『深夜食堂22』 安倍夜郎
3年前だったか。
当時3歳だった孫を、イチゴ狩りに連れて行った。2号が生まれる前だったから、孫とその両親、私たち夫婦と息子(孫のおじちゃん)の6人で、車2台で出かけた。おいしいイチゴで、孫も喜んで食べた。じいちゃん、ばあちゃんは、孫が喜んで食べてくれるのが嬉しいばかり。母親は、途中から止めにかかった。だけど、そのはじめてのシチュエーションも刺激になったようで、孫の手と口が止まらない。
孫のおかげで、十分すぎるほどに元を取って、帰途についた。私の車に息子と孫、妻の車に娘夫婦、私は息子と「お昼を食べる余力はないね」なんてことを言いながら、家に向けて運転していた。後部座席でチャイルドシートに座っている孫が、珍しく静かだった。
「じいちゃん、気持ち悪い」という孫の言葉の直後、それは突然始まった。
孫が、口から噴水のようにイチゴを吹き上げた。そこそこ交通量のある道路で急停車するわけにも行かず、私はイチゴの噴水を頭に浴びながらも、すぐに目についたコンビニの駐車場に冷静に車を入れた。息子に、もう一台にも救援を頼んでもらい、私は孫を抱き上げた。
イチゴを吹き上げた孫は、すでに気持ち悪さから解放され、すっきりしたような顔をしていた。応急処置の後、家に帰ってからぞうきんで車内をきれいに拭き取った。しかし、甘酸っぱいイチゴの香りは、しばらくの間続いた。
《イチゴと練乳》という話がある。ついてない男と、不幸を背負った女が、深夜食堂で出逢う。占い師のユキちゃんが言った。「マイナスとマイナスが一緒になるとプラスになるのね」
みんなの愛情を独り占めにしていた孫は、2号が生まれて以降、図々しい妹を持ってしまった自分の不幸を嘆くようになった。孫1号に、幸多かれ!


どんなに集中して頑張っても、全くゆがみのない円、真円を書くことなんか出来ない。それは、イデアの世界にしかない。魂はイデアの世界を知っているのだ。しかし、肉体という借り物に閉じ込められたせいで、そのたしかな姿にたどりつくことができず、もどかしい思いで、イデアを追い求めている。
その肉体というのが、実に厄介な存在で、あんまり歪んでいるものだから、魂がイデアを求めてるなんて、到底考えられないような人もいる。仕方がない。歪んでいるのは肉体であって、魂に罪はないと信じよう。
歪みの理由は、いろいろとある。ギタリストの幸田さんは、若い頃の相棒が、実は大嫌いだった。ダメ男の啓太郎は、子どもが子役で売れてステージパパ気取りで、自分の仕事はほっぽり出す。単身赴任中の神尾さんは、単身赴任中。自分に好意を持ってくれているシングルマザーに、単身赴任中の2年間だけ付き合ってくれと言い出す。
歪んでるな~。
嫉妬だったり、妬みだったり、金だったり、性欲だったり、肉体という借り物に閉じ込められているがゆえに、その魂までが、自分が理想を追い求めていることを忘れてしまっている。
若い頃は苦しかったが、歳を取ると共に楽になることもある。むやみな性欲に悩まされずに済むようになることも、その一つ。まったくなくなるわけでは無いんだけど、楽になる。
周囲の人間への嫉妬心も、もはや煮えたぎるようなものはない。優れた能力や経済力に恵まれた者を羨ましいとは思うが、だからといって、還暦ともなれば、どちらにしても似たり寄ったりになる。何とか生活が成り立つ程度の金があれば、それ以上欲しいとも思わない。金の力を振り回す奴に出逢うと、むしろ哀れになる。
大きな間違いを犯さずにここまで来たが、それがよかったのかどうかは、分からない。間違える方が人間らしいのかも知れない。その方が、人間として、奥行きが生まれるかも知れない。・・・ただ、いずれにしても、面倒くさいけど。
相変わらず、深夜食堂にはいろいろな男と女がやってくる。みんなそれなりに歪んでる。歪みを隠そうともしない人もいる。そうかと思うと、イデアなんてものとは関係なく、ホッとするような人たちも登場する。
たとえば、AV女優の舞華さん。不幸にもめげず、健気に生きている。たまたま妊娠した子どもを、相手にも報せず、バイセクシャルのパートナーと一緒に育てていこうとしている、ライトノベル作家のアリサさん。
そんな人たちを見ていると、イデアなんか関係なく、思いやりを持って、幸せを求めることの大切さを再認識してしまう。イデアをが存在するなんて思うことが、人を不幸にするのかも知れない。
だいたい、プラトンは・・・
