めんどくせぇことばかり 

『ウマつま』 サルボ恭子

『ウマつま』ですからね。毎晩の晩酌を嗜む私としては、手を出さないわけにはいかない本ですね。もう、買ってから1年になります。もちろん、実用に供しております。いや、逆に、あまりにも当たり前すぎて、いつのまにやらすでに紹介したつもりになっておりました。

大きさはB6? で、いいのかな。新書の本と同じくらい。ページ数は160弱。まあ、こじんまりした本なわけです。おそらく、その“こじんまり”っていいうのが、この本の編集の方針の一つになってるものと思われます。“つまみ”としての料理も、いずれも“こじんまり”としたものばかりが紹介されているわけです。

つまみにこだわりがありますか。私ですか。私は、何のこだわりもありません。“うまいもの”がいいですね。そのくらいです。だけど、「食べる」ということへのこだわりは強いんです。料理人ではありませんから、四六時中というわけにはいきませんが、でも、かなりの時間、食い物のことを考えています。

「昨夜のあれが残ってたよなぁ。うちに帰ったら、こうやって食ってみようかなぁ。きっとうまいと思うんだけどなぁ」なんてね。たとえば昨夜、たくさん野菜が食べたいという私のリクエストに答えて、連れ合いが小松菜のおひたしをどっさり出してくれたのね。それをホッペタ膨らませて食いながら、「明日の朝、・・・」なんて考えてたのね。今朝は、おひたしをしぼって、柚子の皮をまぶして、ポン酢で食べました。美味しかったです。

美味しく食べたい一心で、新しい道に踏み込んでとてつもない味にたどり着いてしまうなんてこともありますけどね、何かと食い物のことに関わってるのが、とにかく好きなんですね。


『ウマつま』    サルボ恭子

朝日新聞出版  ¥ 1,080

パパっと作れる、手を抜くところは思いっきり抜く、こだわるところは思いっきりこだわって
シャキシャキパリパリ
カリカリコリコリ
トロトロジュワジュワ
サクサクホクホク
モチモチネバネバ
プリプリシコシコ
フワフワツルツル


変な目次ですね。そうなんです。目次で分かってもらえると思いますが、この本は、食感で分類してある本なんです。まあ、最初はビックリしましたが、まあ、だからどうこうってこともありません。

上にも書きましたけど、いずれもこじんまりした料理ばかりで、特別手の掛かる料理ってのはありません。

そうですね。「じゃあ、うちで一杯やろうか」ってことになって、うちに帰ったら、とりあえずチーズと漬物でも出しておいて、これで軽くやっててってね。小さい鍋を火にかけてなんでもいいから野菜を煮て、辛子醤油であえて出してね。かまぼこにオーブントースターで焼き目をつけて、ミントと生姜をあえて盛り付け、塩を振ったのを出したら、そこからは一緒に飲みましょう。

いつもは一人のみだから安い焼酎ばかりだけど、こういうときは、やっぱり酒がいいね。

こういうつまみのように、“こじんまり”した料理の本って、余地がいっぱいあるのがいいですね。自分なりに、「こうやってみたいな」とか、「こっちの方がうまいんじゃないかな」とかってね。そういう余地がいっぱいある本が好きだな。

余地のない本だと、ひと通り目を通したらそれで終わっちゃうけど、余地がいっぱいある本って、これで終わりってことがないんだよね。

《すりじゃがいもとししとうのお焼き》っていうのがあるけど、じゃがいもじゃなくて、山芋でも、レンコンでもいいですよね。ししとうじゃなくて、ネギでも、ニラでもうまいんじゃないかな。

そんなふうにね。

さて、納戸にコンビーフがあったはずだ。




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『大日本史』 山内昌之 佐藤優

佐藤優さんは、一体どれだけの本を出しているんだろう。それもここのところ“対談モノ”がきわめて多い。「対談なら喋っていればいい」ってことじゃないでしょうし、その合間合間にお一人で書いてますしね。書く以上に、その何倍も何倍も読んでらっしゃるでしょうからね。・・・寝る間があるんでしょうか。なにかと考える視点を与えてもらってるんで、私としてはありがたい話なんですが・・・。

それにしても、『大日本史』というのはいかがなものでしょう。佐藤優さんは2015年に、池上彰さんとの対談で、『大世界史』って言う本を出しています。今回と同じく文春新書からです。ということで、二匹目のドジョウを狙って、安直な題名をつけたのは文春新書の仕業でした。

