めんどくせぇことばかり バングラデシュ国旗
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バングラデシュ国旗

1947(昭和22)年、インドはイギリスからの独立を果たした。しかし、多数を占めるヒンドゥー教徒に対して、イスラム教徒の多い地域はパキスタンとして分離独立することになった。当時のパキスタンは、インドをはさんで西パキスタンと東パキスタンに国土を二分していた。

カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、トルクメニスタン、アフガニスタン、パキスタン。この「(エ)スタン」は、「~な(の)場所(地域)」、ひいては「~な(の)国」を表す言葉で、かつてペルシャ文化の影響を受けたペルシャ語起源の言葉である。ちなみにパキスタンは、「パーク(清浄な)エスターン」で“清浄な国”の意味を持つ。

両パキスタンは宗教こそともにするものの、違いが大きすぎた。経済、文化、言語は東のウルドゥー語に対して西のベンガル語。これらの違いはさまざまな対立を引き起こし、政治の中心がある西パキスタンにかたよった政治が行われたため、やがて東パキスタンは、パキスタンからの独立を望むようになる。インドは東パキスタンの独立を指示し、第三次印パ戦争、バングラディシュ独立戦争をへて1971(昭和46)年にバングラデシュの独立が確定する。

「バングラ」は“ベンガル人の”を表し、「デシュ」は“国”、“ベンガル人の国”という意味を持つ「バングラデシュ」という国名の緑地に赤い丸。「日の丸」に酷似している。
バングラディシュ国旗 
『旗の歴史、由来資料室』
http://tospa-flags.com/index.html によれば、「赤い円は昇りゆく太陽を表し、地の緑色はイスラムの伝統色であり豊かな大地や国民の活力を表す。また、赤い色は独立戦争で死んだ民衆の血潮を表している。」ということである。原型は1971年の第三次印パ戦争時に芸術家カムルル・ハサンによってデザインされたもので対立関係にあった西パキスタンのイスラム主義の象徴「三日月と星」に対抗することを意図しているといわれる。
パキスタン国旗 
バングラデシュは、独立時に日本がいち早く承認したことや、最大の援助国であることもあり、大の親日国家である。しかし、国旗の由来と日本との関係を考えれば、独立以前の関係を考えなければならない。かつて名越二荒之助氏がその由来を尋ねたところ、駐日大使館の広報担当官は「日本への憧れである」さらに、「私の国では国旗の意味を特定していない。解釈は自由である」と答えたという。独立以前に彼の国の人々の中にあった“憧れ”にもつながる日本との関係とは何か。

ラビーンドラナート・タゴール。バングラデシュ国歌の作詞、作曲者。1913(大正2)年にアジア人発のノーベル賞であるノーベル文学賞を受賞している。岡倉天心らと親交を結び、日本人の事前を愛する美意識を高く評価。5度にわたり来日している。満州事変以降の日本の軍事行動を批判。

スバス、チャンドラ・ボース。インド独立運動家。日本の支援を受けての闘争による独立を目指し、日本軍のインパール作戦に参加して、ともに連合軍と戦う。チャンドラ・ボースは台湾において事故死するが、遺骨は日本に運ばれ、杉並区の日蓮宗蓮光寺に眠っている。

ラダビノド・パル。極東国際軍事裁判(東京裁判)において判事を務めた唯一のアジア人。起訴された被告人である日本人全員の無罪を主張した意見書(パル判決書)で知られる。歴史学者の粟屋憲太郎は「(ラダビノド・パルは)日本と手を組んでインド国民軍を率いてインド独立を達成しようとしたチャンドラ・ボースに近く、東京裁判に対する反論は・・・“西洋帝国主義に対する強烈な敵意に基づいた”日本への共鳴だった。」と述べている。

特にチャンドラ・ボース、ラダビノド・パルと続く系譜の中で、いったい日本はどう位置づけられるか。バングラデシュ独立につながるインド独立の過程で、多くの日本人の血が流された。南海の孤島で屍をさらし、太平洋に沈んだ。東南アジアの密林にはいまだに多くの白骨が埋もれている。空襲や原爆の火に焼かれ、親を失った子は飢えた。大陸でも、多くの兵士が戦火に倒れた。ソ連へに追われての引き上げは悲惨を極めた。その戦いにおいて、チャンドラ・ボースは、日本とともに戦った同士であった。

日本がアジア解放を旗印としたのは、四面楚歌とも言えるほど追い詰められた国際関係の中でのことである。もはや掲げるべき旗はそれ以外になくなっていた。しかし、アジア諸国、さらにはアフリカ諸国の独立も、そこから導かれたものである事は明らかだ。敗戦国日本は、独り苦汁をなめた。だからラダビノド・パルは、日本人全員の無罪を、東京裁判で主張した。

国旗のデザインが同じだからといって、そのように考えるのは「我田引水」といわれるかもしれない。しかし、このような関係を無視して、バングラデシュがあのデザインを採用したことを語ることの方がより不自然ではないか。

「私の国では国旗の意味を特定していない。解釈は自由である」・・・かつて、駐日大使館の広報担当官の語った言葉である。バングラデシュは英連邦の一員である。だから公式には、赤い円は昇りゆく太陽を表し、地の緑色はイスラムの伝統色であり豊かな大地や国民の活力を表す。また、赤い色は独立戦争で死んだ民衆の血潮を表している。」という。パキスタンの「三日月と星」に対抗して「太陽」だという。でも、なぜ日本と同じデザインなのかは、どこにも説明されていない。 
 
日本はこういった親日国をこそ大事にすべきである。

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テーマ : アジア
ジャンル : 政治・経済

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まとめteみた【めんどくせぇことばかり】

1947(昭和22)年、インドはイギリスからの独立を果たした。しかし、多数を占めるヒンドゥー教徒に対して、イスラム教徒の多い地域はパキスタンとして分離独立することになった

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こんな本、あんな本


この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本












































































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