めんどくせぇことばかり 『世間とズレちゃうのはしょうがない』 養老孟司 伊集院光
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『世間とズレちゃうのはしょうがない』 養老孟司 伊集院光

そうだね。伊集院さんが言うように、ここに来て、価値観が激変してきているよね。

「苦労したら報われる」とか、「我慢した分大成する」といった、私たちにとってはあたりまえの価値観が、今は通用しなくなってしまったようだ。

遊びたいのを我慢して勉強し、いい会社に入り、苦労して仕事を覚えて、懸命に家庭を守り、充実した人生を送る。戦後の混乱から立ち上がり、現在に至る70数年間、多くの日本人は、そうやって生きてきた。

「ひと様に後ろ指さされるようなことはするな」、「誰も見ていないと思っても、お天道様が見ている」、「年長者のい言うことを聞きなさい」

「当たり前だ」と、そう思ってやってきた人は、今、ずいぶん苦労をしていることだろう。私も50代に入って、その苦労を感じるようになった。結果としては、定年の1年前に仕事を辞めることで逃げ切れた。

私たち夫婦の子育てくらいまでは、変化の兆しは差していたんだろうけど、疑いを向ける動きもなかったし、それを言葉にする者もなかった。そして、自分たちの持つ価値観で、しっかり子どもを育てた。そのせいで、おそらく、子どもたちは苦労しているだろう。息子は、「給料もらうんだから、嫌なことでも我慢するよ」と言ってたからな。何とか自力で、世の中の方向性を体得してもらいたいもんだ。まだまだ若いからな。多分大丈夫だろう。

それよりも、我慢して頑張ってきた40代、50代はきついだろう。結局リストラの対象になるのは、残念ながら、その世代だからな。そんなことになったら、自分の人生を否定されたように感じるだろう。

嫌な仕事は辞めるのが、今の価値観だそうだ。人に迷惑がかかるかどうかより、自分をちゃんと表現しているかどうかだそうだ。空気なんか読んでるようじゃ仕事にならない。人に嫌われてこそ、もうけにつながる。

価値観までグローバル化してしまったようだ。

もちろん、性差別、障がい者差別、子どもの虐待、長老支配といった悪しき風習は排除しなきゃいけないし、そのためには積極的に諸外国を参考にすればいい。

必要もないのに空気を読もうとは思わないが、それでも、他人のことを気遣える人間でありたいと思う。日本で生きていくために、自然と身についた価値観であると思うしね。



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博覧強記にゲーム好きで共通する二人が、世間との折り合いのつけ方を探ります
第1章 僕らは世間からズレている
第2章 僕がなんで不登校になったのかというと。
第3章 世間って、そもそも何でしょう
第4章 たまに世間から抜け出す方法
第5章 先生のその発想は、どこから来ているんですか?
第6章 「シーラカンス」がいることは、希望ですね



自殺するほど虐められてまで学校なんか通う必要はない。そんなことを我慢しろとは言わない。会社に追い込まれて自殺するなんて、あんまり可哀想すぎる。そんなことを我慢しろとも言わない。

そんな状況にあるのなら、もちろん、学校には行かない方がいい。会社はとりあえず辞めた方がいい。そういう路線から外れても、生きていく道はある。そんな会話が、二人の間でも交わされている。そういった柔軟性に、日本が欠けていたのは、やはりたしかだろう。

ちょっと自慢をさせてもらう。私にもやはりズレたところがあって、高校の教員をしていても、「先生らしい先生」ではなかった。実は、かなりめちゃくちゃだった。2つ目の学校は、転勤した年あたりから、急に評判が悪くなり、募集定員が集まるかどうか、すれすれの学校になった。

生徒指導件数も増え、私は生徒指導部にいたこともあり、空いた時間の多くを、生徒からの事情聴取に取られていた。たとえば喫煙で、確たる証拠はないのに、トイレが煙り臭かったってだけで連れてきてしまう教員がいる。本当はそれ、ダメなんだ。手に火の付いたたばこを持ってる現場を押さえないと。

生徒は分かってるから、ああでもない、こうでもないと言い逃れる。だから、私も嫌だった。私は嫌なんだけど、生徒指導部の中でも、生徒に本当のことを言わせる確率が、ダントツで高かった。特に、女子はほぼ完璧。言わなくてもいいってのに、言う子もいた。あれ、間違いなく、私がズレていたからだと思う。

その学校のあと、定時制に転勤するんだけど、外れちゃった奴らが集まっていて、私にはうってつけの場所だった。

いったん外れて、その上で、新しい道を見つけてもいいし、もとの道に戻っても、きっと違った景色が見えるだろう。

最高に面白い話があった。養老先生が銀行に行ったときのこと。「先生、本人確認の書類はお持ちですか」と聞かれ、持っていないと答えると、「困りましたね。本人であることは分かっているんですが」だって。

今の世の中は、本人よりも、その“記号”、あるいは“番号”が大事。世の中万事、そんな感じ。記号や番号、あるいは情報として処理できれば楽でいいが、人間そのものが現れると、何かと面倒なことになる。

養老先生曰く、人間は「不潔で猥雑で意味不明」、「なにしろ現物はノイズの塊」だって。

「だから面白い」とは、思われない世の中になりつつある。だから、できる限り、人間のいらない世の中を作っていく。AIにできることは何でもAIにまかせて、できる限り人を排除する。

すばらしい!コンピューター言語だけで表わされた、統一された社会。

人がいなくなって、かえって人の価値が上がるだろう。



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ジャンル : 本・雑誌

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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本






























































































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