうも海とは関係がないという。そりゃそうだ。だいたい、私たちの生まれ育った秩父には、海はない。山なら嫌というほどあるんだけどね。
もちろんのことながら、浜のつく地名は、海岸線に多くある。ところが、それが内陸部にも見かけることがある。秩父にある大浜という地名もそうだ。
関西地方では、河川の船着き場、荷下ろし場を浜と呼ぶこともあるそうだけど、秩父を流れる荒川は、市内でもまだ上流に属する。まして、浜地名があるのはさらに奥深い、渓谷の上流部である。
種明かしに寄れば、ハマはハガが転じたものであるという。オオハマは、オオハガということになる。ハガは、その意味を表わす適当な漢字は“剥”で、剥がれるのハガ。
渓谷の両岸に、剥ぎ取られたように屹立する、切り立った険しい崖。
それが大浜君の、隠された素顔だったか。
赤岩君は、小学校の校門の目の前に店を構える、赤岩肉店の子だった。顔がまん丸で、ほっめたが真っ赤で、前髪がまっすぐ切りそろえられた、とてもかわいいか男の子だった。
赤がつく地名は数々あるが、東京の赤羽には世話になった先輩が住んでいた。「ビーフラット」というカラオケスナックによく連れて行ってもらった。
赤羽は、赤埴(アカハニ)がアカハネに転じたもので、埴とは赤土や粘土のこと。赤羽は赤土で陶器を作る職人が多く住んでいたための地名だそうだ。
関東ローム層は、古代の富士山や浅間山の噴火で堆積した火山灰が酸化して赤褐色を呈している。赤羽は赤土の崖がむき出しになった場所であり、赤坂は赤土の傾斜地である。埼玉県の羽生は、もとは埴生である。
赤石、赤岩は、同じ赤でも、土のようにこねるわけにはいかない岩石。赤い色の岩石の目立つところで、赤い岩盤が露出した、あるいは、その色の岩石がゴロゴロしている渓谷だろう。
そんな渓谷の鋭さは、赤岩君からは感じ取れなかったが。


高校の時の友人に、五十嵐君という生徒がいた。
押掘川を挟んで隣の地区の、和菓子屋さんが彼の家だった。五十嵐姓の発祥は新潟県三条市の五十嵐川源流の五十嵐神社だという。祭神は垂仁天皇第8皇子の五十日帯日子命(イカタラシヒコノミコト)である。神社名は「五十(イガ)」と読み、祭神は「五十日(イカ)」と読む。
この話は、秩父市太田にある伊古田という地名との関連で、引き合いに出されている。延喜式にのる古社として、摂津国に伊古田神社がある。現在の大阪府池田市で伊古田神社をイケダ神社と呼んでいる。どうやらイコとイケは同根で、横浜市緑区には池辺とかいてイコノベという地名がある。
皆野町三沢の五十新田はイゴニタと読む。これとの関連で、五十嵐が引き合いに出されているわけだ。そこから、イカ・イガを追いかけてみると、栃木県藤原氏に五十里(イカリ)・五十里湖(イカリコ)、新潟県相川町に五十浦(イカウラ)、同県三川村には五十島(イカジマ)、兵庫県山崎町には五十波(イカバ)、愛媛県には五十埼(イカザキ)町、石川県門前町には五十洲(イギス)などがある。
五十についている文字を見ると湖・浦・島・波・埼・洲と、いずれも水に関係している。皆野町三沢の五十新田(イゴニタ)の新田は、開発田を表わすのではなくニタ・ヌタという湿地帯を意味する。
秩父市太田の伊古田は、水たまりや溜め池の多い土地を表わす言葉で、池田、五十田と書かれていてもおかしくない地名ということになる。
好きになった女の子に、新井さんという娘がいた。
次男・三男が独立し、本村、本家から分離して新たに開拓した土地であると示す地名が、新居であり、新井であり、荒井という地名だそうだ。そこに寄って立った人たちが、それを苗字として名乗ったんだそうだ。
なんと、懐かしい友達の苗字をいくつか思い出しただけでも、地名や苗字というのは、これほどまでに奥深い。
苗字の通り、身体の大きな子で、性格の上でも小さいことにこだわらない、まさに、大きな海を思わせるような子だった。ところが、この大浜姓、どうも海とは関係がないという。そりゃそうだ。だいたい、私たちの生まれ育った秩父には、海はない。山なら嫌というほどあるんだけどね。