『大日本史』と言いながら、目次にあるように、黒船来航以来の近現代史。それも、目次の内容に限定されています。つまり、日本近現代史全般を対象にしているわけではありません。もちろん、近現代史でもポイントとなる重要問題を取り上げているわけです。だから、親切を考えれば、『大日本近現代史』と言う題名になりますね。・・・でもこれだと売れそうもないですね。

あっ、そうそう。おまけみたいになっちゃいましたけど、山内昌之さんの博識ぶりも佐藤優さん同様で、ものすごいですよ。佐藤さんの言葉を借りれば、第一バイオリンは山内さんで、膨大な知識を注入するのが役割で、それに合わせて分析的判断を下す佐藤さんは第二バイオリン。そういう役割分担のようです。

『大日本史』    山内昌之 佐藤優

文芸春秋  ¥ 929

幕末から太平洋戦争まで「日本の最も熱い時代」を縦横無尽に徹底討論
第一回 黒船来航とリンカーン
第二回 西郷と大久保はなぜ決裂したのか
第三回 アジアを変えた日清戦争 世界史を変えた日露戦争
第四回 日米対立を生んだシベリア出兵
第五回 満州事変と天皇機関説
第六回 二・ニ六事件から日中戦争へ
第七回 太平洋戦争 開戦と終戦のドラマ
第八回 憲法、天皇、国体 

自分の知識が二人に追いつける部分に関しては、・・・正直言って特別真新しいことがあるわけではない。だけど、自分の認識がそれていないことを確認できるのはありがたい話だし、二人は私と違って、私以上に深くて詳細な知識でその認識を獲得しているので、私の浅薄な認識も、二人の深くて詳細な知識に保障されることになる。

二人の対談の中で一番面白かったのは、陸軍軍事課長永田鉄山に関する部分ですね。この課長クラスが、日本の鼻面を引き回して、あげくの果ては奈落に突き落とすことになるんですからね。その課長クラスでも群を抜いて能力が高かったのが永田鉄山だったんですね。
 
一課長に過ぎない永田鉄山の指示に、参謀総長や陸軍大臣など高級統帥エリートも従わざるを得ない構図を作り上げていくことができる人物なんですね。それは山内昌之さんが報告していることなんですが、行政府の内閣でさえも文句の言えない手順で謀略を着実に組み立てて「やらざるを得ない」状況に仕立て上げるんですからね。

佐藤さんに言わせると、外交においても、自体が大きく動くときは、主導しているのは課長や課長補佐クラスらしい。一番仕事が良く見えている立場の人たちだな。彼らが省庁横断的にいろいろ調整して、なおかつ政治家を巻き込んでいく。日本的官僚機構の特質でもあるらしいけど、永田鉄山は軍人ですからね。軍人である、しかも課長級の永田が政治を手玉に取っていくのだから、大変危険な状況が生まれていたわけだ。

さらにまずいことに、その永田鉄山が相沢三郎に切り殺されてしまう。山内さんが面白い言い方をしているんだけど、永田の死のあと、「永田のような国家の長期ヴィジョンも、科学的合理性も、法的手続きの正当性への配慮もない単細胞の軍人たちが、下剋上と強引な政治介入という禁じ手のうわべだけを引き継いでいく」ことになるわけですね。

たしかに、この後は著しく永田に足りない課長や課長補佐クラスが、日本の鼻面を引き回す時期に入っていきますね。

日本は、戦争に負けて、アメリカに占領されて、みじめな状態に落とされそうなところだったわけですね。それが、冷戦の開始によって占領政策が変更されて、今のような日本が生まれることになった。いずれにせよ、日本に対する絶対正義を必要としたアメリカの基準を押し付けられることで、逆に日本は自分で自分の過去に決着をつけることができなかった。

こういう本の登場ってのは、そういう意味で、とても重要だと思います。




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『ウォーキングだけで老けない体を作る』 満尾正

《1日10分×3回》

そんだけでいいの?・・・それって、ごく当たり前に仕事してれば、いつだってそのくらい動いている。家で家事してるお母さん方だってそうでしょう。なんだかんだ言って、そのくらい動いてますよねぇ。・・・どうも、釈然としない。

自分でできる老化予防は、“4つの柱”だって。《心》、《食事》、《運動》、《睡眠》の4つ。これもごく当たり前だなあ。

《心》・・・イライラせず、平穏な心の状態を維持する
《食事》・・・必要不可欠な栄養素を適量補給する
《運動》・・・正しい呼吸法と適度な運動
《睡眠》・・・7時間前後の良質な睡眠

