めんどくせぇことばかり 

労働観『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』 川口マーン惠美

方向性は違うけど、たしかにドイツ人というのは真面目な人たちなんだな。理屈にあった社会をきちんと作ろうとする姿勢には、頭の下がる思いまで湧いてくる。日本人は、そのへんの理屈っていうのが苦手・・・というか、嫌いだからね。

休暇のとり方なんて、その違いを如実に表している。有給休暇っていうのは自分のために使うべき休暇だよね。ドイツ人は、風邪引いたら、しっかり病休をとるって。風邪引いて有給使う人はいないってさ。逆に、日本人なら、風邪程度で病休取る人は、私のまわりにはいないな。よっぽどじゃなければ休みさえしないからね。まあ、休んだ場合、自分であとから埋め合わせるか、誰かに背負い込んでもらうことになるからね。

ドイツは有給が30日あって、まず残す人はいないって。それも、10日とか20日とかまとめて取って、リフレッシュしてるって。ただ、ドイツ人は真面目すぎて、その休暇を無駄なくギリギリまで使うため、ヘトヘト状態で休暇明けを迎える場合も少なくないらしい。そして休暇が開ければ、次の休暇に向かって準備を始め、休暇におわれるはめになる人もいるらしい。

だけどドイツでは、みんながそれだけ休んでも、仕事が回るようなシステムづくりをしてあるらしいね。働く人の権利が、しっかり回るようなシステムも整備するあたりは、偉いもんだな。理屈が通ってるよね。日本なんか、形だけ“労働者の権利”を取り入れたって、もしみんながみんな、それを行使しようとしたら、たちまち仕事が回らなくなるもんね。「まあまあ、そのへんは・・・」で終わっちゃってるんだよね。

医者もそうなんだって。うちの近所では、小児科の先生は休みが少ないな。逆に、耳鼻科の先生は盆暮れ正月に春秋の長期休暇は欠かさない。一週間は平気で休みにするから、かかっている人はけっこう困ったりする。それがドイツでは、医者も夏にはたいていニ~三週間いなくなるって。ただ、知らずに電話すると、留守電が代行の医者を教えてくれるって。

なんにしろ、ドイツはいつでも誰かが休暇中で、それを前提とした代行システムができているということだ。



講談社プラスα新書  ¥ 905

宣伝が下手。そのせいで、日本は、実態のほうがイメージよろも良い、唯一の国
  • 第1章 日本の尖閣諸島、ドイツのアルザス地方
  • 第2章 日本のフクシマ、ドイツの脱原発
  • 第3章 休暇がストレスのドイツ人、有休をとらない日本人
  • 第4章 ホームレスが岩波新書を読む日本、チャンスは二度だけのドイツ
  • 第5章 不便を愛するドイツ、サービス大国の日本
  • 終 章 EUのドイツはアジアの日本の反面教師

お互い敗戦国。そして、戦後のなにもないところから世界トップの経済大国にのし上がった点も同じ。でも、大きく違う点があるとマーンさんは指摘している。

日本人が自分たちで必死で働いて軌跡の復興を成し遂げたのに比べて、ドイツは人手不足が始まった早い段階で外国人労働者を導入したんだそうだ。1955年にイタリア、1060年にはギリシャとスペイン、61年にトルコ、63年にモロッコ、64年にポルトガル、65年にチュニジア、68年に旧ユーゴと言うように、次々に各国政府と労働者受け入れの協定を結んだ。

国際市場に競争力のある製品を送り込むためには、低価格は大きな武器であり、企業は安い労働力を求め、政府はそれに応じた。1970年代には出稼ぎの単純労働者の数は300万人に迫ったそうだ。これがドイツ経済発展の原動力だったんだな。

ところがドイツの経済発展は、そこをピークにして止まる。失業した外国人労働者は、意に反して自国に帰ろうとしなかった。彼らの国は、依然として貧しかった。仕事のないドイツの方が、まだましな生活が遅れるなら、自国に帰る意味はなかった。社会保障費を支えてくれるはずだった外国人労働者が、今度は社会保障費を食いつぶす存在に変わったんだそうだ。

実際に食いつぶされるかどうかはともかくとして、入ってきたのは大量の単純労働力だったから、そこに自然とドイツ人労働者の仕事と外国人労働者の仕事の区分ができちゃったんだな。

どこを見ても、単純な作業労働に従事するのは外国人労働者で、高度な技術を有する仕事や知能労働はドイツ人ということなるわけだ。一つの国の中でそういう区分が出来上がることは、決して好ましいことじゃない。そこから突発的に発生する事件もあるだろうし、長い時間をかけて堆積するさまざまな感情も、いつか必ず目に見える形で問題となってくるだろう。

マーンさんの言う通り、日本は外国人労働力に頼らずに高度経済成長を成し遂げた。ありとあらゆる仕事において、それを遂行することで社会に貢献してきたのは、基本的に日本人だ。

日本人にとって、自分の仕事に一所懸命になるってことは、いわば仏道と同じ。たしか、鈴木正三がそう言ってたような。ならば、職業に貴賎なんて、あるはずもない。そう思えることはありがたいことだな。

いま、少子高齢化の進行とともに社会が変わろうとしているが、そのへん、もう一度よく考えていった方がいいな。




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『大人のADHD』 福西勇夫 福西朱美

「なぜこの本を?」って、唐突に思われるかもしれない。でも、私にとっては唐突でもなんでもなくて、以前からけっこう気になっていた。そこへ、とても分かりやすそうな本があったので、入手した。