もちろんのことながら、浜のつく地名は、海岸線に多くある。ところが、それが内陸部にも見かけることがある。秩父にある大浜という地名もそうだ。
関西地方では、河川の船着き場、荷下ろし場を浜と呼ぶこともあるそうだけど、秩父を流れる荒川は、市内でもまだ上流に属する。まして、浜地名があるのはさらに奥深い、渓谷の上流部である。
種明かしに寄れば、ハマはハガが転じたものであるという。オオハマは、オオハガということになる。ハガは、その意味を表わす適当な漢字は“剥”で、剥がれるのハガ。
渓谷の両岸に、剥ぎ取られたように屹立する、切り立った険しい崖。
それが大浜君の、隠された素顔だったか。
赤岩君は、小学校の校門の目の前に店を構える、赤岩肉店の子だった。顔がまん丸で、ほっめたが真っ赤で、前髪がまっすぐ切りそろえられた、とてもかわいいか男の子だった。
赤がつく地名は数々あるが、東京の赤羽には世話になった先輩が住んでいた。「ビーフラット」というカラオケスナックによく連れて行ってもらった。
赤羽は、赤埴(アカハニ)がアカハネに転じたもので、埴とは赤土や粘土のこと。赤羽は赤土で陶器を作る職人が多く住んでいたための地名だそうだ。
関東ローム層は、古代の富士山や浅間山の噴火で堆積した火山灰が酸化して赤褐色を呈している。赤羽は赤土の崖がむき出しになった場所であり、赤坂は赤土の傾斜地である。埼玉県の羽生は、もとは埴生である。
赤石、赤岩は、同じ赤でも、土のようにこねるわけにはいかない岩石。赤い色の岩石の目立つところで、赤い岩盤が露出した、あるいは、その色の岩石がゴロゴロしている渓谷だろう。
そんな渓谷の鋭さは、赤岩君からは感じ取れなかったが。
『秩父の地名の謎 99を解く』 髙田哲郎 埼玉新聞社 ¥ 1,210 秩父の地名は、一つ一つに秩父ならではの生活や文化、歴史が深く刻まれている |
高校の時の友人に、五十嵐君という生徒がいた。
押掘川を挟んで隣の地区の、和菓子屋さんが彼の家だった。五十嵐姓の発祥は新潟県三条市の五十嵐川源流の五十嵐神社だという。祭神は垂仁天皇第8皇子の五十日帯日子命(イカタラシヒコノミコト)である。神社名は「五十(イガ)」と読み、祭神は「五十日(イカ)」と読む。
この話は、秩父市太田にある伊古田という地名との関連で、引き合いに出されている。延喜式にのる古社として、摂津国に伊古田神社がある。現在の大阪府池田市で伊古田神社をイケダ神社と呼んでいる。どうやらイコとイケは同根で、横浜市緑区には池辺とかいてイコノベという地名がある。
皆野町三沢の五十新田はイゴニタと読む。これとの関連で、五十嵐が引き合いに出されているわけだ。そこから、イカ・イガを追いかけてみると、栃木県藤原氏に五十里(イカリ)・五十里湖(イカリコ)、新潟県相川町に五十浦(イカウラ)、同県三川村には五十島(イカジマ)、兵庫県山崎町には五十波(イカバ)、愛媛県には五十埼(イカザキ)町、石川県門前町には五十洲(イギス)などがある。
五十についている文字を見ると湖・浦・島・波・埼・洲と、いずれも水に関係している。皆野町三沢の五十新田(イゴニタ)の新田は、開発田を表わすのではなくニタ・ヌタという湿地帯を意味する。
秩父市太田の伊古田は、水たまりや溜め池の多い土地を表わす言葉で、池田、五十田と書かれていてもおかしくない地名ということになる。
好きになった女の子に、新井さんという娘がいた。
次男・三男が独立し、本村、本家から分離して新たに開拓した土地であると示す地名が、新居であり、新井であり、荒井という地名だそうだ。そこに寄って立った人たちが、それを苗字として名乗ったんだそうだ。
なんと、懐かしい友達の苗字をいくつか思い出しただけでも、地名や苗字というのは、これほどまでに奥深い。
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