こうも当たり前だと、買うまでもなかったかな。
・・・なんてね。そんなこと思ってるわけないでしょ。まあ、基本的に“ホルモン”の話になるんだけど、身体を老化させるホルモンをおさえて、若返らせるホルモンを活性化させるってことのようです。

その若返りホルモンの分泌を増やす最も効果的な方法が、「年齢に関係なく、誰もが、いつでもどこでも行える、負担の少ない運動である“ウォーキング”」ということのようです。



宝島社  ¥ 680

*長時間歩く必要なし *リズミカルに歩いてボケ防止 …がんばる必要なし❢
1 なぜウォーキングをすると若返るのか
2 今日から始めるウォーキング習慣
3 ウォーキングにプラスしたい習慣
4 生活のなかにちょこちょこ運動を取り入れよう

「なにより大事なのは続けること」

だから、続けられない要因を除いていきます。長く歩くことをやめます。早く歩くことをやめます。とにかく楽しく歩きます。

冒頭の、《1日10分×3回》というのは、そこから出てきた話なんですね。

楽しく続ける方法の一つとして、「活動量計」の活用が上げられてます。万歩計にその機能がついているものがあるそうですが、歩数や時間だけでなく、それによる消費カロリーなども自動で計算してくれる機能のことだそうです。

さらにただのウォーキングにプラスして、インターバル・ウォーキング、スロージョギングも効果的だとか。さらには筋トレにストレッチを付け加えて、・・・。

なんか結局、あれもこれも、それもどれもって、そういうことになっちゃいそう。だって、付け加えられてる話って、食事のとり方と、サプリメントの活用なんだよ。

私にとっては、「毎日少しでいいから歩きましょう」という本でした。・・・ちょっと残念。





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『100万人が笑った「世界のジョーク集」傑作選』 早坂隆

今、久しぶりに出されたシリーズ本の『新・世界の日本人ジョーク集』を読んでるんです。面白いこと、面白いこと。抱腹絶倒です。読み終わったら記事にします。

経のところはその予告版。前に書いた記事ね。

東日本大震災が発生し、日本中が歯を食いしばっていた2011年。『100万人が笑った「世界のジョーク集」傑作選』が出版されました。以下の記事は、その時のものです。
著者がこれまでに出した「世界の紛争地ジョーク集」「世界反米ジョーク集」「世界の日本人ジョーク集」「続 世界の日本人ジョーク集」「世界のイスラムジョーク集」「日本の戦時下ジョーク集 満州事変・日中戦争篇」「日本の戦時下ジョーク集 太平洋戦争篇」からの傑作選。

傑作選ともなれば、それこそ立派な文化人類学。 しかもこれだけ笑いながら読める本は他には絶対存在しない。

この傑作選を出すことになったきっかけは、東日本大震災にあるらしい。 人間はどんなときでも笑おうとする。 それが明日を生きる糧になることを知ってるんだな。



中央公論新社  ¥ 821

今こそ笑いの力を。腹の底から笑って、不安な気持ちを吹き飛ばそう。
紛争地で笑え!
誰が助かった? 誘拐事件 結婚の決め手 ほか
アメリカを笑え!
野蛮の定義 本屋にて 世界最強の軍隊 ほか
日本人を笑え!
不良品 青いキリン サウナにて ほか

2000年7月に開催された沖縄サミットで森総理は当時のアメリカ大統領、ビル・クリントン氏と会話する必要があった。

しかし、森元総理は英語がとても苦手だったので、部下に頼んで英語の指導をしてもらった。

「まずは挨拶です。クリントン大統領をお目にかかったらまずは『ハウアーユー?(How are you?)』と言ってくださいね、そしたら、クリントン氏は総理に『Fine,and you?』とお伺いすると思うのでそれに対しては『ミートゥー(Me,too)』と答えてください。これで挨拶の掴みはOKなのであとは我々におまかせを!」

沖縄サミット当日、森総理はクリントン大統領を見た瞬間に駆け寄っていって相手が話す前に挨拶をした。

「Who are you?」


一瞬ひるんだクリントン大統領だったが、ジョークだと思いクリントン大統領はこう返した。


「I’m Hillary’s Husband.」(私はヒラリーの夫ですよ)※ヒラリーとはクリントン大統領の奥さんヒラリー・クリントンである。


しかし、せっかくのジョークを台無しにした森総理の最後の一言は


「Mee too !!」(俺もだよ!)