仕事の関係で、定時制高校に通うADHDの生徒に関わったことがある。化け物じみた(・・・決して悪い意味じゃなく、心の底から驚いて、こういう言い方をしてる)運動能力と反射神経を持った生徒で、30年も若い連中に関わる仕事をしているけど、あんな奴、他にいない。オリンピックレベル、それもメダル級と、今でも確信している。

そいつがADHDで、思ったことはすべて言動に出てしまう。抑えられない。中学校までは、学校の指示もあり、薬を飲んで登校していた。母親が、これもこの子の個性と、市立高校へ進学して薬をやめて登校した。半年で、女性教諭とのトラブルを起こして退学し、定時制に入り直した。

授業を見たが、ひどかった。いくつも問題をおこしたが、それでも何とか4年間かけて卒業した。

この本によれば、ADHDというのは、注意欠如・多動性障害といって、多動性や衝動性、注意欠如を特徴とする発達障害で、20人から25人に1人の割合で該当するという。

上記の生徒は、“衝動性”の「思い付きをすぐ言動に移す。がまんが苦手」という説明にぴったり該当する。それでもそいつ、私の言うことは聞いたんだ。1~2カ月付き合ううちに、そういうふうに仕向けた。で、その運動能力と反射神経を買われて自衛隊に入隊した。入隊後、最初の運動能力測定で、ソフトボール投げで90m投げて化け物ぶりを発揮した。こいつ、子どものころから特定のスポーツを長く続けたことなんかないんだ。ボール投げればそんなだし、走って跳ばせりゃ上履きで6m。初めて卓球のラケットにぎって1時間で私を退けた。自衛隊でも期待されて当たり前。

でも、入隊後半年で、上巻をぶん殴って首にされたそうだ。


『マンガでわかる大人のADHD』    福西勇夫 福西朱美

法研  ¥ 1,728

誰にでも役立つ 精神科医が教える成人期ADHDコントロール法
第1章 ADHDで困っていませんか? 
第2章 ADHDで困っています! 
第3章 自分でできるADHD対処術
第4章 ADHDを病院で治療する
第5章 ADHDを克服して… 

子どもの頃、なぜか母親が小学校に迎えに来て、小学校から病院に連れて行かれたことがある。しかも、病院に行ったことは、誰にも言っちゃダメってことになっていた。

正直あまりよく覚えているわけではないんだけど、かかったのは精神病院で、今考えれば祖父母の目をはばかって内緒ということになっていたんだろう。ただ、ひたすら怖かった。私は、「タキコと同じ特殊学級はいやだ」と母に泣きついた。

子どもの頃、私は、すぐにどこかに行ってしまう子だった。“どこか”というのはどこでもいいわけではない。目的を持って行動しているのだ。「あそこに行こう」と思って行っているのだが、誰にも「行く」とは言ってない。だから、一度は行ったことのある場所なんだけど、家にたどり着く前に夜になってしまって、どこかの大人に連れて帰ってもらったり、電話してもらった場合は母が迎えに来た。

忘れ物はひどかった。何年生の時だったか、先生が棒グラフの好きな方で、忘れ物まで棒グラフにしていた。私の棒は、模造紙を軽く突き抜け、壁にぶつかって折り返していた。

なにか楽しいことを思いついたとき、机に向かって座っていることが難しかった。もう、先生の言うことも上の空。

でも、学校って、先生の言うことを聞いてないと、とんでもない目に合う。とんでもない目に何度もあって、学校に行くのが嫌になることも多かった。

中学校でもそうだったけど、高校に入ったことから少し変わったと、自分では思っている。もともとが、私があった定時制の生徒なんかに比べれば程度が軽かったんだろう。自分でも何とかしなきゃと思う部分はあって、少しずつ、自分なりの方法でコントロールすることができるようになったんかな。

もちろん、何の心配もいらないなんてことじゃなく、それなりに、自分のそんな部分とうまく付き合うことができるようになってきたんだと思うけど。もちろん、その後も失敗はいくらでもあるけど・・・。

最近の私の悩みは、そのコントロールが、なかなかうまくいかないことが時々あるってこと。そんな不安から本書を読んでみた。でも、この本は、“コントロールガイド”だからね。コントロールが、時々難しっくなった私が読んでわかったことは、私はやっぱり、今ならADHDって診断されてたろうなってこと。




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『世界の裏側がわかる宗教集中講座』 井沢元彦

じつは、わたしこの本読んでた。《出た。見た。買った》の衝動買いパターンだった。その時、前に読んだ本が思い浮かばなかったわけじゃない。だけど、それよりも、「井沢さんが、また宗教に関する新しい本を出した」と思い込んでしまった。だけど、ちゃんと後ろの方に書いてありました。

《この作品は徳間書店より2006年11月に刊行された『ユダヤ・キリスト・イスラム集中講座』と、2007年3月に刊行された『仏教・神道・儒教集中講座』を合本し、加筆・修正したものです》

2冊とも読んでいる。段ボールに入れて、眠っているかと思いきや、・・・なんと、本棚の見える位置に仲良く並んでいる。くっ、悔しい。

と、言うことで、この文庫本はずいぶん前に買ったにもかかわらず、私の心の中では、〈買ってない〉ことになっていた本なわけだ。

そんな本を、なぜ私は再び手にしたのか。じつは、この間紹介した『住んでみたドイツ・・・』っていう本。なんかの都合で途中まで読んで、押し入れ行きにしてあったんだけど、恥ずかしながら、読んだ部分も、読んだと思い出さずに面白く読んでしまった。ああ、なんてことだろう。

