めんどくせぇことばかり 『龍神の子どもたち』 乾ルカ
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『龍神の子どもたち』 乾ルカ

秩父に大企業の地方工場があった。

父はそこで働いていた。戦争中に、中卒で、小間使いとして雇われたんだという。工場の掃除をしたり、たばこや新聞を買いに走らされたそうだ。定時制で高校を卒業して、ようやくまともな仕事が出来るようになった。結婚して、子どもも生まれ、管理職試験にも受かったけど、地元を捨てられず、課長より上には上がれなかった。

それでも、ずっと同じ工場で働くことになったことで、秩父工場のことは隅々まで掌握していた。工場には、本社から同年配や、それより下の人たちが派遣されてきて、数年間を秩父工場で頑張って、本社に戻って出世していく。そういう人たちは、秩父工場のことなら何でも分かっている父を頼りにしていたようだ。地元を捨てて本社に行っていれば、ライバルになったはずだが、その道を諦めた父は、安心して頼れる存在だったのだろう。

そういう人たちは、立派な社宅で家族の人たちと生活していた。その子どもたちは、私と同じ小学校、同じ中学校に通った。同じ学年には二人いて、小学校の終わり頃から、中学校一杯をともに過ごし、そのあとは東京に帰っていった。おかしな話し方をする人たちだと思ったが、父からは仲良くしてやるように言われていた。
そういう人たちの生活の利便を図ることも、父の仕事のうちだったようだ。


父はその人たちの誘われてゴルフをするようになった。「お父さんは、まだゴルフが下手なんだってね」って、父を誘った人の子どもから言われて、不愉快になったことがある。
もともと、テレビの人みたいな話し方も、どこかすかしているように感じていた。そいつともう一人の子を、釣りに連れて行ってやれと、父に頼まれたことがある。気が進まなかったけど、仕方がない。

竿を三本もって、バケツを自転車にくくりつけて、浦山川に連れて行ってやった。笹竹の竿に垂らした釣り糸に針を付けただけで、エサは川虫を現地調達。川に入って、川下に向かって竿を振る。あんま釣りという。おそらく今は、その名前が変わっているだろう。

二人はどうやら、それなりの仕掛けとエサで釣るものと思っていたようで、「そんなので釣れるの」と疑わしげ。だけど、始めてみれば釣れる。私だけじゃなくて、彼らも釣れた。ただ、川虫に触るのが嫌なようで、エサはその都度、私が付けた。

昼前だけでずいぶん釣れたので、私の家に行って、食べることにした。二人が気持ち悪がったので、はらわたは全部私が抜いた。母に揚げてもらって食べた。面白かったし、おいしかったようで、これを機会に、それなりに打ち解けて話すようになった。

彼らは、本当は、秩父には来たくなかったんだそうだ。・・・そりゃ、そうだ。



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大人になって忘れてしまっているかも知れない人を思いやる物語
第一章 谷津流とニュータウン
第二章 仲良くなれない
第三章 その意味は
第四章 都会の子になるんだよ
第五章 林間学校
第六章 山崩れ
第七章 山中を行く
第八章 帰還、そして


『龍神の子どもたち』という題名と、目次にある各章の章題を見れば、だいたいの内容は想像できる。そして、その通りの内容の物語である。

この物語を読んでいて、上に書いたような、東京の学校から転校してきて、社宅に住んでいる子どもたちとの関わりを思い出した。生まれて、成長してきた環境が違うんだから、子ども同士がすぐになじめないのは当たり前。それでも、きっかけがあれば、いずれはね。

だいたい、秩父では、奥まで入りすぎで、ニュータウンを作ったって入る人はいない。遠すぎる。ニュータウンやゴルフ場は、平野のヘリ。へりから立ち上がる山を崩して作るもんだ。

それは、今私が住んでいる場所が、まさにそう。関東平野のへり。ヘリから立ち上がる山を崩して、ここにはニュータウンが2つ、ゴルフ場は4つ。

パソコンの地図を見ながら、近くのゴルフ場を確認した。5キロ圏内で4つ。30キロ圏内にすると10個もあった。

さて、子どもの行った小学校、中学校は、地元の子どもとニュータウンの子どもが入り交じる。ニュータウンのために作られた小中学校で、こちらに近い地元の地区からも通うようになった。

私の家はというと、地元側。地元地区に越してきた新住民である。地元とニュータウンでは、人の付き合い方が違う。それ以前に、人が違う。ニュータウンの人たちは、東京で仕事をしている人たち。一戸建ての家を持つために、東京から引っ越してきた。地元の人にも、東京で仕事をする人が増えてきているが、元からここにいる人たちは、やはり違うのだ。

学校でもそう。ニュータウンの子どもたちは、勉強がよく出来る。地元の子どもたちは、そうでもない。近隣の小中学校が手狭になって、校区をニュータウンの学校に変えるという話が出たとき、地元の親たちの大反対でつぶれたこともあった。同じようなもんなんだな。

何が違うかと言えば、ここには白鷹山も黒蛇山もないと言うことだけだ。だけど、それがないからと言って、ここが安全な場所というわけじゃない。昨年の台風19号では、都幾川と九十九川が氾濫し、多くの家が水に浸かった。

秩父にある武甲山は石灰岩を採掘し続けている。私が子どもの頃の立派な山容は、今、見る影もない。武甲山の神さまは龍神である。しかし、龍の怒りは下ったことがない。それを良いことに、今でも山を削り続けている。山を崩して、ニュータウンを作り、ゴルフ場を作っている。最近では、山の木を伐採して、太陽光パネルを並べている。

太陽子パネルを苦々しい思いで見ていると、《監視カメラ作動中》の看板が目に入る。私がいずれ惚けてしまったら、きっとこんな看板は無視して、太陽光パネルに石を投げてしまうだろう。

私だって、龍神の子だから。


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テーマ : 読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

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火山の噴火、土石流に土砂崩れといった災害は、人々の目を山の高見に向けさせた。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本


























































































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