満面の笑みを浮かべる森喜朗氏に対し、クリントン大統領の顔は硬直していたそうだ。

ほとんど都市伝説化している森元首相ネタだけど、たしかに面白い。だけど元ネタでは韓国の政治家だったとか。
 イタリア人男性100人に聞きました。「あなたはセックスの後、何をしますか?」
 5% → テレビを見る
 5% → タバコを吸う
 5% → 読書をする
 5% → 寝る
そして、残りの80% → 家に帰る
いいですねぇ。エスニックジョーク。でも、『続・世界の日本人ジョーク集』が出てから10年たってますからね。

比較文化的にとらえた日本人の存在感もだいぶ様変わりしてきたかも。
そのうち、“ネタばれ”込みで紹介します。楽しみにしててください。



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貧乏神『生活のなかの神道』 ひろさちや

ある男のもとに、絶世の美女が訪ねて来て言うんだそうです。「私は吉祥天です。あなたに福徳を授けに来ました。」男は喜んで、彼女を家に招き入れたそうです。ところがもう一人、彼女と一緒に家に入ろうとする女がいるんですね。こちらは醜く、見るからに貧乏神らしい。男が問いただすと「私の名は黒闇天、私の行くところ必ず災厄が訪れる。」やはり、貧乏神。男が追い払おうとすると、「さっきの吉祥天は私の姉。私たちはいつも一緒。」男は結局、二人とも出て行ってもらうことにしたそうです。

これはこの本の冒頭に出てくる話です。なんでも、“涅槃経”に出てくる話だそうです。

《良い事と悪い事》って、一体何なんでしょうね。どうやら、この涅槃経の寓話からも、良い事と悪い事って同居しているみたいですね。吉祥天のいる処には黒闇天がいて、黒闇天のいる処には吉祥天がいる。つまり、おんなじことが起こっても、吉祥天の目が出ることもあれば、黒闇天の目が出る場合もあるということ。

面白い考え方ですね。
浅田次郎の本に『憑神』ってのがありましたね。
時は幕末、処は江戸。貧乏御家人の別所彦四郎は、文武に秀でながら出世の道をしくじり、夜鳴き蕎麦一杯の小遣いもままならない。ある夜、酔いにまかせて小さな祠に神頼みをしてみると、霊験あらたかにも神様があらわれた。だが、この神様は、神は神でも、なんと貧乏神だった! とことん運に見放されながらも懸命に生きる男の姿は、抱腹絶倒にして、やがては感涙必至。


最初に取り憑かれた貧乏神が、そのうち疫病神にグレードアップして、最後は死神に取り憑かれるっていうんだから、まったくこんな不運な男もいないでしょうね。

このへんの話にしてもそうだけど、日本人はそれを涅槃経のような高尚な人生訓に仕立て上げようという気はないんですね。涅槃経の吉祥天と黒闇天の話は、どこか「人間万事塞翁が馬」を連想させますね。

日本では善い事と悪いことは同居しているわけではなくて、そこから何らかの人生訓をひねり出そうとはしていないようです。ただ、朝田次郎の『憑神』のような話が生まれるには、やはり、貧乏神や疫病神と、何だか変に面白いかかわり方を作り上げてきた日本人の姿があったからこそでしょうね。


『生活のなかの神道』    ひろさちや

春秋社  ¥ 1,863

福の神から妖怪、ご先祖様まで、日本にはたくさんの神さまがいる
1 生活の神道v.s.人生の仏教
2 「空気」のようなカミ
3 名前がついた神
4 神話の中の神々
5 ご先祖様と言う神
6 悲しき妖怪たち
7 福の神と貧乏神
8 神さまとの付き合い方
9 神社のいろいろ
10 神道は「やまと教」だ!


貧乏神とのおかしな関わり方が書かれていたので紹介しておきますね。江戸後期の南町奉行まで務めた幕臣の根岸鎮衛(やすもり)という方の随筆に『耳袋』というのがあるんだそうです。その中に書かれている話だそうです。
江戸の小石川に住む旗本が、ある年の暮れに貧乏神を画像に描いて、お神酒や洗米などをささげて祈ります。
「私はこの数年貧乏なので、思うことが叶わないのも仕方がありませんが、一年中貧しい代わりに不幸ってこともありません。ひたすら尊神がお守りくださるのでありましょう。数代の間、私たちをお守りくださる神様ですので、どうかひとつの社を建立して尊神を崇敬いたしますゆえ、少しは貧乏をのがれて福分に変わりますようにお守りください」