そんなわけで、罪のないこの本を手にすることになったわけだ。そして、・・・面白かったんです。



徳間文庫  ¥ 972

世界の人間は宗教で動いている 宗教を知らずしては、国際親善も相互理解もあり得ない
第1章 ユダヤ・キリスト・イスラム 一神教の世界はこうなっている
第2章 ユダヤ・キリスト・イスラム 一神教それぞれの言い分
第3章 仏教集中講座 日本における仏教の変容
第4章 神道集中講座 「和」と「穢れ」と「言霊」と―神道の無自覚な信徒たる日本人
第5章 儒教集中講座 「儒教の毒」と儒教の国「中国・韓国・北朝鮮」
この本は宗教に特化した本だけど、ちょっと前に読んだ井沢さんの『逆説の世界史2』でも、一神教を取り扱ってた。過去記事だけど、これも面白かった。
「キリスト教徒は21億人で、イスラム教徒は12億人」だって。・・・ユダヤ教徒を加えて、人類の半分近くが一神教徒か。始末におえな・・・、いやいや、ずいぶんたくさんいるんだね。なにしろ、“一神教”についてはこの間書いたけど、《ただでは済まない一神教徒》だからね。

物事、袋小路にから抜け出せなくなって、煮詰まっちゃった時には、一度原点に立ち返れば、本質を見つめ直せば、なにか話を展開させる糸口がつかめるもの。だけど、一神教だけはだめ。そんなことになれば、イスラム教徒が立ち返る先は7世紀のオリエント。グローバル化に巻き込まれてかつての秩序は失われ、ムハンマドは人々に強力な力を持つ神への道を示した。

ユダヤ教なら、出エジプトか。モーゼは神との契約と約束の地を示した。でも、教義の中に連帯が生まれるのはバビロン捕囚後かな。あるいは紀元の頃のオリエント。一番“ユダヤ”が意識されるのは、やはりユダヤ戦争?だったら、ユダヤの人々は、そこで行き場を失ったはず。

キリスト教徒なら紀元ころのオリエント。グローバル化の波にさらされ行き場を失った人々に、イエスは・・・、イエスはともかく、イエスを担ぎ上げた連中は、イエスの十字架と復活という輝く道を示した。

そんなところに変えられでもした日には、神の本質を捻じ曲げる輩はもちろん、自称多神教徒なんか、許しておくわけには行かなくなって、正義の味方桃太郎侍に退治されてしまう。


小学館  ¥ 1,782

一神教のタブーと民族差別
序章  一神教の起源
第一章  ユダヤ教徒『旧約聖書』の謎
第一話  ユダヤ民族が体験した二大奇蹟
第二話  聖地エルサレムをめぐるローマ帝国との攻防
第二章  キリスト教徒『新約聖書』の謎
第一話  民主主義社会における「平等化推進体」
第二話  『新約聖書』で読み解くイエスの生涯とその復活
第三章  イスラム教徒『コーラン』の謎
第一話  メッカで布教を開始した使徒ムハンマドと聖戦
第二話  誰がムスリムのリーダーを決めるのか
第四章  十字軍遠征と聖地エルサレム
第五章  オスマン帝国の崩壊と中東戦争
第一話  近代資本主義社会の成立を阻むもの
第二話  中東和平をこじらせる最大の障害

歴史は、私たち現代人がどう生きるべきかを考える“鏡”として勉強する。・・・うっ、まるで、言い方が支那人みたい。まあ、支那人が好んで鏡とする歴史は、こう言っちゃあ何だけど、彼の国の歴史っていうのはいかさまって相場が決まってるからね。

そんなことはともかく、なかでも、宗教は人の生き方に極めて大きな影響を与える。いや、人は神によって生かされる。それが一神教なら、もう逃げ場はない。一神教徒で人類の半分、それに支那人とインド人を合わせれば、おおよそ60億人。それがひしめき合ってきた時間を歴史と呼ぶのか。ああ、なんてことだろう。・・・、考えないようにしよう。とにかくそんな風にして、今の世の中は成っている。

「これからの時代を、私たちはどう生きていくべきか。」・・・、井沢さんの書く歴史は、その本質を、けっして踏み外さない。だから、読み応えがあるんだな。

この本を読んで、一つの確信を持った。現代の捉え方なんだけど、その捉え方の一つとして、「オスマン帝国なき後の世界」という捉え方は、やはり成立する。オスマン帝国はそれだけ巨大だった。その力によって、さまざまな問題を押さえてきた。バルカンの問題、人種間の問題、そして宗教の問題。オスマン帝国は、それらの対立を、けっして先鋭化させなかった。

やがてオスマン帝国は力を落とし、代わって西ヨーロッパがその地に張り出した。オスマン帝国が押さえてきた諸問題は先鋭化し、西ヨーロッパは搾取を通して火に油を注いだ。

現代世界が直面し、解決しようにも、なかなか糸口もつかめない問題がある。最たるものがパレスチナ問題だろう。井沢さんは、パレスチナ問題にも挑戦を試みた。

あとは、読んでみてね。




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『野菜料理 おいしさのひみつ』 野崎洋光

肉が好きだよ。でも、それそのものの味の多彩さを楽しませてくれるのは、何と言っても野菜だよね。野菜の多彩な味わいがあってこそ、肉や魚の味が生きる。楽しませてくれるのは、どっちかっていうと野菜なんだな。

