めんどくせぇことばかり 朝日社説:『朝鮮学校―無償化の結論だすとき』
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朝日社説:『朝鮮学校―無償化の結論だすとき』

卒業式の季節になった。だが文部科学省には、年度内に解決すべき課題が残っている。 高校無償化を朝鮮学校にあてはめる判断だ。「厳正に審査」がずっと続いている。生徒や親をどこまで待たせるのか。 他の外国人学校生や日本の公私立高生は、2年前から無償化の恩恵を受けている。普通の家庭で年12万円弱になる。 その財源にと、特定扶養控除の一部が減らされた。この負担は朝鮮学校生の家庭にも等しく課されている。

民主党が衆院選マニフェストに掲げた高校無償化について、民主、自民、公明の3党が効果を検証する協議を始めることになった。検証するのは制度全体である。朝鮮学校を外し続ける事情にはならない。 立法の目的として説明された「すべての意志ある若者が教育を受けられるよう」をあてはめれば、認めるのが自然だ。
「在日」はその存在自体に不自然を抱えている。“特殊”なのだ。そこに自然を求めることが不自然だ。日本国内にもかかわらず、あそこでのみ不自然な教育が行われているのだ。利益だけは平等に与えよとの要求は不自然だ。朝日は国民感情から遊離している。国民とは、もちろん日本国民である。

無償化は日本人拉致問題で軟化したメッセージを送ることになる、と反対する声がある。 だが拉致行為や北朝鮮の体制に責任のない生徒たちに、責めを負わせてはなるまい。 民主党政権は「教育に外交上の問題をからめない」と確認している。そうであるならば、政治の思惑によって、少数派であり、多感な年代である生徒たちを疎外するべきではない。
 北朝鮮が国家として行った拉致事件はその大部分がいまだ未解決の、ゆるまじき犯罪である。いまも、日本国民を恐れさせる核兵器を開発しつつある。その国の国民が日本で生活している。別に彼らは息をひそめて生きているわけではない。北朝鮮の体制を賛美する学校に子供を通わせているのだ。朝日新聞は「生徒たちに責を負わせては」ならないというが、生徒たち外野な思いをしないように尽くすのは、まず、その親であり、在日社会である。朝日の言い分は見当違いである。

在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)と結びついた学校のあり方にも疑念の声がある。文科省はそうした点にも踏み込み、調査を続けてきた。 その間の議論を通じ、学校側は開かれた教育への姿勢を示しつつある。教科書の記述も改める動きが出てきた。父母の間にも、祖国の「3代世襲」に違和感を持つ人はいる。教室に肖像画を掲げることも考え直す時期だろう。そして、自国の負の部分も教えるべきだ。 多様な学びの場の一つとして認めた上で、自主的改善を見守る。そんな関係を築けばよい。
まず変わるべきは、在日社会なのだ。にもかかわらず、朝日は常に日本国民に変化を求める。立ち位置が日本国民ではなく、在日社会にあるからだ。朝鮮学校で行われている教育は、「多様な学びの場」などという新語でごまかせるようなものではない。

歴史を思えば、私たちは在日の人たちとその社会をもっと知る努力をすべきだ。 韓流ドラマの翻訳を支えるのは民族の言葉を学んだ在日だ。年末の全国高校ラグビーには、大阪朝鮮高校がホームタウンの代表として3年連続で出た。彼らは北朝鮮だけを背負っているわけではない。生まれ育った国と祖国の間で悩み、揺れながら生きる若者がいる。 なぜ自分たちがハンディを負わされるのか――。政治の動きに巻き込まれ、生徒たちは苦しんできた。アウェーの寒風をいつまでも浴びせてはならない。

世代が進んでも「在日」という不自然が、親から子供へと引き継がれていく。しかし、考えぬいた末にそういった不自然と決別して韓国系日本人、朝鮮系日本人として生きる道を選んだ人も多いのだ。かりに授業料が無償化されようとも、日本社会が在日にとって外国であることは変わらないのだ。癒されない乾きは、日本に対するさらなる要求を生み出すだけだ。朝日にとっては、無償化を朝鮮高校に通ってる生徒にも適用することが、生徒自身をハンデから、苦しみから解放するかのように言うが、本当に在日の若者を救いたいと思うなら、在日社会に帰化の促進、あるいは帰国を呼びかけるべきだ。


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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本


























































































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