その結果、その旗本がご利益を得て、少しは余裕も生まれたっていう話なんですね。貧乏を貧乏神のせいにしていやがったりせず、貧乏神としてそのまま拝んで、貧乏神の方を逆に福徳の神に変えちゃうわけですね。これはすごいです。人間の方が、神さまを変えちゃうわけですからね。

『憑神』でもそうでしたよね。貧乏神でも疫病神でも、それこそ死神とも、それに抗おうとするのではなくて、そういうものとして拝んじゃうわけですね。そういうところが面白かったですね。





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『俳句のルール』 井上泰至

「やろう、やろう」って、「いつか俳句をやってやろう」って思ってたんだよな~。「詠んでみよう、詠んでみよう」って。まあ、どうせ五七五の順番に言葉を並べればいいわけですからね。まあ、季語を使わなきゃいけないことと、季語を重ねちゃいけないってのは、学校で習った覚えがありますね。

あとは“切字”がどうのってこともあったような気がするけど、とりあえず、詠んでみることが優先だな。・・・優先だけど、こんな本もあるんだから、読んでおこうかな。

というのがこの本です。


笠間書院  ¥ 1,296

これだけ知れば楽しく読める・詠める 10の俳句のルールをやさしく説明
第1章 季語
  ―俳句にはなぜ季語が必要なのでしょう?
第2章 定型・字余り
  ―なぜ俳句は五七五なのでしょう?
第3章 省略・連想
  ―短い俳句は何を省略すれば効果的なのでしょう?
第4章 切字・切れ
  ―俳句にはなぜ「切れ」があるのでしょう?
第5章 句会
  ―俳句はどうして集団で作り、批評しあうのでしょう?
第6章 文語と口語
  ―俳句も現代の詩なのに、どうして文語で詠むのでしょう?
第7章 滑稽・ユーモア
  ―俳句はどうしてユーモアの詩と言われるのでしょう?
第8章 写生と月並
  ―俳句はなぜ実際にモノを見ることを重視するのでしょう?
第9章 無季・自由律
  ―季語も定型もない俳句とはどういうものなのでしょう?
第10 章 国際俳句
  ―世界中でハイクが詠まれているのはなぜでしょう?

子供の頃のことを思い起こせば、季節に合わせて、親たちは私にいろいろなことを教えてくれました。にも関わらず、その多くを、私は子供に伝えられませんでした。

その一つ一つが、おそらくは、長い間受け継がれてきたののはずなのに、完全に途切れさせてしまいました。もう、親は亡くなりましたから、どうしようもないですね。

どうしようもないんだけど、その多くは“歳時記”の中にあったんですね。つまり親たちに教えてもらったのに、子供に伝えられなかったことって、季節の移り変わりに関することだったんですね。季節に合わせて上手に生きるってことだったようです。

今は、電気的にそれを調整してしまっているから、知恵をめぐらして生きる必要もなくなったんですね。日本人の、最も日本人らしい部分だったはずなのに。

俳句をやるってことは、ちゃんと季節に向かい合うってことを意味しているんですね。

“まずは詠んで見る”ですからね。詠んでます。でも、このブログでは、俳句の紹介はしません。恥ずかしいですから。

この間、山で雪と遊んだ時には、「おお、季節、季節」と思いましたけど、雪が降らなきゃ季節がわからないんじゃしょうがないですね。




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越生 麦原地区の山

1月23日に雪が降って、すぐ越生あたりの山に遊びに行きたかったのに休みが取れず、27日の土曜日は決して外せない連れ合いのおつきあい。28日の日曜日は暮れになくなった叔父の四十九日。

「ああ、もう雪が消えてしまう」・・・なんて諦めかけた31日に休みが取れて、山に行ってきた。
 ちず
地図では麦原のバス停から歩く格好になってるんだけど、実際には、少し麦原に入ったところにある無料駐車場に車を置かせてもらって出発。
  P1310004.jpgP1310005.jpg
P1310006.jpg麦原の駐車場は、広くて、ほら、クルマの向こうに見えるのはトイレ。もちろん水洗トイレで、紙もちゃんとありました。

かつてはあじさいで賑わったことがあるそうです。今はそのあじさいが、病気でほぼ全滅してしまったとか。
 P1310007.jpg 《ようこそ、竜ヶ谷へ》とあります。帰りに道ですれ違った人はみんな挨拶してくれたし、気持ちのいい部落だった。