朝ごはんは、もちろん、ご飯。納豆とたまごと漬物が基本。野菜は味噌汁でとる。具沢山の味噌汁なんだけど、最近、楽しんでることがある。子供が家を出て、連れ合いと二人分の味噌汁をいつも作る。煮立った状態で、お椀たっぷりの野菜とお汁を過不足なく作る。出しは、粉末にした煮干しと鰹節。煮干しは頭とはらわたをとる方。これは以前、息子に苦いと言われて以来。最近覚えたのは、そこに肉団子を入れること。業務用の肉団子なんだけど、味は確認済み。連れ合いの分と二個入れるだけで、こくが出る。ちょっと、鍋のような味わいが楽しめる。

「うまかった~」 毎回毎回、そう言っておわれる食事を目指ている。

この本は、そのために大きな役割を果たしてくれる。最近は、季節を問わず棚に並ぶ野菜が多い。でも、野菜を美味しく食べるのは、旬を意識すること。だから、スーパーだけじゃなくて、農産物直売所とか、それこそ気の利いた無人販売所を見つけておけば、時期時期の野菜が楽しめることも多い。あそこの白菜、あそこの赤かぶと、楽しみにしている無人販売所がいくつかある。

そんな旬な野菜のうまい食い方を、あるいは工夫のヒントを教えてくれるから、この本は捨てがたい。



家の光協会  ¥ 1,728

日本料理“分とく山”の総料理長の野崎洋光がおしえる野菜の美味しさ
第1章  春の野菜料理
  アスパラガス キヌサヤ 菜の花 新タマネギ ほか 
第2章  夏の野菜料理
  トマト ピーマン キュウリ ほか
第3章  秋の野菜料理
  ニンジン ナス 水菜 ほか
第4章  冬の野菜料理
  春菊 小松菜 サトイモ ほか

昼飯は、ご飯を詰めて持っていって、あとは職場で簡単な調理する。忙しいときは、ラーメン作ってラーメンライスで食べるか、レトルトのカレーも常備してある。だいたいは、家からちょっとした野菜と、ハム、または肉団子を持っていって、炒め物丼や、スープごはんにして食べる。いろいろなことがあるから、そばやうどんも常備してある。塩、味噌、しょう油、コンソメ、炒め物ようにラード、あとはとろみを付けるために片栗粉なんかも揃えている。時々上司が分室に来て、「いったいこの棚はなんだ」という顔をして除くが、私は平気。美味しいお昼を食べるためだからね。

そんなときも、実は、野菜の使い方が重要。ラーメン一つだって、野菜が入ると入らないでは大違い。なんだったら、もやし炒めをのっければ、どうよ。もやしは18円。インスタントラーメン40円。ラードや調味料と合わせたって、70円もかからずにもやしラーメンよ。

いやいや、この本を読んでいて、もやし炒めだけじゃあもったいない。どの料理も、プラスアルファがこの本の魅力だからね。だからといって、手の届かない料理じゃない。

豆乳を使ったものがいくつかある。「ピーマンの豆乳スープ」、「レタスの豆乳鍋」。これの豆乳で、レタスやピーマン入れる前に、湯葉を引き上げてみた。面白いよ。で、連れ合いと私で交代に湯葉を引き上げて、ポン酢で食べたあと、レタスの鍋にしたり、ピーマンのスープにしたりして食べる。二度楽しめる。それぞれの食材に、これまで試したことのないやり方が紹介されたり、「分とく山」ならではのやり方の中でも、挑戦可能なものが乗せられているのが面白い。

無人販売所の中でも、この時期に行くと赤かぶを出しているところがある。すっかり忘れてた。もうそろそろ出てくるかな。これを酢で真っ赤に漬けるんだ。一年ぶりに、その直売所に言ってみよう。なにより旬のものを食べたいよね。




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『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』 川口マーン惠美

本を読んでいても胸がときめかない時がある。そんなときに無理やり本を読んでいると、それなりの時間が過ぎたあと、ただ単に無駄な時間を過ごしたことに無性にイライラしてくる。

幾つかの要因が考えられる。本がつまらない。私の知識が足りない。体調が悪い。心配事がある。その他いろいろ。理由を考えても仕方がない。理由が何であれ、そんなときは仕方がない。本のせいにして、眠ってもらう。

リフレッシュ❢ ・・・で、違う本を読む。

と思ったら、読む本がない。・・・でも大丈夫。ほらほら、眠らしている本がある。ということで、押し入れに頭を突っ込んで、ガサゴゾガサゴソやって、今回はこの本。

レレレ、川口マーンさんの本じゃん。こりゃ間違いなく本のせいではなくて、自分がなんらかの理由でおかしくなってたんだな。この本が面白くないはずない。いや~、良かった、良かった。

2013年の本。やはり、東日本大震災にこだわっている。・・・あれ、最初の方だけじゃなく真ん中辺まで読んでる。ずいぶん読んでる。途中でなんかあって、放り出して眠らすことになったらしい。



講談社プラスα新書  ¥ 905

宣伝が下手。そのせいで、日本は、実態のほうがイメージよろも良い、唯一の国
  • 第1章 日本の尖閣諸島、ドイツのアルザス地方
  • 第2章 日本のフクシマ、ドイツの脱原発
  • 第3章 休暇がストレスのドイツ人、有休をとらない日本人
  • 第4章 ホームレスが岩波新書を読む日本、チャンスは二度だけのドイツ
  • 第5章 不便を愛するドイツ、サービス大国の日本
  • 終 章 EUのドイツはアジアの日本の反面教師

