めんどくせぇことばかり 『真・戦争論 世界大戦と危険な半島』 倉山満
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『真・戦争論 世界大戦と危険な半島』 倉山満

一三世紀初頭、東西交易の利権を狙うベネチアと十字軍が共謀し、ビザンツ帝国の首都コンスタンティノープルを攻略した。ビザンツ帝国は事実上、これで崩壊。これ以降、ビザンツ帝国はセルビア人・ブルガリア人・ギリシャ人・ルーマニア人などのバルカン半島の諸民族を束ねることができず、民族の分断が進み、地域全体が閉塞感に覆われていく。

一三世紀末、モンゴル帝国が縮小してきた後に、オスマン帝国が成立。ビザンツ帝国の弱体化に乗じてバルカン半島に進出し、一三八九年六月二八日、セルビア王国以下、キリスト教国連合にぼろ勝ちする。これがコソボの戦い。さらに連戦連勝を重ね、セルビア、ブルガリア、ギリシャ北部を征服。一四五三年にはコンスタンティノープルを陥落させてビザンツ帝国を滅ぼし、一五世紀末までにギリシャ南部を含むバルカン半島をほぼ制圧。一五〇二年にはアルバニアも吸収。残ったのはモンテネグロだけとなる。

オスマン帝国は多民族のイスラム国家で、支配階級にもさまざまな民族の出身者がいて、バラバラな全体がイスラム統合国家としてまとめられていた。支配される側も様々な民族からなり、多民族協調主義をとった。

オスマン帝国が民族や宗教の違いを越えて共存できたのは、この地域の経済発展による富の莫大な蓄積を、オスマン帝国が効果的に配分していたことを意味する。古代ローマ時代以来、この地域は交易の要衝で、宗教や民族の違いに起因する闘争や分裂によって、経済の発展が阻害されてきた。オスマン帝国は、協調による経済発展と富の獲得を、地域の諸民族に予感させることで、繁栄と安定の基礎とした。

第二次ウィーン包囲で、ロシアを含めたヨーロッパ連合(除仏)がオスマン帝国に勝利。一六九九年のカルロヴィッツ条約で、はじめてオスマン・トルコ領が縮小。世界史の大転換点となる。

一七七四年の露土戦争でエカチェリーナ女帝に敗れた後は東欧から手を引き、一八五三年のクリミア戦争前夜には「ヨーロッパの病人」と呼ばれるようになる。クリミア戦争では、イギリスの助力もあり、なんとかロシアのなんかを阻止したが、一八七七年の露土戦争ではバルカン諸国が独立して、大動乱の時代を迎える。そして二度にわたるバルカン戦争と、第一次世界大戦に雪崩れ込む。

第一次世界大戦でオスマン・トルコは完全に崩壊する。この国難を救ったのがケマル・パシャ。彼は、ガリポリの戦いで英仏連合軍によるダーダネルス要塞攻略作戦を撃退し、ウィンストン・チャーチル英国海軍大臣を失脚に追い込む。

第一次大戦後、セーブル条約を押し付けられたトルコは、小国ギリシャにまで攻め込まれる始末。この時、ケマル・パシャは、臨時軍事政府を樹立してそのまま大統領となり、ギリシャを撃退して現在のトルコの領域を確保。ローザンヌ条約でそれを戦勝国に認めさせて国家存立を維持した。


『真・戦争論 世界大戦と危険な半島』    倉山満

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戦争の世紀といわれる二〇世紀はサラエボで始まってコソボで終わった!
第一章  日本人の知らないバルカン半島
第二章  幕末明治の日本とバルカン半島
第三章  日露戦争とバルカン半島
第四章  人類の不幸❢バルカン戦争と第一次世界大戦

《ギリシャ》
ローマ帝国東西分裂以降は東ローマ、つまりビザンチン帝国に属し、後にはオスマン・トルコの版図になる。

一八二一年のギリシャ独立戦争は、英・露・仏がオスマン・トルコ領だったギリシャを独立させようとした戦い。ヨーロッパではわけもなくギリシャに肩入れする人が多く、イギリス詩人バイロンは、「ヨーロッパ文明の源であるギリシャを異教徒から取り戻す」とこの戦争に身を投じ、現地で熱病にかかって死んだ。

近代ギリシャは、一八二九年にアドリアノープル条約で独立。正式独立以前の一八二七年に、カボディストリアス伯爵を初代とし、初代限りとなる大統領制を施行。三一年、大統領暗殺。三二年、君主制に移行。バイエルンやデンマークから王を招くが混乱が続く。
《ブルガリア》
六八一~九七二  
第一次ブルガリア帝国(シメオン1世)・・・ビザンチンから貢納させる
九七八~一〇一八
ブルガリアを再興するも、滅ぼされる・・・「ブルガリア人殺し」ビザンツ皇帝バシレイオス2世
一一八七~一三九三
第二次ブルガリア帝国・・・モンゴルに従属した後、オスマン・トルコに吸収
一二〇二~一二〇四
第四回十字軍・・・ビザンツ宮廷で、ブルガリア、セルビア、セルジューク・トルコが三つ巴の抗争
一八七七
露土戦争。サン・ステファノ条約で大ブルガリア公国建国。オスマン・トルコ支配下のブルガイアは、国王を立て、自治権を認められていた。条約では、ロシアが、ブルガリアをロシアの影響下に独立をさせる。

《セルビア》
三九五
ローマが分裂。セルビアは東ローマ、ボスニアは西ローマに別れる。800年ころ、セルビアは東方正教を受け入れ、セルビア正教会は今でも大きな影響力を持つ。
一一六八
ステファン・ネマニャという国王がビザンツ帝国の支配からも脱して、セルビア王国の最盛期を築く。王朝は200年続く。
一三三〇
ヴェルバシドの戦いでブルガリア・ビザンツ連合軍に勝利。翌年即位したステファン・ドゥシャン国王時、セルビア第二次絶頂期。死後は内乱でガタガタ。
一三八九
コソボの戦いでオスマン・トルコにやぶれ、一四五九年にオスマン・トルコに吸収される。
一八〇四
カラジョルジェ(豚商人)の反乱で反オスマン蜂起。ナポレオン戦争後のウィーン会議(一八一五)でセルビア公国成立。形式的にはオスマン・トルコ主権下の実質上独立国家となる。
一八七六
モンテネグロとともにオスマン・トルコに宣戦布告。これが原因となって露土戦争となり、サン・ステファノ条約でブルガリア帝国復活に結びつく。

《モンテネグロ》
一五〇二
モンテネグロ以外のバルカン半島全域がオスマン・トルコに吸収される。オスマン・トルコに包囲されたモンテネグロは、国中に火を放ち、文字通りの焦土作戦。あきらめたオスマン・トルコは、モンテネグロを特別行政区として自治を認めて介入しないことにしたため、モンテネグロには旧来の部族社会が存続。


このバルカン半島、うかつに手を出してはいけない。なんだか、プーチンや習近平がかわいく見える。


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ジャンル : 本・雑誌

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イーグルス16

Author:イーグルス16

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よく生き、よく死ぬために。
3000の死体を観察してきた解剖学者と400人以上を看取ってきた訪問診療医。
死と向き合ってきた二人が、いま、遺したい「死」の講義。
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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本


















































































































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