登り口から少し行くと、雪が出てきた。
P1310008.jpgP1310009.jpg
 P1310012.jpg左の写真が、多分、羽賀山の頂上。標識はなかったけどね。このあたりは雪を踏んだあとがあった。一人分だけ。
P1310017.jpgこれは野末張見晴手前から見た日高から飯能方面。
P1310020.jpgP1310021.jpg
P1310022.jpg遠景三枚は、いずれも野末張からの景色。左上が谷川岳。上が赤城山。左が男体山。

他には誰もいません。独り占めです。・・・うれしい
P1310035.jpgP1310040.jpg
P1310042.jpg実は、野末張からさきは、左上の《馬場》に向けて、西側斜面を下ったのですが、ここは一週間たっても、「ほとんど降ったときと変わらないのでは」と言うような雪が残ってました。ゆとり無く取った写真がピンぼけで残念です。

上は、大築山から見た弓立山。ここは別名、城山。城は一大兵力を誇る慈光寺を攻略するために作られた。弓立山の左手の山を行ったところが慈光寺。

最後は西行杉。西行が秩父に向かう折、ここで弁当をつかって、地面に刺した箸が杉になったとか。

山の中にある間、一切人に合わず。やはり山は、平日がいい。しかも雪。大築山山頂も雪の中。一人で慈光寺方面をにらみながらお昼を食べました。・・・もちろんラーメンです。





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テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

『日曜の狩猟採集生活』 渓流編集部

私の職場では、60歳で定年を迎えても、“再雇用”と称して、そのまま仕事を続ける人が少なくありません。かりに職場を離れても、同じ系列の違う場所に移るだけという人を合わせれば、相当な数になります。つまり、60歳で、そのまま定年して、仕事から離れるという人の方が、圧倒的に少数派なんです。

さて、今の年度が終わると、私も残すところ2年となります。考えどころですね。もちろん、仕事を続けるつもりは毛頭ありません。私は遊びたい。

遊ぶと言ってもいろいろありますけどね。秩父を取り囲む峠を丹念に巡って、往時の人の行き来の跡を辿り、今は途切れてしまった地域のつながりを調べて回りたいなんてのも、その一つですね。そんなことを考えられるのも、足が良くなればこそなんですけどね。

それは高校の時に考えていたことなんです。山を歩き回って、古い話を集めて、かつてそこにあった人々の生活に触れてみたい。高校で、初めて自分の将来について考えてみた時に、思いついたのがそれでした。まあ、そうしなかったのには、諸般の事情ってのがあったわけなんです。

とりあえず、足も治ったし、山を歩き回ることはできるようになったので、今まで出来なかった分、歩きまわります。土日が来るのを待ってるつもりはありません。


つり人社  ¥ 1,620

タガメを探し、ハチの子を採り、ホタルイカをすくう。明日は一日、親子で冒険に出かけよう
狩猟採集写真館
昆虫採集
捕まえた昆虫を食べてみる
春の野山の山菜採り
秋のキノコ狩り案内
渓流で魚釣りをやってみよう
海の採集生活
少年時代の狩猟採集生活

どうせ山を歩き回るんなら、そのまま山で遊ばせてもらおうかな。子供の頃なら、“遊び”とは、そのまま山遊びであり川遊びだったから、そこまでなら大抵のことはやってます。だけど、この本にある《山菜採り》、《キノコ狩り》、《渓流釣り》に関しては、“大人の遊び”まで継続させられなかったんだよね。

川遊びに関して言えば、中学までは、夏になると荒川に行って“あんま釣り”してた。小学校の頃から、潜って“握り”だの、ヤスを使っての“突き”だのってやってたけど、やっぱり子どもの遊びだった。そのまま終わっちゃった。自分の子供が小さい頃に川遊びに連れて行っても、そこにすら届かなかったですからね。

川遊びだけじゃないんだけど、それを“大人の遊び”として楽しんでみたいと思ってこの本を読んでみた。目次順に並べてみましょう。

昆虫採集と言っても、“大人の”とつくと、やはり違う。私のように、すぐにお色気を連想するのは下衆というもの。それは子供じゃあ思いもよらない方法だったり、目的だったり、お金のかけた方だったり、“行っちゃいけないところ”だったりするわけですね。

えっ?昆虫を食う?