ドイツに住んで30年の川口マーンさんの日本人論。8勝2敗の2敗がなんであったのか気にはなるが、まあ、大きく勝ち越せたことを喜んでおこう。しかも、勝ち越した相手がドイツ人ということなら、なおのこと上々だ。言ってる端から、私もドイツになんらかの固定観念があるらしい。あるには違いないのだが、なにが“ドイツ人ということなら”なのか、手のひらに乗せて見せることができるわけじゃない。

この本が、ドイツ人を鏡とした日本人なら、その日本人を通してドイツ人も見えることになる。そのへんから、なにが“ドイツ人ということなら”なのか、はっきりさせたいもんだと思う。

さて、さっきの2敗だけど、“まえがき”にすでに日本人の欠点が指摘されている。その一つが論理性の欠如。著者は、「ドイツ人は哲学的指向が好きで、思考の過程を愛しているが、日本人は・・・議論などさしおいて一足飛びに結論を出すほうが好きだ」といっているが、まったくその通り。“なぜそうなるのか”という過程を蔑ろにするから、同じ失敗を繰り返したりする。

もう一つ著者があげているのが、広報活動の稚拙さ。だから、「世界の多くの国がイメージのほうが実態よりも良い中で、日本は実態のほうがイメージよりも良い唯一の国」と著者は言う。そのへん、日本に60年近く住み続けている私にはよくわからない。どうして宣伝なんかしなきゃいけないのかもわからない。

普仏戦争に負けたフランスは、ドイツとの国境にあったアルザス地方を失った。アルザスの学校ではフランス語を教えてはならないことになり、最後の授業が行われる。フランス語の先生は、やがて悲しみで言葉が途切れ、黒板に「Viva la France!」と書いて授業を終える。母国語を奪われたフランス人の怒りと悲哀が伝わってくる『最後の授業』という話。この本でも紹介されているのだが、これ、私も覚えている。

以下、本書に教えてもらったことだけど、アルザス地方は紀元前1世紀にゲルマン人が住み着き、忠誠からは神聖ローマ帝国に属した。住民のアルザス人はドイツ系で、フランス語を話したことはない。17世紀、三十年戦争でぼろぼろになったドイツに代わりフランス王の領有となるが、住民の話したアルザス語はドイツ語の方言。それは、あのルイ14世の時代でも変わらなかった。フランス革命が発生し、ナポレオン・ボナパルトにかき乱されたヨーロッパの秩序を取り戻すためウィーン会議が開かれる。アルザスはフランス領にとどまるが、住民がアルザス語を使っていたのは変わりない。ただ学校では、単なる一科目としてフランス語の授業が行われた。そしてそれから50年ほど経って普仏戦争となる。

『最後の授業』に、私も心を掻き立てられた口。だけど、このお話、上のような状況を考えれば、なんかおかしい。最初から、政治的意図のプンプンする話ということになる。

その後のアルザスは、第一次世界大戦後のヴェルサイユ条約によりフランス領有になるが、ヒトラーが取り戻す。第二次世界大戦においては、フランスそのものがドイツに占領され、戦争中の大半を敗戦国として過ごしたフランス。ところが、最後の瞬間だけ戦勝国となったフランスがアルザスを取り戻す。

マーンさんの言う、“イメージのほうが実態よりも良い”国っていうのは、まずはフランスってことかな。




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八幡神『「日本人の神」入門』 島田 裕巳

あっれー❢ アッラーはアラビア語で“神”を意味する普通名詞なんだって。固有名詞じゃあないんだ。私はてっきり、ヤハウェをアラビア語でいうとアッラーになるのかと思った。・・・ったく、まいった、まいった。

そんなことを教えてもらいつつ、この本だけど、とにかく文献をもとに淡々とかかれているイメージ。飛躍はしない。「自分でかってに飛躍してね」ってところかな。ただ、どっちの方角に飛躍すると面白いかは、しっかり押さえてもらってる感じ。

ここではとりあえず、八幡神を取り上げてみたい。
八幡神と言うのは災厄を振りまく荒ぶる神様だったんだな。

八幡神は応神天皇の霊で、欽明天皇の時代に“宇佐”に現れた。一時は心が荒れて、五人のうちなら三人を殺し、一〇人のうちなら五人を殺すほどだった。その心が和らいでから、ようやく社殿を立てて奉斎がかなうようになった。『宇佐八幡宮弥勒寺建立縁起』(『承和縁起』)

近づいた者を死なせてしまうほどの威力を発揮していたからこそ恐れられ、敬われていたわけだ。何かと反乱の鎮圧に当たっては八幡神への戦勝祈願が行われたそうだし、とくに武士たちの尊崇を集めたのも納得できる。

書かれていることだけど、当たり前っていえば当たり前なんだけど、八幡神が応神天皇なら、父親は仲哀天皇で、母親は神功皇后。武内宿禰が絡んでくるけど、そんなことは天が許さない。仲哀は熊襲討伐に向かう中、いきなり、先に新羅を打てと神託を受けるが、これを蹴飛ばしてしまう。で、神罰が下って死んでしまう。神罰を下した神は天照らしい。ということになると、八幡神にとって天照は親の仇かぁ?


