秩父弁『オオカミは大神』 青柳健二
方言では、苦労した。
もちろんテレビやラジオで共通語に触れていたが、それはあくまでテレビやラジオに出てる人がしゃべる言葉だった。自分たちには、自分たちの言葉があった。特に、足が悪くて祖父母にいろいろ面倒を見てもらった私は、祖父母の秩父弁こそが母語となった。祖父母の言葉は、方言というだけじゃなくて、その言い回しが秩父弁だった。
高校を出て、大学のある東京で、私の前には無限の前途が広がっているかのように思っていた。ところが、言葉を馬鹿にされて、ただそれだけのことで、ふくらんでいた前途が一気に縮んでしまった。残念なことだった。
「なにを言っているのか、分からないよ」と言われた。いくつかの言葉で、東京の坊ちゃんたちに跳ね返された。
「けえる」、「へえる」、「せやねぇ」、「ちょうきゅう」、「あんき」あたりだったろうか。左から、「帰る」、「入る」、「大丈夫」、「正確」、「安心」ということになる。いずれも、坊ちゃんたちに跳ね返されるまで、それが秩父弁で、よその人たちには通じない言葉だなんて、考えたこともなかった。
「けえる」、「へえる」、「せやねぇ」はいいとして、「ちょうきゅう」、「あんき」について、使い方を紹介しておく。
「ちょうきゅう」は「正確」といっても、数をそろえるっていう意味合いがあって、「おつりがなくても済むように、会費はちょうきゅうに持ってきて」って感じ。「あんき」は、胸につかえていた心配事が解消したようなときに使う。「息子さんが仕事に就いたんじゃあ、もうあんきだねぇ」って感じ。
そりゃもう、しゃべるのが怖くなっちゃってねぇ。相手が地方出身者だと、ホッとしたもんだった。
秩父の方言だと、「か」が「け」、「が」が「げ」に転化する場合が多い。
「やるのか」→「やるんけ」
「帰るのか」→「けえるんけ」
「水をかい出す」→「水うけえだす」
「外聞が悪い」→「げぇーぶんなわりぃ」
龍勢祭で有名な吉田の椋神社という神社がある。この、「むく」のアクセントに注意して欲しい。強く発音するのは「む」。「む」が大きくて、「く」が小さい。その椋神社のお祭りに、「オイヌゲエ」というのがある。「げ」は「が」の転化だから、訛りを戻すと「オイヌガエ」、漢字を使えば「お犬替え」になる。
犬を替える。この本の題名にあるように、犬は狼。替えるのは、狼だな。オオカミのお札を替えるんだ。



さて、秩父に伝わるオオカミの出てくる民話。
さて、次は、この本に掲載されている、山梨県北杜市増富温泉郷に伝わるお話。
増富温泉と言えば、三峰から続く、大きな山塊の向こう側。
もちろんテレビやラジオで共通語に触れていたが、それはあくまでテレビやラジオに出てる人がしゃべる言葉だった。自分たちには、自分たちの言葉があった。特に、足が悪くて祖父母にいろいろ面倒を見てもらった私は、祖父母の秩父弁こそが母語となった。祖父母の言葉は、方言というだけじゃなくて、その言い回しが秩父弁だった。
高校を出て、大学のある東京で、私の前には無限の前途が広がっているかのように思っていた。ところが、言葉を馬鹿にされて、ただそれだけのことで、ふくらんでいた前途が一気に縮んでしまった。残念なことだった。
「なにを言っているのか、分からないよ」と言われた。いくつかの言葉で、東京の坊ちゃんたちに跳ね返された。
「けえる」、「へえる」、「せやねぇ」、「ちょうきゅう」、「あんき」あたりだったろうか。左から、「帰る」、「入る」、「大丈夫」、「正確」、「安心」ということになる。いずれも、坊ちゃんたちに跳ね返されるまで、それが秩父弁で、よその人たちには通じない言葉だなんて、考えたこともなかった。
「けえる」、「へえる」、「せやねぇ」はいいとして、「ちょうきゅう」、「あんき」について、使い方を紹介しておく。
「ちょうきゅう」は「正確」といっても、数をそろえるっていう意味合いがあって、「おつりがなくても済むように、会費はちょうきゅうに持ってきて」って感じ。「あんき」は、胸につかえていた心配事が解消したようなときに使う。「息子さんが仕事に就いたんじゃあ、もうあんきだねぇ」って感じ。
そりゃもう、しゃべるのが怖くなっちゃってねぇ。相手が地方出身者だと、ホッとしたもんだった。
秩父の方言だと、「か」が「け」、「が」が「げ」に転化する場合が多い。
「やるのか」→「やるんけ」
「帰るのか」→「けえるんけ」
「水をかい出す」→「水うけえだす」
「外聞が悪い」→「げぇーぶんなわりぃ」
龍勢祭で有名な吉田の椋神社という神社がある。この、「むく」のアクセントに注意して欲しい。強く発音するのは「む」。「む」が大きくて、「く」が小さい。その椋神社のお祭りに、「オイヌゲエ」というのがある。「げ」は「が」の転化だから、訛りを戻すと「オイヌガエ」、漢字を使えば「お犬替え」になる。
犬を替える。この本の題名にあるように、犬は狼。替えるのは、狼だな。オオカミのお札を替えるんだ。
『オオカミは大神』 青柳健二 天夢人 ¥ 1,650 ニホンオオカミに対する関心が高まる昨今、各地に残る狼像を追ったフォト・ルポルタージュ |
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さて、秩父に伝わるオオカミの出てくる民話。
昔、小前というところに、駒井某という強者がいました。 ある晩、この男が下吉田で用を済ませた帰り道、山中で一匹のオオカミに出くわしました。 そのオオカミは、大きく口を開き、「口の中を見てくれ」というように近寄ってくるのです。 男がよく見ると、のどに大きな骨が刺さっているのが見えたので、口の中に手を入れて骨を抜いてやりました。 数日経ったある晩のこと、庭で「ドサッ」と大きな音。 次の日、早起きして庭を見ると、大きなイノシシが投げ込まれていたのです。 「ははあ、これはこの間のオオカミからのお礼だな」と、家族を起したということです。 |
さて、次は、この本に掲載されている、山梨県北杜市増富温泉郷に伝わるお話。
江戸の昔、増富温泉から信州峠を経由して佐久へと抜ける道は、重要な往還として人の往来も多かった。 しかし、夜は真っ暗闇。 夜道を歩いていると、必ず誰かが後からつけてくる。 こっちが止まると、その気配も止まる。 振り返っても、そこには誰もいない。 人は気味悪がって、妖怪かもしれないと、坊さんや行者に頼んだが、一向に収まらない。 そのうち猟師が仕掛けた罠に、一匹の大きなオオカミがかかった。 そして、「人を喰おうとして後をつけたんだろう」と言って殺してしまった。 それからは、夜道に後をつける気配はなくなったが、反対に、熊や猪に襲われるようになった。 「あのオオカミは、人の安全を守ってくれていたに違いない」 皆ははじめて、送りオオカミノ行為を理解して、手厚く葬ったとさ。 |
増富温泉と言えば、三峰から続く、大きな山塊の向こう側。
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