当時3歳だった孫を、イチゴ狩りに連れて行った。2号が生まれる前だったから、孫とその両親、私たち夫婦と息子(孫のおじちゃん)の6人で、車2台で出かけた。おいしいイチゴで、孫も喜んで食べた。じいちゃん、ばあちゃんは、孫が喜んで食べてくれるのが嬉しいばかり。母親は、途中から止めにかかった。だけど、そのはじめてのシチュエーションも刺激になったようで、孫の手と口が止まらない。
孫のおかげで、十分すぎるほどに元を取って、帰途についた。私の車に息子と孫、妻の車に娘夫婦、私は息子と「お昼を食べる余力はないね」なんてことを言いながら、家に向けて運転していた。後部座席でチャイルドシートに座っている孫が、珍しく静かだった。
「じいちゃん、気持ち悪い」という孫の言葉の直後、それは突然始まった。
孫が、口から噴水のようにイチゴを吹き上げた。そこそこ交通量のある道路で急停車するわけにも行かず、私はイチゴの噴水を頭に浴びながらも、すぐに目についたコンビニの駐車場に冷静に車を入れた。息子に、もう一台にも救援を頼んでもらい、私は孫を抱き上げた。
イチゴを吹き上げた孫は、すでに気持ち悪さから解放され、すっきりしたような顔をしていた。応急処置の後、家に帰ってからぞうきんで車内をきれいに拭き取った。しかし、甘酸っぱいイチゴの香りは、しばらくの間続いた。
《イチゴと練乳》という話がある。ついてない男と、不幸を背負った女が、深夜食堂で出逢う。占い師のユキちゃんが言った。「マイナスとマイナスが一緒になるとプラスになるのね」
みんなの愛情を独り占めにしていた孫は、2号が生まれて以降、図々しい妹を持ってしまった自分の不幸を嘆くようになった。孫1号に、幸多かれ!
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どんなに集中して頑張っても、全くゆがみのない円、真円を書くことなんか出来ない。それは、イデアの世界にしかない。魂はイデアの世界を知っているのだ。しかし、肉体という借り物に閉じ込められたせいで、そのたしかな姿にたどりつくことができず、もどかしい思いで、イデアを追い求めている。
その肉体というのが、実に厄介な存在で、あんまり歪んでいるものだから、魂がイデアを求めてるなんて、到底考えられないような人もいる。仕方がない。歪んでいるのは肉体であって、魂に罪はないと信じよう。
歪みの理由は、いろいろとある。ギタリストの幸田さんは、若い頃の相棒が、実は大嫌いだった。ダメ男の啓太郎は、子どもが子役で売れてステージパパ気取りで、自分の仕事はほっぽり出す。単身赴任中の神尾さんは、単身赴任中。自分に好意を持ってくれているシングルマザーに、単身赴任中の2年間だけ付き合ってくれと言い出す。
歪んでるな~。
嫉妬だったり、妬みだったり、金だったり、性欲だったり、肉体という借り物に閉じ込められているがゆえに、その魂までが、自分が理想を追い求めていることを忘れてしまっている。
若い頃は苦しかったが、歳を取ると共に楽になることもある。むやみな性欲に悩まされずに済むようになることも、その一つ。まったくなくなるわけでは無いんだけど、楽になる。
周囲の人間への嫉妬心も、もはや煮えたぎるようなものはない。優れた能力や経済力に恵まれた者を羨ましいとは思うが、だからといって、還暦ともなれば、どちらにしても似たり寄ったりになる。何とか生活が成り立つ程度の金があれば、それ以上欲しいとも思わない。金の力を振り回す奴に出逢うと、むしろ哀れになる。
大きな間違いを犯さずにここまで来たが、それがよかったのかどうかは、分からない。間違える方が人間らしいのかも知れない。その方が、人間として、奥行きが生まれるかも知れない。・・・ただ、いずれにしても、面倒くさいけど。
相変わらず、深夜食堂にはいろいろな男と女がやってくる。みんなそれなりに歪んでる。歪みを隠そうともしない人もいる。そうかと思うと、イデアなんてものとは関係なく、ホッとするような人たちも登場する。
たとえば、AV女優の舞華さん。不幸にもめげず、健気に生きている。たまたま妊娠した子どもを、相手にも報せず、バイセクシャルのパートナーと一緒に育てていこうとしている、ライトノベル作家のアリサさん。
そんな人たちを見ていると、イデアなんか関係なく、思いやりを持って、幸せを求めることの大切さを再認識してしまう。イデアをが存在するなんて思うことが、人を不幸にするのかも知れない。
だいたい、プラトンは・・・
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