講談社新書  ¥ 864

神道と仏教との仲介役を果たした、戦慄すべき八幡神
第一章  場所性をもつ日本の神 一神教との対比
第二章  怖れられた皇祖神 天照大神
第三章  戦慄すべき八幡神
第四章  日本的三位一体
第五章  出雲大社と大国主、そして出雲国造
第六章  神を祀るということ
第七章  人を神に祀る
第八章  日本的一神教


八幡神は、日本における仏教の興隆にも大きな役割を果たしている。大仏造立を八幡神がお出ましになって守護している。後の手向山八幡宮に収まって大仏造立と、それにともなう仏教興隆に大きな役割を果たす。さらには、宇佐八幡神託事件を巡っては、信託を受けに参宮した和気清麻呂の前に、身の丈三丈もの僧形の八幡神が現れたそうだ。

そういうことになれば、もちろん神仏習合のトップランナー。

那須与一は、屋島沖の船中、兵への女御の掲げる日の本の扇に狙いを定め、「南無八幡大菩薩」と唱えて矢を放つ。なな、南無八幡大菩薩。八幡神は仏教の大菩薩と崇められ、武人の守護神になった。

大仏造立のために八幡神は平城京にお出ましになって手向山八幡宮に勘定された。総国分寺たる東大寺に八幡神が守護神についたのだから、各国の国分寺でも同じ現象があったはず。
もとは渡来系の人々の神だったと言うが、それがいつしか宇佐八幡に祀られ、平城京に進出して仏教の興隆に貢献し、全国に広がっていった人々がいるということか。宇佐
この地図は、前に使ったもんなんだけど、◯は山門、△は高良山を示したもの。その中に宇佐に印をつけてみた。やはり、大和朝廷成立に関わった何某かの勢力ということだろうか。
私が生まれたのは埼玉県秩父市下影森の旭町、すぐとなり、西側にあったのが八幡町。「やはた」と読む。こんなところにまで八幡神はお出ましになっていた。ちなみに、歌手の冠二郎さんの生まれたところだよ。




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『誰が第二次世界大戦を起こしたのか』 渡辺惣樹

《日米戦争の原因は、ポーランドの頑なで、稚拙な対ドイツ外交にあった》

ちょっと前なら、私はこの言葉の意味を理解できなかったな。日本とアメリカの戦争は、対外戦争不干渉をうたっていたフランクリン・ディラノ・ルーズベルトが、日本から手を出させるためにさまざまな圧力をかけて追いつけたことから始まったことは理解していたけどね。でも、それよりも2年も早く始まっていたヨーロッパの戦争が日米戦争の原因となっているということは、残念ながら意識の外にあった。

そう、その《ポーランドの頑なで稚拙な外交》の裏で糸を引いていたのがルーズベルトであるということは、少し前まで想像もしてなかった。
右の本は、チャールズ・A・ビアードの書いた『ルーズベルトの責任』という上下巻の本。2011年に出た本だな。だけど、もとは1948年に出されたのに禁書同然の扱いを受け、もちろん、占領下の日本では翻訳もされなかった。
「世界恐慌に無策のフーバー大統領に代わってアメリカの経済を復活させた大統領」という世界史の教科書のような認識しかない人が圧倒的に多いと思うんだけど、これを読んでもらえば認識が変わると思う。
こちらはハミルトン・フィッシュの『ルーズベルトの開戦責任』。これもすごい。今年に入って文庫版が出たんだな。私は2014年に単行本で読んだ。だけどアメリカでは1976年に出てる。

ハミルトン・フィッシュはアメリカを参戦に導いたF・D・Rの手口をこう言っている。「天使も涙するほどの手口」

どうだろう。ハミルトン・フィッシュの言う「天使も涙するほどの手口」を、知ってみたいと思いませんか。


草思社  ¥ 1,836

ヒトラー、チャーチル、ルーズベルト… 悲劇の元凶はいったい誰だったのか?
第一章 ハーバート・フーバーの生い立ち
第二章 『裏切られた自由』を読み解くー共産主義の拡散とヨーロッパ大陸の情勢
第三章 『裏切られた自由』を読み解くーチェンバレンの「世紀の過ち」とルーズベルトの干渉
第四章 『裏切られた自由』を読み解くールーズベルトの戦争準備
第五章 連合国首脳はなにを協議したのか

時代が生み出したものだろうが、この時代には多くの化け物が生まれている。レーニン、ヒトラー、スターリン、金日成、毛沢東・・・、だけど一番の化け物はルーズベルトじゃないかな。たしかにあの戦争で一番得をしたのは、あるいは多くの人を政治死に追い込んだのは共産主義者たちだけど、化け物は人類を第二次世界大戦に追い込んだ。

ヒトラーのオーストリア併合、それに続くチェコスロバキアへのズデーテン地方要求は、ある意味で、ベルサイユ条約のゆがみを正す既定路線だったといっていい。もとからパリ講和会議におけるチェコスロバキアの要求自体がひどかった。ここぞとばかり敗戦国をいたぶる会議にあっても、異様と言えるほどの領土を要求したらしい。

ロイド・ジョージ英国首相が疑問を呈すと、チェコスロバキアは抱え込むことになる少数民族への配慮を約束したという。民族独自の教育、信教の自由、人口に比例した議員数など、約束したことを、チェコスロバキアは何一つ守らなかったそうだ。
チェコ系   650万人
ドイツ系   325万人
ソロバク系  300万人
ハンガリー系   70万人
ウクライナ系   50万人
ポーランド系     6万人
左はチェコスロバキアの民族分布。
すごく無理のある構成だね。チェコは無理を通して、自分の首を絞めることになる。
ヒトラーのもとで目覚ましい経済成長を遂げるドイツ。同じドイツ系のオーストリア併合を見たチェコスロバキアのドイツ系はほとんどがズデーテン地方に住んでいた。少数民族の悲哀をかみしめさせられている彼らに、ドイツ帰属を求める動きが現れるのは当たり前だった。