山菜は、分かるものだけ取ってればいいものの、キノコは人に教えてもらわないとだめでしょう。だけど、キノコ狩りは面白いみたいですね。

川遊びに、海遊び。海遊びまで手を広げられやしないけど、面白そうなことはいくらでもあるもんですね。

まあ、なんだかんだ言ってる場合じゃない。うかうかしていると、残された時間がなくなっちゃいますからね。とりあえず、竿を買うか。

その前に、風邪をしっかり治さないと。・・・治りが悪いのは、やっぱり歳のせいでしょうか。




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『山に遊ぶ心』 中野孝次

1993年初版の本。私はその頃33歳で、ちょうど山をあきらめる気持ちを固める頃だな。だから当然、読んでないです。今回、初めて読みました。この本の存在を知って、図書館で借りました。まったく、図書館というのはありがいたものだ。おかげでこういった良書に触れることができる。

山の随筆を読むのは楽しい。歩いた場所が違っても、実際の体験は違っても、“山に遊ぶ”ということにおいては、関係なく共感できますからね。

《登山によって得られた楽しみは、いかにしてもこれを他の人に伝えることはできまい》とは、『アルプス登攀記』を書いたウィンパーの告白であるという。

私なんかには、ウィンパーの心境は思いもよらないが、確かに手を変え品を変えてその時の感動を伝えようとしても、所詮、「私は感動した」という言葉を言い換えているに過ぎない。だから、それ以上のものを伝えられているはずもない。聞いた人や呼んだ人に私の心を移植するわけにもいかないのだから、仕方がない。

だからといって、聞いた人や呼んだ人が表してくれた反応を無下にするのも大人げない。それなりに受け止めておけばいいし、「この人は山さえ言っていれば幸せなのか」と思われるなら、こんなに結構なことはないじゃないですか。


『山に遊ぶ心』    中野孝次


小沢書店  ¥ 時価

あきらかにしりぬ、心とは山河大地なり、日月星辰なり  道元

わが月暦画
うちなる焼ヶ岳 一月
雪中の狩人 二月
チロルの墓碑銘 三月
物の見えたる光 四月
中世アルプスへの郷愁 五月
レオナルドの宇宙観 六月
夕焼けの阿蘇 七月
美わしの南チロル 八月
山小屋の秋 九月
幻の乗鞍岳 十月
初冬の山国 十一月
塩ノ道紀行 十二月山小屋の雪
山小屋の雪
《秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞ驚かれぬる》

大学受験の重圧あら逃げ出して、涸沢にテント張って、あちこち歩き回ったり、ボーとした日々を過ごした。「ああ、涼しい風が吹き始めたなぁ」って思ったら9月3日で、家に電話したら、捜索願を出されていた。

《山の美は、生物の恐怖や不安や緊張感を底に踏まえたところにしか現れないから、たぶん比類なく美しいのである》

“一人で山と向かい合う”ことができた時、山での体験は比類なく美しいものに包まれていく。“一人で山と向かい合う”って言ったってなあ。今の私にできるのは、そのへんの山だけですからね。それでも“一人で山に向かい合う”って、今の私にはそうそうできることじゃない。

山に登る理由? ・・・ないな。理由はありません。「山に行く時間が取れたから行く」って、そんなくらいかな。それは、呼吸と同じように必要欠くべからざる行動で、なんらかの理由があってやってることじゃなくて、そうするのが当たり前のこと。

私は、おおよそ25年ほど山から離れていたから分かるんだけど、その期間は、他の方法で心をコントロールすることが必要だった。けっこう片寄ってることなので、とてもじゃないけど人前で言えないけどね。

誰でもそうでしょ。自分の心をコントロールしてるでしょ。山に行く人って、そんな意識せずに、山に行くことで自然にそれを行ってるんでしょうね。だから、今の私は、ほんの一年少し前まで行っていた、口に出すこともはばかられるような破廉恥な行為をせずに済んでいます。

それは何かって? だから、あれをこんな風にして、あんなことやこんなことを・・・。 あー❢




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『2018年長谷川慶太郎の大局を読む』

風邪を引いてしまった。仕事の上で、どうしても同席しなければならない男が風邪を引いていた。あいつに移されたことは明白だ。その翌日、ええと31日に、仕事を休んで山に行った。越生の低山だけど、まだ西斜面には1月23日の雪がべったり残っていて、しかも平日とあって誰もいない。そこは踏み跡もなかった。心ゆくまで楽しんだ。

発熱は、翌日の朝。これでは誰が考えても、「いい年こいて、山で雪遊びして風邪を引いた」ということにしかならない。2月1日は必須の仕事を片付けた。昨日、2月2日、この日も必須の仕事を昼までに片付けたところで、気力の糸がプツンと切れた。

