めんどくせぇことばかり 人権『習近平vs.中国人』 宮崎紀秀
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人権『習近平vs.中国人』 宮崎紀秀

2015年7月9日を境に、人権派の弁護士や活動家が次々に失踪した。

後に明らかになるが、これは“中国”当局による一斉拘束だった。王全璋もその一人だったが、当初、家族はそんな事情を知るよしもなかった。王全璋は“中国、”政府が邪教扱いする法輪功の信者の弁護や、地方政府に強制立ち退きを迫られた被害者の弁護に忙しい、いわゆる人権派と呼ばれる弁護士だった。

7月12日、妻の李文足は夫の名前をニュースで聞くことになる。
「警察は、北京鋒鋭弁護士事務所の周世鋒主任を首謀とする、重大な刑事犯罪容疑のあるグループを潰した。これまでの調べで、40件あまりの敏感な事件を騒ぎ立てるよう画策し、社会の秩序を重大に混乱させたことが分かった」

この“犯罪グループ”メンバーの一人として、夫の名前が読み上げられた。ただそれだけで、逮捕したとも、どこの警察署で取り調べを受けているとも触れられず、妻の元に連絡が来ることもなかった。

夫の消息が知られるのは2016年1月で、天津の警察署から夫の実家に、逮捕の通知がもたらされた。妻は何度も天津の警察署を訪れたが、面会も差し入れも、一切拒絶された。

この出来事は、15人の弁護士が一斉摘発が行なわれた日付から、709弁護士一斉拘束事件と呼ばれた。拘束から3年の段階で王全璋をのぞく14人は、すでに判決が確定していた。

人権派として標的にされた弁護士たちは、家族もさまざまな圧力を受けた。王宇という弁護士は、彼女が拘束された7月9日はまさに、16歳の息子がオーストラリアへの留学に出かける日だった。父親と息子は北京の空港からオーストラリアに向かう予定だった。しかし、二人が出国しようとした直前に、北京の空港で二人は身柄を拘束され、出国は阻まれてしまった。

王宇は1年あまりの拘留の後に釈放された。保釈後のインタビューで、彼女は過去の弁護活動の誤りを認め、反省の意を表明した。家族への圧力を免れるためには、それが必要だった。

しかし、保釈後、日本への旅行を企画した息子は、いざ出国というところで空港に板警察官に妨げられ、パスポートをその場で刻まれたという。

一斉拘束から1年ほど経過したあたりから、一部の弁護士に保釈が認められ始めた。同時に、彼等が、拘留中に何らかの薬を飲まされたり、拷問を受けた実態が明らかになった。

王全璋一人だけは、その後も様子が分からなかった。妻の李文足のマンションの階段入り口には、身元不明の中年女性らが複数立ちはだかっていたという。夫の仲間の弁護士が、李文足を訪ねようとすると、入り口を塞いだ集団がそれを妨害し、大声を上げる。

2019年1月、王全璋は懲役4年6ヶ月の判決をうけた。その年の6月、ようやく面会が許されて合うことができた夫は、すっかり痩せて、顔は黒ずみ、まともに会話もできないような状態だった。


『習近平vs.中国人』    宮崎紀秀

新潮新書  ¥ 880

新型ウイルスは“アリの一穴”、問われるのは共産党統治の正当性だ!
第1章 腐敗官僚と暴露愛人
第2章 無罪でも死刑にされる国
第3章 平凡な日常も命がけ
第4章 色と金と憎しみと
第5章 それでも「六・四」の火は消えず
第6章 ある日、夫が消えた


人権派の弁護士たちの拘束に関しては、日本でも少ないながらニュースになったが、ここまでひどい状況とは知らなかった。本書第六章の内容を、抜粋して上に載せさせてもらった。著者の宮崎さん、ごめんなさい。

判決の懲役4年6ヶ月は、2020年1月には終わっているはずだ。しかし、この本には、その後の様子が書かれていないので、ちょっと調べてみた。王全璋さんの懲役は4年6ヶ月を過ぎても続き、彼がようやく釈放されたのは4月5日。何かと厄介なことがあったのか、北京の家族のもとに帰れたのは、4月27日だったという。

著者の宮崎さんが、この本の後書きを書いているのが2020年2月、出版が3月だから、当然、王全璋さんのその後は書けなかったわけだ。

彼は獄中で酷刑を受け、高血圧薬を無理やり飲まされていたようだ。酷刑が何を意味するのかは、分からない。“高血圧薬”が血圧を下げるための薬であるのか、上げるための薬であるのかも分からない。

ただ、一度の面会で、夫の変わりようにショックを受けた妻の李文足さんは、“精神に異常をきたした”ことを心配したようだ。本当に厳しい体験をされたことは間違いないだろうが、家族とともに笑顔を見せる王全璋さんの写真を見ることができた。「ようやく精神状態がゆっくりと外の世界と同期しているように感じられ」ているという。

厳しい体験が、王全璋さんの心に、消すことのできない傷を残したことは間違いないだろうが、それでも、家族とともに笑顔を見せる写真を見られたことは、なによりだ。

今度は香港だ。

周庭さんは4回逮捕されているが、今年の8月の4回目の逮捕が「一番怖かった」と語っている。しかし、国安法の施行により、本土に送られる可能性があり、それがなにより怖かったのだろう。

2020年、今年だな。11月23日、香港の民主活動家の周庭さんらに、去年の香港の抗議デモをめぐる裁判で有罪判決が下り、即日に収監されてしまった。

12月2日に量刑が言い渡された。周庭さんは禁固10ヶ月か。黄之鋒さんが13ヶ月半、林朗彦さんが7ヶ月か。周庭さんは泣いてたな。

1997年に“中国”に返還された香港だが、香港の返還には条件がついていた。香港基本法を制定して、香港を特別行政区とし、資本主義的経済システム、香港ドル、司法・行政制度、住民の諸権利と自由が、50年間維持されるということである。50年目は2047年であるが、それまで香港は、国際的にも“中国”からは離れた独立体として活動できる。

“はず”なんだ。

それも、“中国”の民主化を期待して、イギリスは香港の返還を決めたわけで、こんな独裁国家に返すべきでは亡かったってことになっちゃったわけだな。

10ヶ月後、周庭さんは、今より強くなって帰ってきて欲しい。厳しいけど、それが彼女の新しい戦いになったんだ。



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ジャンル : 本・雑誌

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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本


























































































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