ミュンヘン会談で英首相のチェンバレンがヒトラーの要求をのんだのは、既定の路線だった。その後のチェコ解体は、チェコの自壊であり、兵を一人たりとも動かしたわけではない。そしてドイツはソ連に向かう。その途中にポーランド回廊とダンチヒがある。

ところがそこで、チェンバレンが豹変する。ポーランドが最悪の外交に終始する。その背景に、ルーズベルトという世紀の化け物がいたわけだ。




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湯川さん・後藤さん『ブラック・フラッグス』 ジョビー・ウォリック

2015年初頭でしたね。「イスラム国」に拉致された治安・警備コンサルタントの湯川遥菜さんと救出に向かい囚われの身となったジャーナリストの後藤健二さんが、あの濃いオレンジ色の囚人服みたいのを着せられて、身代金を要求するビデオのためにカメラの前でポーズを取らされていた。

繰り返し繰り返し、二人を引き出してなぶった上に、ジハーディ・ジョンがカメラに向けていたあのナイフは、最後には二人ののどを切り裂いた。

二人は日本人。他の犠牲者たちと違い、まったく異なる世界の出身。ムスリムの数も少なく、その少ないムスリムも差別のない国と称賛する日本人だった。中東の罪もない人々を救うための支援をしたことはあっても、植民地主義的介入をしたことはない。中東の軍事作戦に武器や軍隊を提供したこともない。そんな国から来た二人の日本人ののどを、「イスラム国」のナイフは切り裂いた。

・・・この本の冒頭、《日本語版への序文》で、著者がそのことに触れているのだ。

自衛隊のイラク復興支援が始まった2003年11月、復興支援開始を翌月に控えて現地入りしていた二人の日本人外交官が殺された。奥克彦駐英参事官と井ノ上正盛駐イラク三等書記官である。さらに、イラク復興支援から1年が経とうとしていた2004年10月、日本から来たバックパッカーの青年香田証生さんが殺された。

いずれも、アブー・ムサブ・ア-ザカルウィをリーダーとするテロリスト集団の犯行らしい。その組織は、その後の成り行きで指導者も編成もかわり、名称も「イスラム国」と名のるようになった。「イスラム国」が湯川さんと後藤さんを人質にして要求したのは、イラクの難民救済のための日本の財政支援をやめさせることだった。基本姿勢は同じで、アメリカの孤立を狙うものだ。2004年、香田証生さんの事件の時、総理の小泉さんからは及び腰なところが感じられたが、2015年の安倍さんの態度には多少の変化が感じられた。国民の意識を背景にしたものだろう。

著者は、「イスラム国」を“ザカルウィの常軌を逸した子孫”と呼ぶ。


『ブラック・フラッグス』    ジョビー・ウォリック

白水社  ¥ 2,484

「イラクのアル・カイーダ」の創設者ザカルウィから、イスラム国の指導者バグダディまで
プロローグ─ヨルダンの首都アンマン 二〇一五年二月三日
第1部 ザルカウィの台頭
 1 「目だけで人を動かすことができる男」
 2 「これぞリーダーという姿だった」
 3 「厄介者は必ず戻ってくる」
 4 「訓練のときは終わった」
 5 「アル=カーイダとザルカウィのために」
 6 「必ず戦争になるぞ」
 7 「名声はアラブ中に轟くことになる」
第2部 イラク
 8 「もはや勝利ではない」
 9 「武装反乱が起きていると言いたいんだな?」
 10 「胸くそ悪い戦い、それがわれらのねらいだ」
 11 「アル=カーイダのどんな仕業も及ばない」
 12 虐殺者たちの長老

まだ、上巻の読みはじめなんだけど、冒頭の《日本語版への序文》で湯川さん、後藤さんの名前を見て、あの時の思いがよみがえった。さらに、香田証生さんや奥克彦駐英参事官と井ノ上正盛駐イラク三等書記官の名前に触れて、いたたまれない思いで書き始めてしまった。

2003年、2004年の、香田証生さんや奥克彦駐英参事官と井ノ上正盛駐イラク三等書記官殺害の背景には、間違いなくザカルウィを指導者とするテロリスト集団が存在するようだ。

2001年のアメリカ同時多発テロに端を発して、アメリカはアフガニスタンへ、イラクへと積極介入していった。それだけ考えても、失策に失策を上塗りしてきたアメリカの対イスラム策であったが、同時多発テロをまねいたこと自体が失策によるものであり、さらに失策はその後も続き、オバマ政権で頂点に達した感がある。

そのたびに、アメリカは新たな敵対者を生み出してきた。ウサマ・ビンラディン、ザカルウィ、バグダディと続く系譜。以前、『倒壊する巨塔』と言う長編のルポルタージュで、ウサマ・ビンラディンの登場の背景を知ることができた。この『ブラック・フラッグス』では、さらにザカルウィ、バグダディ登場の背景を知ることができそうだ。

《日本語版への序文》だけで興奮している場合じゃないね。

あっ、そうそう。ジハーディ・ジョンに殺された後藤さんは、「なぜ取材のために尋常ではない、極端に危ういことまでするのか」と問われて、次のように答えたそうだ。

「面と向かって話をしなければならないからです。そうする必要があると私は思っています」




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『東郷公園から秩父御嶽神社

埼玉県の飯能市。西武秩父線の吾野駅から歩いて15分ほど。車なら299号線。吾野駅を過ぎて5分も行かないうちに、左側に曲がってすぐ。けっこう広い駐車場がある。

秩父御嶽神社は、木曽の御嶽山を本社とし、その御分霊を奉斎する御嶽信仰の神社。御嶽は火山。諏訪大社や月山信仰に通じる縄文以来の火山信仰。木曽の御嶽は2014年に噴火し、縄文時代のこの列島の人たちの思いを私たちに覚らせた。