今日は節分ですね。・・・まだだるい体を引きずりながら起き出して、いまパソコンに向かってます。
二度の世界大戦や世界恐慌を経験しながら、それらを阻止するには自由貿易体制が有効であることを悟ったのが20世紀。「その流れに逆らってアメリカ大統領になったのはドナルド・トランプ」というのが、長谷川さんのトランプ観です。私は、トランプにはそうとも言いきれない側面があると感じてるんですけど、現状、彼に貼られてるレッテルはその通り。ここでもとりあえず、それで進めます。

まあ、長谷川さんは、「トランプは時代の大きな流れに逆行している」と言うわけです。同じく、“時代の流れに逆らってる”のがロシアのプーチン大統領。これは間違いないですね。たしかにプーチンは、零戦がロシアの敗北に終わったことを、まだ認識できていない。

もう一人問題になる指導者が、華夷思想を発展させたほとんど意味不明の中国共産党思想で世界を塗り替えようとする習近平ことくまのプーさん。・・・こういう場合、くまのプーさんこと習近平って言うのか?

この三人の時勢に逆らった判断で、暫くの間、世界は不安定に推移するというのが、長谷川さんの予想です。



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老いてますますその分析力に磨きがかかる著者が2018年の世界の動きを的確に予測
第一章  沈没寸前のトランプ丸の進路が見えた
第二章  安倍政権の命運を占う
第三章  拡大する「金融&分裂」危機の欧州
第四章  毛沢東になって習近平はなにをめざす

チャイナに関する長谷川さんの見解は、残念ながら間違ってはいないものの、確実に言い当てていたとも言えないだろう。報道の統制された国のことだから、事態がどういう状況にあるのか判断できないけど、北京政府は瀋陽軍区を掌握することはできないというのが、かつての長谷川さんの予想だったと思う。軍の改編の話があったけど、今それは、どんな状況になってることやら。

いずれにせよ、《習近平一強体制は中国崩壊の一里塚》と、長谷川さんは言う。鄧小平の改革開放で資本主義の甘美な味を覚えた人々は、共産主義による統制経済を受け入れなくなるし、政治的統制も、いずれ受け入れなくなる。

その点で興味深いのが、香港だ。香港の若い人たちが中国共産党の統制強化に対する反対の声を上げている。この取扱の如何によっては、香港の事態が北京や上海に飛び火することもあるかもしれない。
もう一つ、大きな問題が提示されている。

日本がかつてのように、世界のメインプレイヤーの一国となって、世界情勢に積極的な責任を果たしていこうということについてである。

現状における日本はバイプレイヤーであるから、なんだかんだ言っても、世界情勢に責任を取れないのだ。責任を取れないのだから、基本的に日本の意見は、無視していいのだ。

《日本が国際社会で発言力を持つためには重い負担に耐える必要がある。その重要性を日本人は理解し、自衛隊員の犠牲も自国の果たすべき責任として受け止めなければならない》と長谷川さんは言う。・・・ちょっと時間が掛かるかな。




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この本、今でも売れてるんですね。何時頃読んだんだろう。記憶も定かじゃないけど・・・。この男の子が嫌いでね。涙が出た。白血病で入院してた女子高生にこの本を送ったことがある。感想、聞かせてもらってないな。



中学1年で読んだと思うんだけどな。アレクサンダーの伝記。夏休みの読書感想文で郡市の大賞を取ったんだ。「アレクサンダーによって異なる国や民族が一つの領域にまとめられたように、いつかこの世界も・・・」・・・なんてことを書いた。なんだか、アメリカがやろうとしてるよね。・・・当時はそれがいい事のように思ってた。



高校で山岳部に入ったんだよね。もとが山ん中だからさ。そんでもって山岳部っていうのもどうかと思ったんだけど。この本を読んじゃったもんでね。入部したての1年の夏休み、北鎌尾根から槍に登った。・・・記憶に誤り。取り付いただけだった。



今みたいに女の裸が氾濫している時代じゃなかったわけですよ。私の中学生時代っていうのは・・・。そんな時代なのに、中学校の図書館に置いてあったんですからね。この表紙の本が・・・。手にした理由はもちろんこの表紙の女。・・・もちろんそんなことは誰にも言えない。ただ、以前から無類の本好きであったことは功を奏した。それに加えて、私は以前からのSFファンということになった。この本を不自然なく手にするために・・・。
やられた本
















































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