『もっと知りたい やきもの』 柏木麻里
世界最古の土器は、約1万6300年前のもので、東京都の御殿山遺跡から出土している。
後出しじゃんけんで、平成21年に、“中国”でそれより古い約1万8000年前の土器が発見されたという報道があったが、“中国”は検証を拒み続け、その間に盗難に遭って、今はもうないという。
日本に戻って、約1万6300年前に作られたものが発見されてから、それ以降の古い時代の土器があちこちから発見され、日本列島では、急速に土器文化が拡散していったようだ。
“中国”やシベリアでも、古い時代の土器が発見されているが、最初期の土器から、土器文化が継続して発展しているのは日本列島だけで、つまりそれは、今に生きる私たちまでつながっていると言うことになるわけだ。
久し振りに、“焼き物”の本を買った。
国宝、重要文化財、重要美術品のオンパレードのような本だ。その始まりは、縄文の火焔型土器。教科書なんかでも見かけることのある、炎が燃え上がるような形をしたもの。もう、縄文時代から、人の目を引くような良いものを作ろうとしていたんだな。
解説にあるんだけど、紹介されているような鑑賞ポイントから焼き物を判断するというのは、私のようなせっかちで慌て者の人間には、どうもできそうもない。最初からそれを言っては身もふたもないので、ここで紹介されていることを、かいつまんで挙げてみよう。
まずは、素材。土と釉薬。粗い土には素朴さと自然の息吹のちから強さ、きめ細かい土には肌触りと精製された上質さが感じられれば良い。釉薬には筋をなして流れるような様子の美しさや、全体を均質に包む透明釉のきらめき。
その素材が形に生かされないといけない。大きさ、作りに重みも個性になる。文様・色彩は目を楽しませる。全体に託された意味は何か。
ふん、どうも、そこまで踏み込んで考えるのは、どうもまどろっこしい。



私の湯飲みは、何十年か前、よく通っていた居酒屋の、開店5周年記念で配ってたものだ。
こだわるのなら、こんなものを使ってちゃいけないんだろうな。でも、私、こだわらない。焼酎を飲むときは、銅のマグカップ。これも、何十年使ってるだろう。日本酒をお燗して飲むなら、猪口はいろいろあるな。その時の気分次第だ。冷やで飲むなら、そば猪口だね。
焼き物を買うことがあるとすれば、やはり酒器だろうな。
この本を読んでいて思った。解説を読んでみても、その鑑賞法で焼き物の善し悪しを判断しても、それを美術品として手元に置けるわけじゃない。「その傾向のものを」ってだけでも、私には分不相応。
だいたい、縄文土器以来続いてきた日本の器の文化って言うのは、・・・器文化に造詣が深いわけじゃないけど、美術品じゃなくて、普段使いの文化でしょ。神事に使うために手間暇かかったものを作ることがあったかも知れないけど、器って言うのは、使ってなんぼでしょ。
ただ、かわらけの清らかさとか、不定形の美しさってところには、惹かれるものがある。歪んだところ、整わないところに、独特の存在感があったりする。重要文化財じゃ話にならないけど、それでごはんを食べてみたい。
まあ、そういうところも含めて、鑑賞ポイントの細かいところは無理でも、全体を見て、じぶんが「いいなあ」と思えば、それでいい。ただ、数多く見ることは大切みたいだな。
今はこんなご時世だから無理だけど、時間だけはある隠居だから、一区切りついたら美術館巡りでもしてみるかな。
あと、文様もおもしろい。なすだの、大根だの、瓜だのといったやさいの文様。今年は「鬼滅の刃」で注目された市松模様みたいに、日本独特の文様もあるしね。
あのマンガの、緑と黒の市松模様の生地を連れ合いが買ってきた。マスクにして、孫にあげるんだそうだ。
それはともかく、「これで酒が飲みたい」っていう明確な基準で、酒器を増やしてみようかな。それなら、死んだら、子どもにもらってもらえば良いしな。