秩父御嶽神社は信州木曾御嶽山の行者として、その生涯を捧げた清貫一誠が創建し。同じく御嶽山行者の鴨下清八が生涯をかけて東郷公園を整備した。

11月3~5日の連休に遊びに来ると思ってた孫が来ないので、心の隙間を埋めるためにジジ、ババで出かけてきた。
東郷公園は東郷平八郎に由来して、銅像が堂々と立っている。東郷神社も祭られていて、あちこちに縁の品々が見られる。たとえばほら、そこにあるのは、機雷と砲弾。秩父御岳山 (1)
たくさんの楓が植樹されていて、これから身ごろ。11月の25・26日はもみじまつりと銘打って、演芸や模擬店で賑わうそうだ。秩父御岳山 (3)
わかりますか。東郷平八郎元帥のお出ましだよ。えっ?見えづらい? だったら自分で行って、その堂々とした姿を拝んできてね。秩父御岳山 (2)
秩父御岳山 (5) 
これはロシア製の大砲。分捕品だな。
秩父御岳山 (4) 
東郷神社を背に、神様の見ている風景
ここが秩父御嶽神社。ちょっとお参りに行ってみようかなんて、甘く見てるとけっこうな山登り。登りだけで、ジジ、ババは40分ほどで登頂した。このお社の裏に道が続いていて、ここから1時間半ほど登ると、子の権現に行き着く。秩父御岳山 (7)
下山途中、参道から離れたところにいらっしゃった。東郷平八郎元帥がいるなら、こちらは陸軍。乃木希典大将。秩父御岳山 (9)
20170421-01.jpg秩父御岳山 (10)
駐車場まで降りた頃には、歩きはじめて1時間以上が過ぎていた。脇の道を車で10分ほど登ったところにある《浅見茶屋》ってうどん屋に行った。店内も落ち着いた雰囲気で、「きのこつけうどん」をいただいた。とてもいいところだった。おすすめ。

ただし、車で行くには道が狭い。すれ違い可能な場所も多くない。車で行くなら、そのつもりで。
秩父御岳山 (11)




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『今こそ、韓国に謝ろう』 百田尚樹

話題になったサッカーACL「大地震をお祝い」横断幕。
セレッソ大阪対韓国の全北現代モータースで、韓国人サポーターがこの横断幕を掲げた。

《2011年9月11日に書いたブログ》
地震お祝い
 
WBC3-1.png安重根
こんなのもある。これは安重根か。

スポーツの国際大会で、日本選手と韓国選手が戦うことになると、そのたびに嫌な予感が走る。いや、それは予感ではない。間違いなく何かが起こるのだ。韓国は、相手が日本でなくても“やる”ことがある。でも、相手が日本選手なら、まず間違いなく“やる”。

オリンピックのたびに、韓国選手の態度が問題視される。とくに負けたあとの態度だ。ああ見苦しい。日本人が最も嫌うものだ。百田さんも、この本の中で繰り返し言っているが、なによりも恥を知る事を韓国人に教えるべきだった。もちろん、35年の併合時代に。学校をいくつ作っても、食料生産を倍に高めても、橋をかけても、衛生指導をしても、それは韓国人が望んだもんじゃない。日本人の押し付けだ。どうせ押し付けるなら、恥を知ることを押し付けてやるべきだった。



飛鳥新社  ¥ 1,400

一つ人の世生き血をすすり、二つ不埒な悪行三昧 ということで、日本が韓国になした悪行
第一章 踏みにじられた朝鮮半島
第二章 伝統文化の破壊
第三章 「七奪」の勘違い
第四章 ウリジナルの不思議
第五章 日本は朝鮮人に何も教えなかった
第六章 慰安婦問題
第七章 韓国人はなぜ日本に内政干渉をするのか

吉田清治って男は、その存在自体に問題があったのか。出生に謎がある。本名を吉田雄兎というその男は、法政大学出身と自称するが、在籍の記録はない。さらにさかのぼって、彼が卒業したという門司市立商業学校の1931年の卒業者名簿には、「吉田雄兎死亡」と記載されている。吉田雄兎という人間は、1931年に死んでいるのだ。

そして52年後の1983年、吉田雄兎は突然現れて、「済州島で泣き叫ぶ朝鮮人女性を奴隷狩りのようにして慰安婦にした」と証言することになる。

1931年以降に生きていた吉田雄兎は、死んだ吉田雄兎氏に背乗りしていたのだろうと言うのだ。つまり、身分や戸籍を能登ってなりすましたということだ。1937年、24歳の吉田雄兎は19歳の朝鮮人を養子にしている。これは吉田雄兎氏の戸籍をの採った朝鮮人が自分の弟を養子にし、日本人の戸籍に入れたというふうに考えれば辻褄が合うというのだ。

おいおい、腑に落ちるな。

今こそ韓国に謝ろうって言われても、ちょっとその気にはなれない。敗戦時、海外の居住する日本人は軍民合わせて660万人いた。民間人の引き上げ対象者は250万人くらいだっけ。そのうちの半分以上が朝鮮半島経由で返ってくるんだよね。・・・どんな目に合わされてきたか。これからは、その研究をしっかりしないとね。

やはり戦争には、負けてはいけない。もし謝るなら、「負けてごめんね」ってことかな。






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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本












































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