後出しじゃんけんで、平成21年に、“中国”でそれより古い約1万8000年前の土器が発見されたという報道があったが、“中国”は検証を拒み続け、その間に盗難に遭って、今はもうないという。
日本に戻って、約1万6300年前に作られたものが発見されてから、それ以降の古い時代の土器があちこちから発見され、日本列島では、急速に土器文化が拡散していったようだ。
“中国”やシベリアでも、古い時代の土器が発見されているが、最初期の土器から、土器文化が継続して発展しているのは日本列島だけで、つまりそれは、今に生きる私たちまでつながっていると言うことになるわけだ。
久し振りに、“焼き物”の本を買った。
国宝、重要文化財、重要美術品のオンパレードのような本だ。その始まりは、縄文の火焔型土器。教科書なんかでも見かけることのある、炎が燃え上がるような形をしたもの。もう、縄文時代から、人の目を引くような良いものを作ろうとしていたんだな。
解説にあるんだけど、紹介されているような鑑賞ポイントから焼き物を判断するというのは、私のようなせっかちで慌て者の人間には、どうもできそうもない。最初からそれを言っては身もふたもないので、ここで紹介されていることを、かいつまんで挙げてみよう。
まずは、素材。土と釉薬。粗い土には素朴さと自然の息吹のちから強さ、きめ細かい土には肌触りと精製された上質さが感じられれば良い。釉薬には筋をなして流れるような様子の美しさや、全体を均質に包む透明釉のきらめき。
その素材が形に生かされないといけない。大きさ、作りに重みも個性になる。文様・色彩は目を楽しませる。全体に託された意味は何か。
ふん、どうも、そこまで踏み込んで考えるのは、どうもまどろっこしい。
『もっと知りたい やきもの』 柏木麻里 東京美術 ¥ 2,200 縄文から近代までの名品を辿りながら、やきものの見どころと味わい方を平易に解説 |
私の湯飲みは、何十年か前、よく通っていた居酒屋の、開店5周年記念で配ってたものだ。
こだわるのなら、こんなものを使ってちゃいけないんだろうな。でも、私、こだわらない。焼酎を飲むときは、銅のマグカップ。これも、何十年使ってるだろう。日本酒をお燗して飲むなら、猪口はいろいろあるな。その時の気分次第だ。冷やで飲むなら、そば猪口だね。
焼き物を買うことがあるとすれば、やはり酒器だろうな。
この本を読んでいて思った。解説を読んでみても、その鑑賞法で焼き物の善し悪しを判断しても、それを美術品として手元に置けるわけじゃない。「その傾向のものを」ってだけでも、私には分不相応。
だいたい、縄文土器以来続いてきた日本の器の文化って言うのは、・・・器文化に造詣が深いわけじゃないけど、美術品じゃなくて、普段使いの文化でしょ。神事に使うために手間暇かかったものを作ることがあったかも知れないけど、器って言うのは、使ってなんぼでしょ。
ただ、かわらけの清らかさとか、不定形の美しさってところには、惹かれるものがある。歪んだところ、整わないところに、独特の存在感があったりする。重要文化財じゃ話にならないけど、それでごはんを食べてみたい。
まあ、そういうところも含めて、鑑賞ポイントの細かいところは無理でも、全体を見て、じぶんが「いいなあ」と思えば、それでいい。ただ、数多く見ることは大切みたいだな。
今はこんなご時世だから無理だけど、時間だけはある隠居だから、一区切りついたら美術館巡りでもしてみるかな。
あと、文様もおもしろい。なすだの、大根だの、瓜だのといったやさいの文様。今年は「鬼滅の刃」で注目された市松模様みたいに、日本独特の文様もあるしね。
あのマンガの、緑と黒の市松模様の生地を連れ合いが買ってきた。マスクにして、孫にあげるんだそうだ。
それはともかく、「これで酒が飲みたい」っていう明確な基準で、酒器を増やしてみようかな。それなら、死んだら、子どもにもらってもらえば良いしな。
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